よく耐えた、ほんとうに
もう3年経ったのか。
『知り合って3年だなんてもっと長い付き合いな気がするよ』と送ってきてくれた人がいた。
その人と知り合ったのは私が様々な感情が死んでいた頃。
感情も無くし、誰でもできて求められない仕事を探していた。
誰とも話さず、言われた業務を淡々とこなすだけの日々。
その時はある場所でまた違った自分の可能性を模索しつつ、今までの自分の培った経験を生かして出来ることを頑張って日々過ごしていた。
その年の誕生日に、昔叶わずもお互いに思いが通じていたと思う人から連絡が来た。
それに嬉々として、志半ばだった夢の続きをまた見られるのかもしれないと少し浮かれてもいた。
ただ、現実はそんなうまく行かなかった。
いや、行ったのかもしれない。
ただ私はそちらの道を歩まなかった。
歩んでいたら死んでいたと思う。
年間休日60日なんていうのは死へとまっしぐら。
恩着せがましいやつとずっと関係を持つのも人生には不要なことだった。
この一件で過去の自分を潔く捨てられた事案ともなった。
いつもどちらか大きな選択をしなくては成らないとき、パニックになって他人に意向を仰ぎすぎて依存気味になってしまう。
自分の意志決定に自信が持てないのだ。
失敗が怖すぎていつも混乱してしまう。
『俺には甘えて良いから』と言ってきた人に全力で甘えたけど、結局受け止め切れられなかったようで、手酷い捨て台詞を吐かれた。
そんなしょうもない男がまたこちらを向いてくれる希望を抱いて画策もしていた。
今なら鼻で笑ってしまう。
そして、新境地の仕事の評価はさんざんで、
『役職を外し初心を思い出すならばまだ雇ってやる』と言わんばかりの文言で実質クビを宣告された。
誘いに乗る気でいたから辞める気ではいたけれど、私の努力は?全て無駄?私の意見は全く無視なの?
本当に打ちひしがれた。
人を信じることも、人に利用されたことも、自分の思いも大切にしてもらえない。
誰もなだめてくれないし、この空虚は癒えるのだろうか。
そんな事を考えていたのがもう3年も前だなんて日にち薬の威力を感じられずには居られない。
今思えば、本当に乗り越えてきた山が多すぎて良くやってきたねと自分を労ってあげられる。
様々な局面で逃げずに正面から向かっていって、玉砕してもまた手を変え品を変え、試行錯誤して練って練ってようやく自分の物にしてきた。
どれだけの困難が振り掛かる人生なのかと、恨むことが無いわけではない。
だけど、私と同じ道を他人が歩んだとしても私のようにはならないのかもしれない。
自分で困難な道を『あえて』選んできたのかもしれない。
それはひとえに『自分に負けたくない』。
バカにした奴らを見返したい一心から来るものかもしれない。
そして三年前のちょうど今時分、住まいを変えるか否かということも思案していた。
そして昨日、なぜそこに居続けてるの?と知り合いに言われ、場所を変えたら見えるものも変わるだろうなあと想像していた。
ただ資金が全く無いので、それらを捻出するのは物理的に今の状況では破滅に向かうようなもので。
まぁ空想をして、私のいつも思っている
『ここではないどこか』を夢見ることだけでも少し幸せになれるような気がする。
Have toで生きてきた人生を違う風が流れ始めている。
過去の様々な『あの頃のこと』を反芻すると、それなりに優しくしてくれた人達のことも思い出せるようになってきた。
100:0なんてことはこの世にはない。
ただ評価や我慢の限界に達しただけ。
それを選択して今こう生きていることはきちんと説明が付くから何も後悔はない。
ただまた前に進むだけ。
今がしんどくても、何とかなるよという話でした。