![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/17429023/rectangle_large_type_2_ec7c2cb3bc53bd0a3b84642ae6f6e01e.jpg?width=1200)
「本日のスープ」は甘く、苦い
大泉洋にはまり始めたのは、僕が高校生の時だった。
母が職場の同僚から勧められて家に持ち込んだのがきっかけで、一家揃ってハマってしまった。一時期は「水曜どうでしょう」をはじめ、大泉洋の出ているいろいろな番組のDVDを買い漁っていたものだ。
あれから10年以上経って、昔ほどバカみたいにそればかり視聴することはなくなったけれど、最近家族に内緒で独りでよく見返すDVDがある。
大泉洋バースデー「100%スープカレー」。
大泉洋32歳のバースデー企画で、当時大泉洋が携わっていたスープカレー振興、プロデュースの集大成でもある作品だ。
園芸を始めて、ハーブや野菜にも手を出していたから、「医食同源」のカレーに興味が湧いて、料理をし始めていた。
年末の仕事納め前後、あまりのやりきれなさに酒浸りになった時、久しぶりの一汁一菜の「定食」的なものに救われたこともある。
よくよく思い出してみれば、僕自身がついこの前、32歳になっていたっけ。
そんなこんなで、スープカレーのDVDを繰り返し見ることになったのだけれど、そうすると必然的に、一緒に収録されている、スープカレーをテーマにした大泉洋の楽曲のPVも頻繁に見ることになった。
「本日のスープ」
大泉洋が、スターダストレビューと共に歌った、心が暖まる素敵な楽曲だ。
この曲を初めて聞いた高校生の時は、若い男女の恋愛を軽やかにスケッチした普通のラブソングだと思っていた。
しかしこれを作詞した時の大泉洋と同じ32歳になってみると、この詞には実は青春のほろ苦さのようなスパイスが効いていて、存外に立体的な味わいがあると気付くようになった。
生粋の都会っ子大泉洋の、故郷の街札幌に包まれ守られる安心感の中に、このままではいられないだろうという青年らしい葛藤という苦味が効いている、と言おうか。
さらっと聞くとこの詞の「僕」は、彼女と過ごす何気ない「日常」の素晴らしさを謳い、このまま続けばいいと願っているように聞こえる。
優しい香りがいつも包みこむこの街。
枯れ葉でセピア色になった秋の公園を夕陽がオレンジに染め、夕刻を告げる時計台の音を二人はいつまでも聞く。
季節が秋から冬に、冬から春になっても、このままでいたい。
いつものあの店のスープで、体を暖めながら。
ここには幸せな「日常」があり、それを温かく見守り包み込む「故郷」がある。全体として、温もりに溢れているように思える。
しかし若い恋人達は、この慈母のような優しい故郷で、いつまでもこのままでいられるのだろうか?
これからもずっと、好きな景色にだけ囲まれて、同じ速さで歩き続けられるのだろうか?
このままでいたいね。
このままでいたいよ。
繰り返す「僕」の詠嘆は、さながらそれが叶わない幻想だと自覚しているようにも、聞こえないだろうか。
例えば二番の歌詞で描かれる、日曜日にショッピングデートをする情景。
この前見つけた可愛いセーターをせがむ彼女。
きっと二人でお揃いのものを買ったのだろう。ふざけて彼女は彼氏のセーターを着て、「やっぱり大きいね」とはしゃぐ。
絵に描いたような、愛らしいデート風景。
しかしうがった見方をすると、「恋人とひとつになりたい」「同じでいたい」という願望と、それが出来ないという現実が残酷に明示されている、恐ろしいシーンでもある。
ペアルックを着たい。恋人のセーターを着たい。
彼女は彼氏とひとつになりたかった。「同じ」になりたかった。
しかしそれは、出来ないのだ。
このままでいたいね。
このままでいたいよ。
同じ速さで歩いていこう。
こう歌う「僕」は、彼女と同じ願いを抱えながら、その叶わなさを噛みしめていたのではないか。
少し意地悪な解釈かもしれない。
しかしこういう「ひとつになれない切なさ」「このままが続かない儚さ」は、実は歌い出しの部分から暗示されていないだろうか。
僕らは空を見ていた この街から
「僕ら」は空を見て「いた」。
そう、過去形なのだ。
それも全歌詞中、この部分だけ。
そして恋人達が「僕ら」と合わせて呼ばれるのも、この冒頭のみ。
となると、「僕」はもう彼女と別れてしまって、恋人達が「僕ら」だった頃を思い出して歌っているのではないか。
そんな妄想が沸き起こってくる。
奇跡が粉雪のように 舞い降りれば
今この この同じ時 君が居る
奇跡さえ降ってくれば、今この瞬間、同じ時に、「君」がいる。
このように続く展開も、今「僕」の隣に「君」は本当はもういないことを匂わせる。
そしてこの後歌われるすべては、「セピア色」の古いアルバムのような、「閉じてしまった」思い出でしかないのではないか、と。
例えば「僕」は大人になって、優しい香りがいつも包みこむこの街を出ていったのかもしれない。
母親の子宮のような優しい空間にいながらも、「僕らは空を見ていた、この街から」。
外の世界に羽ばたきたかったのだ。
作詞者大泉洋自身が、北海道から広く全国へと、活躍の場を拡げたように。
しかしそれは、恋人と一緒にいたい、同じでいたいという願いを諦めることでもあった。
いつしか同じ速さでは歩けなくなり、道に残る足跡も、いつの間にやら別れてしまった。
戯れに着たセーターのサイズの違いも、幸せな日々にははしゃいで笑い合えたのに、次の冬にはもう我慢かならなくなって、同じセーターの二人が雪の降る日に寄り添って歩くみたいなドラマじみた恋は、枯れ果ててしまった。
僕らは空を見ていた この街から
久しぶりに故郷に帰った「僕」は、よくデートした公園で「僕ら」を思い出す。
二人の夢を語りながら、「今この この同じ時」を過ごせることに満ち足りていた、あの時の「僕ら」を。
昔のことを思い出すうち夕陽が沈み、時計台が鐘を鳴らす。
すっかり冷えた体を引きずって、二人でよく通った店に久しぶりに顔を出す。
馴染みのマスターが何も聞かずに黙って出した「本日のスープ」には、「君」の笑顔が溶け込んでいたー
自分好みの激辛なカレーを作りながら、こんな歌だったのかな? と深読みしたりする。
僕の「本日のスープ」には、「君の笑顔」が溶けてくれることすら、ないけれど。