「忘却バッテリー」奇跡を描く少年マンガ
突然ですが、ハマってしまいました。
集英社ジャンプ+連載、みかわ絵子作、『忘却バッテリー』。
アマプラでアニメを見ては笑い、ジャンプラでマンガを読んでは笑い、とにかくずっと笑っていたのに、いきなり泣き腫らした目で「ダメだ、原作全巻買う」と宣言したので、家族はちょっと引いています。
まあ、ハマる時はだいたいこうなので。
すまぬ。
この熱い叫びをどこかに記しておきたい。
そんなわけで今回は、この「忘却バッテリー」について語らせていただきたいと思います。
まずは、あらすじ。
『中学野球界で、数多のライバルたちを蹴散らし、鬼のように恐れられたバッテリーがいた。
その名も宝谷シニアの清峰葉流火・要圭バッテリー。
二人に心を折られ、野球とは縁のない生活を送ろうと、都立小手指高校に入学した山田太郎は、そこで信じられないことに清峰葉流火と要圭に遭遇する。かつてレベルの違いを見せつけられながらも二人の強さに惹かれていた山田は、驚きつつも再会を喜ぶ。
しかし、中学野球界随一の智将と呼ばれたキャッチャー要圭は、記憶喪失になってしまっていた。
一方、同じく清峰葉流火と要圭に負けて野球を辞めた藤堂葵と千早瞬平も、小手指高校に入学していた。二人はそれぞれの心の傷を抱え、二度と野球をやらないとこの都立高校に入学していたのだ。
藤堂、千早、そして記憶のない要圭は頑なに入部を拒否していたが、葉流火の強引さと山田の熱意に負け、野球部に入部することにする。
奇跡的に集まった天才たち。彼らは再び野球に情熱を傾け、甲子園を目指す。』
以下、私がハマったポイントを3つ、順番にご紹介します。
◆ハマりポイントその①「記憶喪失になった智将・要圭がアホ」
……すごく、アホです。高校の時、クラスで一番アホだった男子生徒を思い浮かべてください。そしてそんなヤツに、かつて自分が一番情熱を傾けていた競技や勉強で叩きのめされてしまっていたとしたら。
腹立ちますよね。
藤堂や千早の感情は、おおむねコレです。
マンガにハマる時、だいたい私は「ギャグが肌に合う」作品に夢中になる確率が高いのですが、今作最初の笑いポイントはここ。
相互作用の旨味。
今の要圭がアホであればあるほど、かつての智将との落差に笑いが起こる。そのアホにこてんぱんにされた敗者たちのムカつきっぷりもおかしい。
物語が進んで智将要圭が戻ってくると、そのギャップがまたおかしい。智将とアホを行ったり来たりする要圭に振り回されるチームメイトの苦労っぷり、そして面倒くさくなって雑に扱ったりしてるのもおかしい。
もう、すべてがおかしいんですよ。
天才か、作者。
◆ハマりポイントその②「天才に対しての強烈な憧れ」
序盤、物語を引っ張るのは、誠実で優しいキャラ山田くんの清峰・要バッテリーに対する、深い憧憬です。
自分より遥かに卓越したポテンシャルを持つ、天才たちに嫉妬しながら、強烈に惹かれてしまう。名前を覚えてくれたら、飛び上がるほど嬉しい。そんな人間臭い感情が、読んでいて胸を打ちます。
藤堂葵や千早瞬平も同じです。
ある程度、自分の実力に矜持を持っている二人は、山田くんよりも痛みを伴うものだったかもしれませんが。
そして、相互作用の旨味はここでも活きている。
清峰・要バッテリーに憧れた藤堂や千早は、そのまま幾多の選手たちに憧れを抱かれた存在でもあるのです。作中、一度野球を辞めた彼らが再度野球に向き合っているのを見て、嬉しく思う少年たちが描かれます。
俺にとっての天才はお前だったんだ、と。もう辞めんなよ、と。
たまらんですね。
◆ハマりポイントその③「智将・要圭が消えた謎」
そして、作品中最大の謎。
なぜ智将・要圭は野球に関わるすべてを忘れてしまったのか。
物語の最初は、単なる記憶喪失とされていましたが、やがて「智将・要圭」は素の要圭が作り出した別人格だという事実が明らかになります。
かつて彼らは怪物でした。
同年代の球児たちから見たら、間違いなく悪魔のような強さでした。
しかし、ある日突然、要圭は人間に戻っていた。
作者は二人が怪物になった過程と要圭だけが人間に戻った理由を、物語の中に丁寧に織り込んでいきます。
その上でこの作者は、今度は清峰葉流火を、怪物から人間に引きずり下ろすのです。
他ならぬ、彼らの愛する野球の中で。
見ないようにしていた記憶の中で、清峰葉流火は絶望の淵に叩き込まれます。
けれど、その再生もまた、愛する野球の中で描かれたのでした。
愛しているし、恐らく憎んでもいる。
本気で何かに打ち込んだ人間たちは、きっとみんなそうなのだと思う。
思い通りにならない絶望。でも、奇跡的に、その絶望を振り払う瞬間が訪れることがある。
それは本当に、奇跡と呼ぶに相応しい、めったに手にできないものではあるのだけれど。
でも、少年マンガは、奇跡を描く義務があると思う。
この作品は、それを果たした。
コミックス19巻の途中から20巻の終わりまで、私は滂沱の涙の中で読みました。
これから彼らがどうなるのか、何かをとことん好きになるとはどういうことなのか、物語に登場するすべての球児がその答えを掴む未来を、この目で見届けたいと思います。
ジャンプ+、初回無料です。
コミックスは、現在20巻まで絶賛発売中。
気になった方はぜひ。