あまちゃ

双極性障害とパニック障害を主としてその他精神障害と共に生きる。毒親育ち。勉強と旅と読書…

あまちゃ

双極性障害とパニック障害を主としてその他精神障害と共に生きる。毒親育ち。勉強と旅と読書が好き。 スキ、コメント、フォローありがとうございます。モチベ上がります。

最近の記事

ラツーダ、はじめました。

冷やし中華でもあるまいし、とは思ったものの なんとなく気軽に書いてみたい話題なのでこんなタイトルになりました。 先日、主治医からラツーダの処方を提案されました。 簡単に説明すると、2020年の6月11日から開始された新薬です。 ・統合失調症 ・双極性障害のうつ症状 に効くとされています。 この2つめの、双極性障害のうつ症状に効く薬って本当になかなか無くて、ずっと困っていました。 まずそもそも双極性障害の患者に抗うつ剤を処方してはいけないらしく、どんなにうつが辛くてもいわゆ

    • 健忘症との日々

      朝起きて、枕元やリビングに転がるお菓子の空き袋を片付ける。 もう驚きもない。 流石に、ふと鏡を見た時に腕に青あざや内出血があったり、指の爪が剥がされてなくなっている時は嫌な気持ちに包まれるけれど。 わたしは色々な理由で健忘を起こしている。 ひとつは解離性健忘。 何かしら(おそらく)自分にとって嫌な物事が起きた時に、自己防衛のために記憶が無くなる、らしい。 家族と会話をして昔話をされても全く分からない時も多いし、昔と言っても数年前の出来事を話されても分からないことも多い。

      • 希死念慮と共に生きる

        「もうしにたい。」 何度口にしたのか、数えきれない。 それは鬱状態で思い詰めた時だけではなく、 とても綺麗な青空の元、穏やかな気持ちで 「あぁ、しにたいな」 って思ったりもする。 わたしはほとんどリアルの人間関係の人達にそういった発言をすることは無い。 いわゆる健常者の人にそんなことを言うと驚かせてしまうし、心配をかけてしまう。 わたしが「あー、しにたいな」と発言するのは 私と同じように精神疾患で悩み苦しみ生きている人達と繋がっているSNSの中。 「もう消えたい」 「生

        • 毒親育ちで子供を愛せるか

          昔から子供が嫌いだった。 というより、どう扱っていいか分からなかった。 どう話しかけたらいいのか、何も正解が分からない。 機能不全家族で育った私には正しい愛情のかけ方が分からない。 たくさん本を読んだ。 たくさん映画を観た。 世間的に言う「家族愛」がテーマの類のものを、読めば読むほど、観れば観るほど、わたしは混乱し苦しくなった。 これは現実に「普通に」存在することなのか。 それともドラマにありがちな「みんなが理想とするフィクション」なのか。 少なくともわたしの生育環

        ラツーダ、はじめました。

          自己肯定感がほしいだけなのに

          自己啓発系の本に必ずと言っても過言ではないくらい、 「自己肯定感をあげる方法」 なるものが載っている。 自己承認欲求を満たしてあげる、 自分はかけがえのない大切な存在だと思うetc... 正直うんざりしてしまうことがある。 そもそもそんなことが簡単に出来ればこんなことで悩んでないから。 SNSに自撮りをあげる。 可愛いね、とコメントがついても、 加工だし、アラが見えない角度は熟知している。 自己ベストのもはや「作品」であって、それはリアルな私ではない。 作品を褒められ

          自己肯定感がほしいだけなのに

          嫌悪感は自分を写す鏡

          「なんであの人はこうなんだろう」 「あの人のこういう所本当に嫌い」 他人のことなのに、なんだか嫌悪感を抱いてしまうことがある。 その人の考え方、行動、発言。 人間なのだから完璧な人なんて居ないのに、 「嫌だな」 と思い始めると余計に気になる。 発言と行動が矛盾していると、自分に何の害も与えられていないのに勝手にイライラしてしまう。 では関わらなければいいのに、なんだか見てしまう。 わたしは、それは時として「自分自身の中にある嫌なところとその人がシンクロしているから気にな

          嫌悪感は自分を写す鏡

          人間関係リセット症候群

          今はSNSで簡単に「トモダチ」が出来る。 ネット経由なんて希薄な関係かと思われがちだけれど、わたしの場合SNSで知り合ったトモダチと、買い物に行くしカラオケに行くし旅行の計画も立てるし頻繁に手紙交換までする。 わたしが「リアル」ではなくSNSのトモダチに交友関係の重きをシフトして行ったのには理由がある。 前回のnoteにも記述したけれど、わたしは壊滅的に人間関係の構築が下手である。 リアルの人間関係というのは本当に面倒くさい。 やれAさんがBさんと揉めたからAさんとは距

          人間関係リセット症候群

          他者への依存と多幸感

          私は人間関係を上手に構築するのが苦手だ。 いつも誰かしら「友達」と呼ぶ人はいるけれど、 みんなある程度時間が経つと居なくなる。 渋谷のスクランブル交差点のど真ん中に立っている私の横をどんどん人が通り過ぎるように、私の周りにいる人も目まぐるしく変わる。 いわゆる「ズッ友」「親友」というものに無縁な人生。 それはコンプレックスでもあった。 幼なじみとのエピソードや、昔からの親友の話をしてくる人達に対して羨ましいと心から思った。 なぜ、私はそういう存在を手に入れられず、また、誰

          他者への依存と多幸感

          パニック障害という厄介者

          私の人生を一番狂わせ苦しめているのはパニック障害。 どんなに楽しみな予定も、幸せな計画も、充実した仕事も、これのせいで全てが崩壊した。 そして次に襲うのが予期不安。 これまた厄介なもので、「パニック発作が来るんじゃないか」という考えで頭がいっぱいになり動悸、冷や汗、腹痛、震えなどなど止まらなくなり、その場から逃げ出したくなる。 なにしろ外見で分かる障害では無いので、誰も気付かないしただただ独りで闘うしかないのだ。 私の場合、公共交通機関(トイレが併設されていないもの)、

          パニック障害という厄介者

          偽りの「親子愛」と機能不全家族

          夜7時頃になると私は憂鬱だった。 自宅車庫から、聞き慣れた音がする。 それを合図に私はリビングのドアの前に立つ。 カチャ、と玄関が開く音がするのを息を殺して待つ。 玄関の扉が開き、父が入ってくる。 三和土に、カバンを置く音。 今だ。 私はリビングから勢いよく飛び出し、 数メートルの廊下を走り抜け、 父にジャンプして抱きつく。 「おかえりなさい」 の言葉と共に。 笑顔は忘れてはならない。 父から空の弁当箱を受け取り、台所に居る母の元へ走って帰る。 これは私に課された「や

          偽りの「親子愛」と機能不全家族

          試し行為と愛着障害

          「もういい。知らない」と言って家を出て行く。 相手が追いかけてくるか後ろを気にしながら。 過去何度似たようなことをしただろうか。 今でいうなら、「メンヘラ女」の面倒臭い言動でしかない。 「かまってちゃん」とも言えるかも。 私が初めてそのような類の行為をしたのは、とても昔のこと。 たしか、幼稚園か、小学生の低学年の頃だったと思う。 私には姉がいる。 幼い頃からいつも母に「お姉ちゃんと私どっちが好きなの?」と何度も聞いていた。 母が、「あまちゃよ」と答えるたび安心していた

          試し行為と愛着障害

          「2人組を作ってください」が怖い

          学校に行くとよく先生が言う、 「2人組を作ってください」とか、 「グループ(班)に分かれてください」という言葉が昔から怖かった。 理由は簡単。 私が余るから。 例えクラスの人数が偶数だとしても、 「先生、私たちは3人でやりたいでーす」 と言われ、先生も悪気は無いのだろうが皆の前で 「誰かあまちゃを入れてあげなさい」と言う。 誰も返事をしない、静まり返った教室。 私はただ黙って、下を向いていた。 小学生の頃は「はないちもんめ」をすると 「あの子が欲しい」に最後まで選ばれずに

          「2人組を作ってください」が怖い

          わたしが壊れた日

          昔から勉強が趣味だった。 勉強することしか出来なかった。 物心ついた時にはエスカレーター式の進学校に居て、当たり前に大学に行き、みんなと同じように就活をし、新卒で入社して働いた。 そしてある日壊れた。 今まで「優秀な子」「勉強ができる子」「仕事ができる子」だったはずのわたしは突然「何も出来ない子」になった。 会社に行きたいのに身体が動かない。 勝手に涙が溢れて息が上手く吸えない。 ご飯を食べる気が起きない。 上司に言われて行ったメンタルクリニックで 「鬱病ですね。」

          わたしが壊れた日