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「近くで作って近くで飲む」海士町牛乳生産事業の現在

2024年12月、ついに海士町産の牛乳販売が始まりました!

今回は、生産者である掛谷祐一さん・陽子さん(株式会社まきはた)へ、事業の現在や今後の展望についてお話しを伺います。

https://ama.makihata.org/

海士町未来共創基金で2022年度に採択された、掛谷さんの牛乳生産事業。「近くで作って近くで飲む」をコンセプトに、地域の放牧場を利用した乳牛の放牧、また牛乳・その他加工品の製造販売する事業です。「まきはた牛乳」と名づけられた牛乳は、徐々に海士町に暮らす島民や隠岐圏内でも認知されはじめています。

<海士町未来共創基金とは>「人づくり」と「仕事づくり」の好循環をさらに促進するために、海士町へのふるさと納税を原資に、島の未来に繋がる事業へと投資・共創を行うために設置された基金です。申請の条件は「下限500万」「海士町の未来につながること」の2点。https://ama-future.org/

※海士町ふるさと納税に関する記事はこちら


左:掛谷祐一さん   右:掛谷陽子さん

── 事業の進捗はいかがですか?

祐一さん:
飼育している乳牛5頭のうち、「ハート」と名付けた母牛がいて、11月13日に無事1頭目を出産してくれました。ただ、命を扱う事業にトラブルは常につきもので、子牛は無事に産まれたものの、母牛の乳腺が詰まってしまい出産直後からお乳が出なかったんです。翌日に未来共創基金の報告会を控えていた日でもありました。獣医さんへの相談や抗生物質による治療などを続けて、出てきたお乳は投薬の影響を受けなくなるまで搾乳しては廃棄を繰り返しました。検査もクリアし、12月1日に牛乳の初出荷を迎えられました。子牛も元気に育っています。

── とても苦労された初産だったのですね。そんな経緯を踏まえて販売の始まった「まきはた牛乳」ですが、反響はいかがですか?

陽子さん:
実際に販売を始めてみると、本当に色々な方が「待っていたよ」と声を掛けてくれて、ハートから絞った牛乳を購入してくれます。価格は決して安くないけれど、「牛乳って島の中で求められていたんだ」ということを実感しているところです。海士町に限らず、島前や島後からも先日ご注文をいただきました。
私は、島に住む人にも外から訪れる人にも、愛飲されるようなおいしい牛乳がこれからも届けられたら嬉しいです。

人々の暮らしと、農作物の距離を近づける。

祐一さん:
日本の行事には、お彼岸でつくるおはぎに小豆が必要だったり、お正月料理には黒豆が欠かせないといった、古くからある文化と密接に関わっている作物がありますよね。海士町では、小豆や黒豆を地元の人が自ら育てていて、昔から暮らしのなかの食文化と農産物が繋がってきたと思うんです。
僕が大学時代に赴いたインドでは、乳製品がそれにあたりました。地域の酪農家が絞った牛乳が各家庭に届けられて、鍋で沸かして飲んだり、ヨーグルトがつくられる。ヒンドゥー教の儀式やお祭りに欠かせない乳製品を加工したお菓子も和菓子のようなポジションにあって、酪農というものが普段の生活に溶け込んでいる気がしました。日本でも、もう少し暮らしと酪農を近づけられるのではないかと、当時は頭の中で考えだけは浮かんでいたんです。

・・・・・

海士町へ移住し、黒毛和牛の放牧・畜産に携わって20年近く経ったころ。年齢に関わらず精力的に活動するⅠターンの方々に影響され、「60歳を迎えるまでに、もう一度なにかにチャレンジしたい。」と考えはじめた掛谷さん。続けてきた畜産業での経験や、大学時代のインドでの経験などから、乳製品をつくることに夢を見出したといいます。時を同じくして未来共創基金の募集も始まり、陽子さんにも後押しされる形でエントリーしたのでした。

地域に見守られる

祐一さん:
僕らは、今ここにある自然環境を利用して放牧をさせてもらっています。

会社名で名乗っている「まきはた(牧畑)」は、1000年来続いてきた伝統的な農法です。この地域に根差した放牧・畜産スタイルで出来たものを届けたい。環境再生型農業を行うことも、その先には、やはり地元に住んでいる人々に幸せになってもらいたいという思いが、事業に込めた願いです。

まきはた(牧畑)とは1960年代後半まで営まれていたこの隠岐独自の農法。土地を石垣で区切り、4年サイクルで放牧、アワ・ヒエ、大豆、麦などを順番に栽培するというもの。牛や馬を放牧することで、排泄される糞尿が土地の栄養を回復させ、再び作物を栽培できるという効果がある。

出典:https://www.oki-geopark.jp/geopark-sites-features-list/1358/

同じ地区に住む方には、水の沸く場所や土の善し悪しなど、長年の経験と知識をもってアドバイスをくれる方も居て心強いです。乳牛を連れて帰ってきた日は、一番に見に来てくれましたし、酪農にも興味を持ってくださっています。

陽子さん:
放牧場は、わたしたち所有の土地ではなくて、地域の方々の入会地なんです。耕作放棄地も合わせた土地と、たくさんの知恵も借りながら牛を育てています。

※入会地(いりあいち)とは、村や部落などの村落共同体(入会集団)が総有する又は共同利用が認められた土地。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

地主の方にも地域の方にも、わがこと(自分のこと)のように見守ってもらいながら、酪農やわたしたちのつくっているものを身近に感じ取ってもらう。そんな関係性が出来たらいいですね。


この地域に住んでいる人だけの特権

── 今後、牛乳の他に乳製品を製造する予定はありますか?

祐一さん:
全部を自分たちで作ろうとは考えていないんです。できれば僕らがつくった牛乳をチーズ工房やジェラートを作る人が出てきたら、そこで繋がりができるし、新しい事業にもなる。余白は残しておかないといけないなと思っています。

美味しいことは前提になりますが、いい素材をどう扱うかという面白さを、料理人やお菓子を作る人たちに考えてもらえる喜びにもなります。

陽子さん:
島内のお店を運営している方々も牛乳を購入してくれたのですが、「想像力を掻き立てられる」と言ってもらえて嬉しかったですね。

陽子さん:
夏休みに子供を連れて、チーズ工房の勉強を兼ねて北海道へ行ったことがあります。色々な技術が確立されているし、製品の価格も安定していて、なにより経済圏の大きさに驚きました。学びは多かったです。けれど、島に帰ってから感じたのは、お互いの顔が分かるほどに小さい、この島の循環サイズを私は大切にしたいのだなという思いでした。島の規模からはみ出たり環境に負荷をかけない形で事業をやりたいと、改めて感じた経験でもありました。

祐一さん:
チーズも作ってはいるんですが、僕らは敢えてフレッシュチーズに挑戦しています。ハードチーズや熟成チーズにすることも出来るんですが、それは他所でもやっていること。フレッシュチーズはあまり日持ちしないので製造の難しさはありますが、やはりこの土地に住んでいる人が一番おいしくいただけるものを作りたい。

牛乳は、米や野菜と同じ農産品のひとつなんです。
一番おいしいものを地域の方々が手に取れるということは、地元の人たちの特権であってほしいですね。

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「近くで作って近くで飲む」というコンセプトには、互いに顔が分かることだけでなく、昔からこの土地に根付いてきた農法を取り入れることで環境負荷を抑えることや、島に暮らす人々への思いもたくさん詰まっています。

いつでもどこでも美味しいものが手に入る時代に、こうした作り手の方の熱い思いに触れることは貴重になりました。掛谷さんの手掛ける「まきはた牛乳」が海士町の食卓に溶け込む日も、そう遠くないかもしれません。

取材・ライター:白水ゆみこ


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