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【小説】ひなた書房より④(完結)
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第四章
学校が終わると毎日病院に行った。
病室のドアを開ける瞬間はいつだって憂鬱だ。
美幸くんがスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている時は心底ほっとしたし、呼びかけても私の顔さえ見れないほどに苦しそうな時は、怖くて逃げたくなった。
それでも美幸くんに会えなくなるかもしれないと思う事の方がもっと怖くて毎日会いに行った。
ひなた書房のウェブサイトには今も毎日、本を求めるお客さんからのメッセージが入っている。
美幸くんは調子のいい時はベットの上でパソコンを開いたり手紙を書いたりしていたけれど、少しずつ起き上がるのがキツくなり、ひなた書房を一度閉めることにした。
美幸くんが考えた文章をママがウェブサイトに書き込む。
それは美幸くんらしい誠実で長くて温かい文章だった。
その日はとても暖かくて病室の窓から差し込む陽の光が心地よく、私も美幸くんも少しのあいだウトウトと眠っていた。
「ねえ、これ見て」
ママが興奮した様子で私の肩を揺さぶる。
ベットの背を少し起こし、美幸くんにパソコンの画面を見せる。
そこには美幸くんへの感謝のメッセージが沢山書き込まれていた。
美幸くんのお陰で本の良さを知った人、手紙に励まされた人、恋が成就したなんて人もいた。
美幸くんが蒔いた優しい種から沢山の花が広がっていくような温かいメッセージだった。
「美幸くんもさ、誰かのヒーローだったんだね」
そう言って美幸くんの顔を覗くと、美幸くんの目から大粒の涙が溢れた。
私の顔をみて、泣くのを堪えようと口元にぎゅっと力を入れても溢れる涙を止める事は出来ず、子どものように顔をクシャクシャにしてまた泣き出す。
「美幸くんどんだけ泣くの?」
茶化すようにママが言うと
「そうだよね、大人なのにおかしいよな」
言ったはなから、嗚咽を漏らしまた泣き出した。
私は子どもにするように美幸くんの背中をポンポンと叩いた。
これまで何度も見てきた美幸くんの涙、それはどれも私やママのために流した涙で、美幸くんが自分のために泣いている事が嬉しくて、私は微かに揺れる温かい美幸くんの背中をずっとさすっていた。
*****
その年の私の誕生日はママと美幸くんと3人でお祝いをした。
美幸くんはあれからものすごく頑張って退院できた。
だけど病気はずっと美幸くんの身体の中にいて、いつか突然美幸くんを連れて行ってしまうかもしれない、そんな恐怖を感じながらもそれぞれが明るく振る舞っていた。
色とりどりのキャンドルの光の中で、ケーキを囲み18本のキャンドルの火をふき消す。
「結花ちゃん、お誕生日おめでとう」
美幸くんから渡された封筒には、いつものように本と写真が入っている。
17歳の私の写真。
「この時さ、結花ちゃんすごい不機嫌でなかなか写真撮らせてくれなかったんだよね」
写真の中の私はもの凄くむすっとしている。
「写真って良いよな。あの時の空気とか気まずさとか、全て閉じ込められるもんな」
美幸くんは嬉しそうに写真を眺めている。
気まずさを閉じこめても嬉しいものなのか…
あの時は一生懸命に機嫌をとる美幸くんがうざかった。
でも、あの時の必死な美幸くんの姿を思い出すと今は笑ってしまう。
確かに、写真は良いものなのかもしれない。
「そのわりに美幸くんは写真撮られるの嫌がるよね」
「僕はいいんだよ。みんなの写真を撮るのが好きなんだ」
私たちのやり取りをワインを飲みながら見ていたママが急に大きな声を出した。
「そうだ!じゃあ、今年は美幸くんも入ろうよ」
強引に美幸くんの手を引っ張って私の隣に連れてくる。
「いいよ、本当に苦手なんだ」
ママは美幸くんの声なんて聞こえていないようにシャッターを押す。
「はい!笑ってー」
「表情がかたいよ」
「もっと笑って」
「ほらもっと近づいて!」
嫌がる美幸くんを気にもせず、ママは何枚も何枚も写真を撮った。
クタクタになった様子の美幸くんは
「本当に千晶は強引だよね。そんでしつこいんだよ」
文句を言いながらも嬉しそうだ。
「美幸くんが頑固なんでしょ。もっと柔軟性がないと、結花に嫌われちゃうよ」
「そうなの?」
美幸くんは心配そうに私を見る。
急に巻き込まれてしまった。
「頑固とは思わないよ、でも…ちょっと古臭いかな?」
「えっ?」
美幸くんは目をまん丸にしている。
「たしかに!古臭いよね。うん古臭い」
ママがクスクスと笑う。
「ちょっと待って、え?古臭いって何で?どういうこと?」
ママと私を代わる代わる見てあたふたしている美幸くんが可笑しくて笑ってしまう。
でも、もうママは笑っていなかった。
「美幸くんは頑固で古臭くて勝手だよ」
今にも泣きそうな表情をしている。
「もういいじゃん。そんな固いことばっかり言ってないでさ…私と結婚してよ」
「えっ?」
美幸くんは困惑した様子で
「千晶、ひょっとして酔っ払っちゃった?」
ママの顔を恐る恐る覗き込む。
「酔ってなんかない!いつか死ぬからとか、幸せに出来ないとか言ってないでさ!結婚してくれたらいいじゃん」
ママの目からボロボロと涙がこぼれる。
「最後くらい幸せにしなさいよ」
美幸くんは困ったような顔をして、テーブルに突っ伏して泣きじゃくる震えるママの背中をぎゅっと抱きしめた。
「幸せにできなくてごめん」
美幸くんはそれしか言わなかった。
こんなにもお互いに思い合っているのに何でそんな事を言うのか、私にはわからなかった。
「どうして?美幸くんどうして?ママのこと好きなんでしょ?」
美幸くんはゆっくりと静かに話し始めた。
「昔からさ、楽しい事があると怖くなるんだ。この楽しさもいつか消えるんだなと思ったら楽しいことなんて無い方がましだって…ずっとそう思ってた。それなのに、千晶と結花ちゃんと3人でなんて、そんなの絶対楽しいに決まってて、幸せだなぁって思うたびに苦しくなるんだよ。
この幸せをいつか僕が壊してしまうと思ったら耐えられないんだよ」
下を向いていて、表情は見えなかったけれど、吐き出すように震えるように話す美幸くんの声から悔しさや悲しさが伝わってきた。
「無責任だよな…でも最後まで責任も取れないのに無理だよ」
そんな美幸くんを見ていると悲しくて苦しくて、私は大声で叫ぶように言った。
「幸せを壊す?美幸くんはさぁ…自分なんか誰の役にも立たないとか、幸せに出来ないとか言うけどさ…私いっぱい美幸くんに幸せ貰ってるよ。ママだって美幸くんのこと大好きなのに…勝手に決めつけてそんなこと言わないでよ!幸せは壊れたりしない。思い出として残るんだよ。壊れないぐらいの幸せいっぱい作ればいいじゃん!それがさ、美幸くんの責任だよ」
美幸くんは泣きじゃくる私たちを、困ったような顔で見て大きく息を吐いた。
頑固で古臭い男が、しつこい女達に負けた瞬間だった。
*****
結婚式が終わり控室に入ると、緊張の糸がほどけ身体から力が抜けた。
ぐったりとソファーに腰掛け、テーブルの上に置いておいた封筒を取り出す。
『結花ちゃん、結婚式』と書かれたその封筒には2冊の本が入っていた。
絵本の表紙に描かれていたのは花と猫の絵。
懐かしい紙の匂いを吸い込んでゆっくりとページをめくる。
その絵本は、花を愛した猫と猫の為に咲いた花の話だった。
もう一冊の本には私の写真がたくさん綴られていた。
1歳、2歳、少しずつ大きくなっていく私の姿。
美幸くんの撮ってくれた沢山の写真たち。
18歳、困ったような顔で微笑む美幸くんと私。
ママが撮ったあの日の写真だ。
次の写真には、年甲斐もなくフリフリなミニスカートのウェディングドレスを着たママとガチガチに緊張した美幸くんが写っている。
最後の写真は私とママと美幸くん、3人の写真だった。
卒業式の看板の隣で、スーツ姿の美幸くんは真っ赤な目をして微笑んでいる。
私は2冊の本を閉じて窓の外を眺めた。
空に浮かぶオレンジ色の太陽は今日も私を優しく包んでくれている。
「美幸くん育ててくれてありがとう」
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(完)
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海沿いの小さな街に黒猫がすんでいました。
ある夏の日、小さなねこは海岸で一つの種を見つけて、庭に蒔きました。
大切に大切に毎日水をやりました。
おはよう。
ただいま。
沢山の言葉をかけました。
待っても待っても、芽は出ません。
それでもねこは毎日水をやります。
おはよう。
ただいま。
冬の寒い日。
ねこは風邪をひきました。
寒くて苦しくてガタガタと震えています。
どれくらい眠っていたのでしょうか。
目を覚ますと小さな芽がでていました。
小さくてかわいい芽です。
冷たい土を押しのけて一生懸命に顔を出しました。
ありがとう。
ねこの心はポカポカになりました。
おはよう。
ただいま。
ねこは可愛い芽をみるのが好きでした。
ある夏の日、嵐が来ました。
ねこは芽が飛ばされないように、囲いをつくりました。
囲いが出来上がった瞬間、大きな風が吹いてねこは飛ばされてしまいました。
どれだけの時間が経ったのでしょう。
ねこが目を覚ますとそこには綺麗な花が咲いていました。
白くて可愛い花でした。
怪我をしたねこはもう動くことができません。
お日様に照らされた花がゆれると嬉しくて、雨に濡れた花がうつむくと悲しくて。
少しずつ大きくなる花を見るのが幸せでした。
花はねこに元気になってほしくて一生懸命咲きました。
大きく大きく咲きました。
ねこが笑うと嬉しくて、苦しそうに眠る姿をみると悲しくて、ねこのために一生懸命咲きました。
そんな花をみてねこは幸せでした。
「育ってくれてありがとう」
にっこりと笑ってねこは目を閉じました。
あれから時はたち、その場所は大きなお花畑になりました。
今では沢山の人たちがその花を見にきます。
花を見ると誰しもが笑顔になるのです。
「育ててくれてありがとう」
花たちはおひさまに向かって今日も元気に咲いています。
全4話、読んでいただきありがとうございます。
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雨音