映画『バードコール』監督の語る田中圭キャスティングの理由
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映画『bird call バードコール』は17年前、2005年に製作された作品。
監督脚本は井上春生。
ストーリー
ヒリヒリとした高校生の心情と大切な人への思い。
美しい田園風景と音楽に引き込まれ一気に感情が昂っていく。
失礼な言い方かもしれないが、ストーリーが大好きとかそういう訳ではない。
大好きな田中圭さんの出番も少ない。
でもずっと心の中に残っている。
毎度見るたびにその世界にどっぷりハマり涙がでて暫く余韻が収まらない。
ずっとずっと大好きな映画だ。
でもこの作品は今は販売されていない。
監督のお声がけで希望が見えた円盤化のアンケートの数字も伸びず、もうだめかな?
と諦めていたその時…このツイートを見つけた。
井上監督へのインタビュー
@raspberry_time7 さんの許可を得て、以下にインタビュー内容を貼り付けます。
監督の言葉
バードコール、2005年に公開されたこの作品。
この時期の公開作品といえば『汚れた舌』
『スローダンス』まだまだ出番はほんの少しだったこの時期に、何故こんなにも重要な役柄に田中圭が選ばれたのか。
ずっと気になっていた。
監督の語る『作る』ではなく『切り取る』演出。
何十ページのキャスティング表の中から、サトナカという役を生きる人として選ばれたのが田中圭。
理屈ではない何かがサトナカと田中圭を引き合わせた。
そしてあのサトナカが生まれた。
バードコールのサトナカはとても不思議な存在だ。
包容力と強さ、優しさの融合したサトナカは真っ直ぐなようで、どこかミステリアス。
すごく大人に見えたかと思うと、子どものような屈託のない笑みを浮かべる。
監督の表現があまりにもピッタリで嬉しくなってしまう。
すごく華奢で繊細なようですごく逞しい腕。
この対比がたまらない。
園子との屋上のシーンではまるでサトナカではなく、あの日あの頃の田中圭と鈴木えみを間近で見ているような不思議な感覚的になる。
監督の言葉をみて腑に落ちた。
サトナカとして生きる姿と、ひょっこりと見え隠れする田中圭のリアルがそこにある。
Wikipediaにも載っていないこの作品がこのまま一部の人たちの中で伝説の作品のように語られるのは悲しすぎる。
バードコールを運良く見られた自分が言うのもなんだか本当に烏滸がましいけれど、美しい映像と音楽そしてあの日あの時、監督が見た鈴木えみや田中圭。
しっかりとディスクに収めて見たい人の元へ飛ばしたい。
この2つのアンケートが鍵を握っています。
是非応援の一票をお願いします。
平祐奈ちゃんもこう言ってますし。
昔から邦画が大好きで、すばらしい映画に救われてきた一個人として、映画界の未来が明るく沢山の人の心に届く作品がいっぱい生まれることを。
そして沢山の人たちの手で生み出された数々の作品が再び輝く未来を夢見て。
雨音