見出し画像

今日も雨。傘がない!

今日の雨 傘がない 。 行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ!と歌ってくれたのは、井上陽水さんの「傘がない」って歌だったと思う。その歌の最後に「つめたい雨が 僕の目の中に降る、君の事以外は何も見えなくなるそれはいい事だろう?」

と 厚洋さんが歌ってくれた井上陽水さんの歌だ。厚洋さんが亡くなってから、寒い日に雨が降ると必ず思い出す。
 雨が降ると休んでしまう厚洋さんが
「行かなくちゃ。君に会いに行かなくちゃ。
 雨に濡れ…。」
って歌ってくれるのが嬉しかったのを思い出すからだ。
 今日も冷たい雨が降っている。
 昨日は暖かったので家の中は、夏仕様にしてしまった。
 だから、冷たい雨の感じが強い。
 コロナで外出自粛。
 会いにいく人もいないのだが、チャーちゃんと2人では冷たい雨は、寂しさも募らせる。

画像1

画像2

画像3

 チャーちゃんも寂しいのか寒いのか、真愛にくっ付いてくる。
「ねぇ、ねぇ。抱っこしてよ。」

画像4

そばから離れようとすると
「待って、どこ行くの?」
その度に仕事をやめて、チャーちゃんの耳の後ろをクリクリ。頭を撫で撫でする。
 いい子いい子をしながら、「厚洋さんも真愛にしてくれたんだね。せがんだ真愛の事を面倒臭い奴だって思ったのかな?」
 井上陽水さんの「白い一日」
も思い出した。

まっ白な陶磁器を、一日中飽きもせずに眺め続ける。真愛をずっと見つめてくれていたように思いとても嬉しかった。

 そして、ラストに遮断機が上がると、振り向いた君は「もう大人の顔をしてるだろう。」という歌詞も二人の住む団地から線路が見え、遮断機が見えた。二人で歩いた事もある。19歳で知り合った二人だ。付き合っていた時に歌ってくれたのは、22歳だ。

 真愛の成長を見つめていてくれた指導教官だった厚洋さんだ。同じように思ったのだろう。

 そして、この腕をさしのべて、その肩を抱きしめて、ありふれた幸せに持ち込めていた頃だったのだ。
 厚洋さんの真愛への愛し方そのままの歌詞であった。真愛は、ありふれた幸せに酔っていたので気づかなかったのだ。

 今日、何故、厚洋さんがその歌を歌ってくれていたのかについてよく分かった。(拙著「白い花にそえて」文芸社版)にも書いた事だが、恥ずかしがり屋で口下手だった彼は、歌う事で自分の気持ちを伝えていたのだと思う。
 つくづく鈍感な真愛とシャイな厚洋さんの僅かなすれ違いだったのだと思う。

画像5

冷たい雨が降る
    何も無い一日
 真愛は、厚洋さんの思い出に包まれて
       あたたかい春の絵を描いた。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります