冬の蚊
今日はスイミングクラブの休館日。
冬の陽だまりの中で、気持ちよく下絵を描き始めた。
去年の6月から、描きたいと思っていた画題がある。「夜雨の紫陽花」と言って、このnoteにも書いたが、夜の雨に濡れて居る紫陽花だ。
雨後の紫陽花の絵はよく見るが、紫陽花の美しさは「雨上がりの青空の下」だけではない。
夜のシトシト降る雨の中、ぼうっと霞むように続く紫陽花の道。その道のずっと先に逝ってしまった愛しい人の姿が見え隠れする。
切なくて美しい情景だと感じた。
その年の「美術展」に日本画第二作めとして、描きたいと思った。
大きさを確認して、額を購入したが、直ぐ取り掛からない真愛は、11月になっても描かなかった。
紫陽花はすっかり枯れていた。
コロナ禍が酷くなり、「美術展」は中止。
描きたい気持ちはあるものの、大きさまで決めてあるのに
(あっ。紫陽花も枯れてるし描かなくって良い。
来年、紫陽花が咲いたら、よく見てスケッチしよう。また、来年!)
と画材を奥に押し込んでしまった。
今年も、紫陽花が咲き明月院ブルーは、(紫陽花を描きたい。)心にしっかりと映ってくれた。 当然、(今年こそは描かなくちゃ!)って気持ちも持った。
しかし、白内障が酷くなり手術をすることになると、『術前・術後』の養護のため目を使わなくなった。そうして居るうちに夏は過ぎ、秋も過ぎ紫陽花はすっかり枯れた。
描きたい気持ちはあり、厚洋さんと母の前で般若心経を唱えた後、
「今日は、絵を描きます。」
と声に出して誓うのだが、何かの理由をつけて先送りをしてきた。
今日も穏やかな陽で、畳の暖かさで靴下はいらない。暫くすると背中がチリチリするほど熱くなるほどだが、日陰の爪先部分は冷えてくる。
そんな冬の陽だまりの中で、気持ちよく下絵を描き始めたのだが、半日村の我が家は12:00には杉林の影になり陽が翳ってくる。
半日しか陽が当たらないから、「半日村」である。
亡くなった旦那様のパジャマを着ようと思ってたくさん洗った。1166日も経つのにまだ捨てられずにいる。
貧乏ったらしいと思うかもしれないが、彼が亡くなってしばらくの間は、犬のように彼の生きていた匂いを探しまくったので、パジャマは捨てられなかった。洗うことすらできなかった。
彼のパジャマを着て寝ると彼に抱かれている安心感があった。
そして、「彼の匂い」は洗えばなくなるが、彼の着ていた物を身につければ彼と一緒にいると考え、今でも捨てないで取ってある。
勝負の日には、からのパンツを履いて出かける。
寒くなったので、彼のパジャマを大量に洗って今年も着るのだ。
洗濯物を取り込むと、部屋の中で
「pu〜〜un〜〜。………。」
と、音が聞こえた。
「蚊だ。」
洗濯物を取り込んだ時に一緒に入れてしまったらしい。11月の終わりだというのに、
「まだ、生き残っていたんだね。」
なんだか、1匹だけ生き残っていたかと思うと切なくなった。
「同病愛憐れむ」である。
「ひとりぼっちの兵十か。」とごんが呟くのと同じである。
ところがだ。
真愛の想いも感じ取れない其奴は、洗濯物の間からすり抜け、涙の雫も流れそうな真愛の頬を刺したのだ。
「この野郎!
いや、刺すのはメスだ。
オスでない事が無性に腹が立った。」
叩き殺してやろうと思ったが、生憎視力が回復してないために見つける事ができなかった。
テーブルの上には、描き始めたデッサンが置いてあり、飲みかけのコーヒーも乗っているので、殺虫剤もかけられない。
そうこうしているうちに、蚊は別の部屋に行ったのだろう、羽音はしなくなった。
刺された場所が膨れ、痒みも激しくなった。
夏の残りの痒み止めを塗りながら
「冬でも、繁殖のための準備をするんだ。」
と思い、雑学博士の厚洋さんの言葉を思い出した。
「蚊は夏の生き物って思ってるかもしれないけ
ど、中には越冬する奴だっているんだぞ。
自分がどの時期に生まれてくるかなんて
分からない。
暖かい秋の終わりに生まれて来ちゃったら
冬を越すしかないだろう。
人間だって同じさ。
いつ生まれるか選べない。
だから、生まれて、
生きている今を生きなくちゃな。」
そうだ。
あの日も冬の蚊に刺された日だった。
穏やかな冬の日。
厚洋さんのパジャマの中から出て来た
冬の蚊が、思い出させてくれたこと。
いつ生まれて来るかはわからない。
でも、生まれてきて、
今を生きているのだから、
今やれる事を
命の限りにやらなくちゃね。
そうだ。
今日は厚洋さんの誕生日。
彼のキスだったのかな?
真愛が今、幸せでいるのは
厚洋さんに出会えたから!
厚洋さんがこの世に生まれてくれなければ
真愛は出逢えなかった!
ありがとう、厚洋さん!
やっぱり、これは彼のKISS❣️
痒みのあるキスではあったが、
また、忘れられない日になった。
今夜は、厚洋さん誕生の感謝のディナーを
作らなくっちゃ。
ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります