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梅雨の晴れ間に靴を洗う

 上靴を洗った記憶がない。真愛の小学校の頃には、靴箱センターのような昇降口がなく、教室の南側に外に出る戸があり、そのすぐ下に渡板が敷いてあった。
 その渡板のところが下足履き替えの場所だった。この梅雨時なんて、濡れてしまうので教室に入れていた気がする。
 いや、教室の北側に長い廊下があり、そこにたたきと呼ばれる打ちっぱなしのセメント場が有ったかもしれない。そこにかっぱや傘を掛けていた気もする。
 どちらにしろ、上靴の記憶がない。お馬鹿だったので忘れているのかもしれないし、裸足で走り回っても叱られなかったのかもしれない。
 貧しかった真愛の家では、傘も長靴も買ってもらえず、雨の日は下駄で通った気がする。
 真愛は、いったい何歳なんだろう。
 昭和初期の生活のような気がする。
 そうだ。
 兄のお下がりを使っていた雨傘が壊れて、初めて赤い傘を買ってもらった一年生の時の事だ。
 雨が降りそうだからと新しい傘を持っていったのだが、帰り道で降り始めた雨に、もったいなくてささずに帰って来て風邪をひいた。
 大馬鹿だが「可愛いヤツ」だったと思う。
 小学校一年生の国語の教科書に「おじさんの傘」という物語が載っている。
 真愛のように「傘が大事」でさせないおじさんが、傘を開いて見たら素敵な音が聞こえてくるという可愛い話だ。
 今は、安く傘を買うことができるが、こんな楽しい話を思い出に持つこともないだろうと思うと少々切ない気がする。
 厚洋さんは、結婚した頃は自転車か歩いて通っていたので、雨が降ると
「俺、今日学校休み!」
と言って真愛を困らせた。そして、仕方がなく
「歩いて行くか!」
と行って、番傘を差し下駄を履いて小学校に向かった。 
 拓(息子)の手作り絵本には、パパはお出かけのシーンで、厚洋さんは下駄と番傘で登場する。
 その頃には、担任した子どもたちはしっかり上靴を履いていた。バレーシューズと言われる底が平べったいよく滑る靴だった。
 教員になった真愛は、なんとヒールのついたサンダルを履いていた。
 今考えると「災害が起きた時どうするんだ!」と怒鳴ってやりたい奴だったのだ。
 偉い男の先生は、なんだか革靴の前だけバージョンのようなスリッパを履いていた。
 厚洋さんは、その頃から学校内で運動靴(今のスニーカー)を履いていた。
「安全だから…。」と言っていたので、すごいと思う。防災教育が盛んになる前から防災意識は高かったのだ。
 通勤は下駄で番傘なのにだ。
 真愛が上靴を洗ったのは、息子のものだけだった気がする。
 日本経済の発展と共に真愛の物に対する「大切にする心」も少なくなり靴を洗うという行為がなくなった気がする。
 何十年ぶりかで、靴を洗った。

ILAのハイカット

 お気に入りの「FIL Aのハイカットシューズ」だ。
 少々サイズが大きかったのだが、デザインが好きで今年の1月ごろに購入した。
 お気に入りなので大事に履いていたのだが、ちょっと汚れ始めると、雨でも履くようになった。
 左の靴には泥汚れも付いて、「洗わなくちゃ」と思っていた。しかし、そのまま5ヶ月が過ぎてしまった。
 また、梅雨に入り跳ね上げもついて来ていた。

梅雨の晴れ間

 梅雨の晴れ間の青空が見えた瞬間。
「靴を洗おう!」
と声に出して、靴洗い開始。
 靴紐を外して、前のペラペラを持ち上げて予洗をした後、バケツに洗剤を入れてしばらく漬け込んだ。
 コインランドリーに行けば、いくらかお支払いすれば綺麗にしてくれるのだろう。この日が来る前に何度もランドリーに行こうと思ったが、そこには立ち寄らなかった。きっと、今日の「梅雨の晴れ間に靴洗い」の楽しみを味わわせたかったのだろう。靴が物を大事にする心を思い出させてくれる為だったのかもしれない。
 漬け込んだ靴をタワシと歯ブラシでゴシゴシする。晴れの日というのは、何をやっても楽しいのだろうか、靴を洗い、ビショビショになりながら何度も濯ぎ、ハンガーに掛けて干した。

眩しい白

 真っ白に洗い上げ終わった靴は、梅雨の晴れ間の太陽に照らせれて、一層白く輝いた。
「見て見て!綺麗でしょ?
 褒めて、ちゃんと洗えたよ。
 ちゃんと大事にできてるよ。」
 写真の厚洋さんに話しかけると、
「お前、幾つだ?
 ガキだな。でも、靴洗いを楽しめるって
 嬉しいことだな。
 靴ってさあ。何時もお前を支えてるんだよ。
 ちゃんと感謝できて良かったな。」
と言ってくれた。

靴紐を通す

 すっかり、カラッと乾いた靴に紐を通す。
 綺麗になった乾いた靴を膝の上に置いて紐を通す。
 右足の靴は右を上に…。
 左足の靴には左が上になるようにクロスして編んでいく。
 真愛の変形性膝関節症と前十字靭帯復建手術の後のボルトが入っている足と3本とも折れたことのある右足首を守って、真愛を支えてくれている靴である。
 紐を通しながら、頬ずりしそうになった。
 靴からは少し洗剤の匂いがする。

お気に入りの靴

 なんだか、外に履いて出たくなかった。
 あの時、傘を抱いて家に帰った小さな真愛の真っ白な心に戻ったような気がした。
 靴箱には入れず、玄関の一番いい場所に置いた。
 梅雨の晴れ間の青空に会えたことでできた素晴らしい出来事だった。

ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります