アンパンマンとひよこの気持ち
「ひよこの気持ち」ルームという会場が設置され、ベトナム出身の若いママさんが集う会が行われた。
会場には、幼児が喜びそうなおもちゃが、柔らかいマットシートの上に置かれてお客様を待っていた。
この会があると知ったのは、国際交流協会の運営委員会の時である。
運営員会には、市役所の企画運営課の方も出席してくださる。今年は若い男性だった。
年度当初だったと思う。
「ベトナムからいらっしゃってる方が、
子育て中のママ友が出来たら嬉しいとの
要望があります。
ベトナム出身の子育て中の方をお知りでは
ないでしょうか?」
物腰も柔らかいが、優しさの溢れた物言いだった。
残念ながら、真愛の関係する土曜日日本語教室は、若いベトナムの方はいらっしゃるが子育て中の方はいない。
子育て中のママはいらっしゃるが、中国の方だ。
国を離れて子どもを育てていたら、きっと物凄く不安だろう。言語生活も大変なのに「子育て」なのだから…。
計り知れない切ない思いを受け止めた推進課の方は、沢山のアンテナ(古いなぁ)を立てて奔走したのだろう。
8月の運営委員会の時に、この「ひよこの気持ちルーム」の話をしてくれた。
何も出来ない真愛だったが、何だかとても素敵な会の様な気がして、
「見学しても良いですか?
お手伝いなんて出来ないですが…。」
何しろ見たかった。
ここ数年日本語教室のお手伝いをする様になり、外国籍の方とお知り合いになり、様々な困りごとを相談された。
「お姑さんとうまくいかないんです。」
「車の免許を取りたいんです。」
「アルバイト先が見つからないのです。」
「安く日本の文化を体験できるところは
ないですか?」
「日本の病院は高いです。」
「子どもの学校で先生と話が出来ない。」
真愛が支援できるものもあれば、愚痴を聞いてあげるだけでも少しは気分が晴れる様な対処療法みたいなこともあった。
その時、いつも思ったのは、
(折角、日本に来てくれているのに、その日本
の街がその人達に、どんな事をしてあげて
いるのだろうか?
日本人が住みやすい街を願うなら、
同じ街に住んでいる外国籍の方にも
同じ様な福祉事業が必要だ。)
と思ったのだ。
一昨年前は、市の子育て支援のパンフレット作りの翻訳をお手伝いすることができた。
真愛の担当の学習者さんが中国の方で、日本語もとても上手なので彼女のサポートをさせて貰えたのだ。
ちょうど彼女も子どもが欲しいところだったので、お声がかかり、「妊娠したら…。君津の福祉」という我が街の取り組みに感心した。
8月に行った周西公民館の「日本語ひろば」の浴衣体験という催しにも参加させてもらい、
なかなか頑張っている我が街の外国籍の方へのサポートを嬉しく思っていた。
そんなところへの「子育てママ」への支援だったので、ついつい見学に来てしまった。
5分前に伺った。
参加者予定は、親子さんが6組だったが、都合が悪くなり2組。
スタッフさんは、時間通りに準備を整えていたが、お国柄だろう、開始時間になっても現れない。
素敵なのはスタッフさん達だ。
「いいのよ。お国柄だもん。」
「でも、迷子になってたら困るから
玄関前で待ってますよ。」
当然、真愛に情報を教えてくれた企画課の男性もいらっしゃり、他にも市役所の方がいた。
みんな可愛いエプロンをつけて、優しい雰囲気を作り出していた。
これだけ心を込めて開催してくれている会がある事を知っているのだろうか?
真愛が在職中にも沢山の福祉関係のイベントは開催されていたが、どのくらい集まっていたのだろうか、考えたこともなかった。
要するに、自分に関係することで精一杯で、他の人の頑張りに傾聴出来ない、ゆとりがなかったのだ。
年に一度の福祉祭りとか文化祭とか大きなイベントに参加するくらいなのだ。
日本の福祉事業が遅々として進まないのは、真愛の様に「必要にならない」とあまり参加しない人が多いからなのではないかとも思う。
いい事をやっているのに、知らない人が多いのだ。
↑これは宅配の方が作ってくれたプレゼントだという。
無知な真愛は、お弁当の宅配かと思ったが、「おむつ」の宅配だった。
君津市は去年から、満1歳までの乳児を育てる家庭に紙おむつや粉ミルクなどを無料で届ける事業を始めたそうだ。
配達するのは保育士資格か子育て経験を持つ市職員で、訪問の際に育児相談も受け付けている。だから、子育て中のママ友が欲しいという要望も聞けたのだ。
市によると、こうした支給品の宅配を通じて、子育て世帯を見守るのは県内初という。
素晴らしい我が街のだ。
しかし、真愛は知らなかった。
要するに、市からの回覧板は回って来るが自分に関わらない部分は流し読みもしない状態なのだ。
(政治に物申す前に、行政からの沢山の情報を
しっかりと受け取ることも大切なのだ。)
「来たー❣️」
ポニョみたいな気分だ。
可愛い男の子を抱いたベトナムのママさんが来てくれた。
早速、おもちゃのある場所に行き、遊び始めた。
真愛婆さんは、若い男の子が好きなので、一緒に遊ばせてもらった。
お母さんはとても上手な日本語を話す。
ダンちゃんも保育園に行っているので、日本語で話す。
アンパンマンが大好きで、アンパンマンピアノに夢中になった。
小さなキーボードの上に【ド・アンパンマン】シールが貼ってある。
「アンパンマン!」
というと【ド】を叩く。
賢くて上手に反応してくれるダンくんの虜である。
アンパンマン・バイキンマン・食パンマンぐらいしか知らなかった真愛に、ダンくんは「ドキンちゃん・メンロンバンマン・カレーパンマンなんかを教えてくれた。
今日、この福祉センターに来るまでのラジオで、アンパンマンファンの方は大人になっても「アンパンマンバン」を食べると聞きびっくりしてきたので、ダン君のママに話すと驚いていた。
なんと、企画課の男性もその事を知っていて、最近、子どもさんと一緒に「アンパンマンミュージアム」なる所に遊びに行って来たという。
流石日本のアニメ文化である。
日本の婆さんとベトナムの子育てママと企画課のパパが同じ土俵で盛り上がれるのだから…。
こんな交流が日常的に繰り広げられる街が出来たらいいなと思った。
15分程度しか遊べなかったが、折角準備をしっかりしていたスタッフさんよりも、沢山楽しませてもらって、早めに帰った。
(いいとこ取りだよね!)と反省した。
アンパンマンの作者が「詩とメルヘン」という雑誌を創刊したのは、真愛が大学の頃だったと思う。
詩作が好きだった真愛は、彼の描いた潰れた顔のアンパンマンを好きにはならなかった。
お話はなかなか示唆に富んだそして、面白いものだったが、ヒーローの顔がアンパンである事に違和感を覚えたのだ。(まだ若い女の子だったから?)
しかし、やなせたかし氏の思想?は好きだった。後年になって彼のアンパンマン誕生理由を聞き、世界中の人に「アンパンマン)が愛される理由も分かった。
《この社会で一番憎悪すべきものは戦争だ。
絶対にしてはいけない。》
今の日本では飢えが身近にないので、実感がわきにくいかもしれない。
だが、しばらく何も食べないでいれば、飢えのつらさは体験できる。
本当に飢えているときには、どんな大金より一切れのパン、一杯のスープのほうがずっとうれしいのだ。
戦争と飢え。
さらに戦争終結によってこれまで信じてきた「正義の論理」さえもがひっくり返ってしまう「正義は不安定なものである日突然逆転する」「正義のための戦いなんてどこにもないのだ」とやなせ氏は語る。
しかし、逆転しない正義もある。
それが献身と愛だ。
そして弱者を助けること。
自分の顔をちぎって人を助けるアンマンパン
今日は、福祉・思いやりを考えさせられた日だった。福祉とは、支える幸せ・支えられる幸せなのだ。
残念な事にこんな素敵な事を開催しているにも関わらず、あまり知られていないことが勿体無い。
余談だが、企画課の男性は、真愛が教員になるためにお世話になった竹内金兵衛先生のお身内の方だった。
貧しく戸籍もはっきりしない真愛に教職の道もあると諭してくれた教育長先生だった方だ。
真愛は沢山の方に可愛がられて、支えられて、ひとり親の子にしては自由に伸びやかに育ったと思う。
幸せな人生を歩んできたと思う。
「献身と愛」
「正義を行おうとすれば、
自分も深く傷つくものだ。
でもそういう捨て身、献身の心なくして、
正義は決して行えない」
「正義に勝ち負けなんて関係ない。
困っている人のために愛と勇気をふるって、
ただ手をさしのべるということなのだ」
真愛の周りにも沢山のアンパンマン達がいる。
しかし、その活動があまり知られていないことが切ない。
「ひよこ気持ち」
「親鳥の気持ち」
みんな分かち合いたいものである。
ありがとうございます。 愛しい亡き夫厚洋さんに育てられた妻「真愛」として、読み手が安らぐものが書ける様頑張ります