もっと世界を知るべきだ、と彼は言った。
彼を訪ねてスペインへ行ってきた。
私にとっては初めてのヨーロッパ。初めてのスペイン。
熱波の影響で35度を超える暑さだったけれど、当時住んでいた街とは違う深い青色の空、温かみのあるオレンジと白の建物、そして木々の緑。そのコントラストが美しかった。
飛行機の遅延や入国審査のトラブルによる予定より遅れて到着した私を、彼は到着ゲートで待っていた。
彼に会うのは1ヶ月ぶり。
化粧もしていなかったし長旅でくたびれてもいたので、入国審査の列に並んでいる間に彼に、思っている見た目じゃなくても驚かないでね、とテキストをしておいた。
到着ゲートにはたくさんのひとがいた。だけど一瞬で彼のことを見つけ、同じく彼も私のことを見つけてくれた。
長いフライトの間、ほとんど一睡もできなかったせいなのか、なんだか全てが夢みたいだった。
ずっと憧れていたスペインにいることも。彼をハグできることも。彼と一緒にスペインにいることも。
1ヶ月ぶりに見る彼は、前回日本で会ったときもスペイン人らしさが増していたけれど、相変わらずいい匂いがした。
長旅で疲れていたし、連日睡眠不足が続いていたし、時差の影響をもろに受けるタイプ(本当に海外生活向いていないよなぁ…)なので、彼に会った瞬間一人旅の緊張の線が緩んで、うんうん、と頷きながらも自分の脳みそをシャットダウンして、彼に付いて歩いた。
最初の二日間はバルセロナで過ごした。彼のお気に入りのお店でランチをした後、有名な観光地を巡った。
グエロ公園やサグラダファミリアにも訪れたのだけれど、どちらも彼が入場券を用意してくれていた。私は特にサグラダファミリアについては入場料が高価だとも数週間前には予約をしないと売り切れてしまうことも聞いていたので、旅行前に彼にサグラダファミリアを見たいと伝えたときには、外からその建物が見られればじゅうぶん、という意図だった。
だけど一歩中に足を踏み入れた瞬間、自分でも想像していなかったほど感動した。
建物の中には両側のステンドグラスを通して、温かで色鮮やかな光が充満していた。
私はキリスト教徒ではないのだけれど、それでも聖堂の中をぐるりと見渡しているうちに込み上げるものがあって泣き出しそうになる程だった。
解説にもあったけれど、サグラダファミリアは、”出自に関わらず全ての人を歓迎する”そうで、まさにその荘厳ながらも温かな空気に優しく包み込まれるような、迎え入れられているような心地がした。
彼もサグラダファミリアの中に入るのは初めてだったらしく、入ってみる価値があったとのことだった。
そしてバルセロナの街や歴史的な建造物の美しさのほかに感動したことが、彼が私の飛行機の遅延や移動の疲れを考慮して、到着が遅れたり休憩を取ったりしてもいいような時間帯の入場券を予約してくれていたことだ。
もしも予約するのが私だったならば、メインイベントは一番早い時間帯に予定していたと思うので、何気ない余裕というかさりげない心遣いに感心してしまった。
2日目の夜にマドリードへ移動し、初めて彼の部屋を訪れた。もともと彼はミニマリストの傾向があると聞いていたし、その気配を薄々感じ取っていたのだが、独身男性の必要最低限のものだけを揃えたシンプルな部屋だった。
以前にビデオ通話をした時に画面に映っていた絵画や、ぬいぐるみを実際に目の当たりにすると、またなんだか変な感じがした。
ソファに座りながら、空の段がある本棚を眺めて、私だったらこうはならないだろうなとぼんやり考えた。
翌朝は彼の行きつけのカフェで朝ごはんを一緒に食べた。といっても彼は朝ごはんを食べない派なので、食べたのは私だけ。ほとんど地元の人しかいない地域のため、スペイン語以外の言語が聞こえてくることも、アジア人がいることも珍しいらしく、特にご年配の方からの視線を感じて戸惑いつつも、次第にそれも楽しくなっていった。
そのあとは彼の友だちの家でランチをした。当たり前だけれど私以外は全員スペイン語が話せる。そんな中にほぼ挨拶しかできない私が混ざったのに、みんな「私の英語あんまり上手じゃないんだけど…」などと言いながら、私も会話に入れるように英語で話してくれた。(そしてもちろん彼らの英語は私よりも上手だった。)
話が盛り上がって私以外の全員がスペイン語で話す場面もあったけれど、もともとスペイン語の音が好きだし、リスニングの練習にもなるし(ほぼ理解できなかったけれど)、その場の空気感が心地よくて、積極的には参加しなかったけれど、その場にいることを楽しんでいた。
そのあとは夕焼けが綺麗に見られる公園に連れて行ってもらって、夕日を眺めた。
その公園から彼の部屋に帰るまで、オープンカーのルーフを開けて、大音量で音楽をかけて走った。オープンカーに乗るのも車でこんなに大きな音で音楽を流すのも初めてで、なんだかベタな映画の中にいるみたいで思わず笑ってしまった。これは本当に私の人生の一場面なのだろうか、と。
次の日は地元のスーパーで食材を買って、彼のホームタウンまで出かけた。スペインで過ごした一週間はどの日も素晴らしかったのだけれど、この日が一番印象的だった気がする。
というのも前夜に私は泣いていたのだった。泣くべきじゃないとわかっていたのだけれど、彼に自分の感情を説明しているうちに我慢できなくなっていた。
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