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あなたの隣で知ったこと
私は筋金入りの宇多田ヒカルのファンだ。ファン歴は十九年にもなるから、特に昔の曲はもう数え切れないくらいに聞いている。
はずなのに、最近になってようやく”First Love”の歌詞の意味を本当に理解できたというか、身をもって体感したような気がする。
この体験をなんと表現すればいいのかわからない。First Love、初恋ではない。これまでにすきになったひとは何人かいるし。だけど。
素敵なひとと出会った。そのひとは私より一回り以上も上で、引きこもりがちで人見知りな私とは正反対の性格。明るくて活発でエネルギーに満ちていて、誰とでもどこでもすぐに打ち解けられるようなひとだ。
彼は私に会うためにわざわざ私の住む街を訪ねてきてくれて、一週間だけ一緒に過ごした。
会ったばかりの頃は、正直見た目もタイプではないし歳も離れているし、優しくて良いひとだとは思いつつも、恋愛対象には入らなかった。
だけど彼は本当に優しくて寛大で面倒見が良くて、自分が今までにまともな恋愛をちゃんとしてこなかったせいもあるのだけれど、誰かに大切にされるとはこういうことなのだということを知った。
もう十ヶ月も住んでいるのに、引きこもりがちかつ腰が重いせいでこの街や周辺の地域のことをよく知らない私を訪れたことのない場所へ連れ出してくれた。
木々が生い茂るハイキングコースを抜けると、見晴らしのいい場所があって。
真っ青な空と、日光を浴びてきらきらと輝く海。そして暮らしている街の高層ビル群が遠くに見えた。
私たちの他にそこには誰もいなくて、ただ風が木々を揺らす音と波の音だけが聞こえた。
いつも人で混雑している街から抜け出して、車をたった一時間走らせるだけでこんな場所に来れるなんて知らなかった。
そのあと、もう一箇所行ってみたい場所があるからと運転してくれる彼。慣れないハイキングで疲れた私を気遣って、寝てていいよと言ってくれた。
だけどその道中の景色があまりにも美しくて、とても寝ていられなかった。眼下には海と、正面にはいまだに雪を被ったままの山々。
「なんだかすごく遠くに来た気分」というと、彼は「本当に?」と笑った。
着いたのは滝が見られる場所。私は生まれてこの方ずっと海派だし、そんなに期待をしていたわけではなかったのだけど。
現れたのはこれまでの人生で見たことのないような大きな滝。あまりの壮大さに言葉を失ってしまうほどだった。
大量の水が流れ落ちる音とときどき飛んでくる水飛沫。
何故だか不意に涙が込み上げてきて、しばらくその場に立ち尽くしたまま動けなかった。私ひとりだったら絶対に見ることのなかった景色だった。
私たちの間に、というか私の中で変化が起こったのは、彼が帰国する前日の事だった。
もうすぐ会えなくなってしまうという寂しさからなのか、それとも感情が揺さぶられに揺さぶられまくった一週間が終わるという安心感からなのか、その日は朝からそれまでには感じていなかった類の恋しさを彼に対して覚えていた。
昼間は景色が綺麗で比較的人も少ない私のお気に入りの場所へ出かけ、ランチをしたりスウィーツを食べたり、川沿いをひたすらぶらぶら歩いてはお喋りをしたり、夕焼けを眺めたりした。
そして夜は街に戻ってディナーをした。少しだけお酒も飲んで、お酒に弱い私はすでにほろ酔い気分で、いつもより上機嫌で口も軽くなっていた。
知り合ったばかりの頃からそうなのだけれど、聞き方が上手いからなのか、彼に対しては他の人よりもいろんなことを話しやすかったから、以前の投稿でも書いた叔父のことだったり、他にも私の人生や考え方に大きな影響を与えた出来事について話し、彼も過去の恋愛だったりいろんなことを打ち明けてくれた。
私は普段からあれやこれやと考えを巡らせているタイプだし、深くて真剣な話をすることが大好きだったから、この会話ができている時点で彼のことをそれまで以上に魅力的だと感じ始めていた。
それから別のバーに移動してさらに喋り、次は学生たちが集まるようなパブに行って端の席で、踊っているひとたちを眺めながらカクテルを片手にまた喋り。パブを出る頃にはすっかり離れがたくなってしまっていた。
「今日で最後だね」とか「深い話ができて楽しかった」とか「この一週間ありがとう」だとか口では言いつつも、頭の中は離れたくない、とか彼に触れたい・触れられたいという気持ちでいっぱいだった。
ほろ酔いと、本心を隠したいあまりに空回りする頭でぽつぽつと会話を続けているうちに、何がきっかけだったのか、彼が私にキスをした。目を閉じてキスを返す間も私の全身を恋しさなのか寂しさなのかことばにできない感情が駆け巡っていた。
「もう行かなきゃ」と何度も繰り返しつつも離れがたくて、ハグとキスをせがんだ。
一旦その場を離れて持ち帰って、整理してからであればある程度上手に伝えられるのだけれど、私は本当に自分の感情をその場その時に表現することができない。だから私にとってはその「ハグして」というたった一言さえ、口にするにはかなりの勇気が要ったのだ。
そしてなんとか帰宅したものの時刻はすでに朝四時を過ぎていて、眠れないまま見送るために再び彼に会った。
その日は我が家の周りでイベントが開催されていたため車で乗り入れることができず、彼は私の分のコーヒーを買って最寄り駅まで迎えにきてくれた。
だけどハグをする訳でもなく、春の午前中の日差しの中で会う彼は、まるで夢のなかの出来事だったかように昨夜のことについては触れてこなかった。
そうするなかでも彼が旅立ってしまう時は刻々と近づいてくる。だんだんと何を話せば良いのかわからなくなってしまって、私はかなり無口になっていた。
「昨日、ほろ酔いだったんだけど、私何か変なこと言ってないよね?」
昨夜のことを無かったことにしたくなくて、冗談めかして聞いてみると、彼はちょっと笑って、「一個だけ言ってたよ」と言った。
「ハグしてって言ってた」とはにかむ彼。
よくよく聞いてみると、私はそんなつもりは毛頭も無かったのだけれど、この一週間、彼にとって私はかなり素っ気なかったらしい。だからストレートなこの一言がすごく嬉しかったと。
空港の出発ゲートに着いても、彼は私をひとり取り残したくないから、駅まで送るなんて言う。もちろんそれは断って、私が見送ることに固執した。
ゲートを通るまでに少しだけ時間があったからベンチに座って、手を繋ぎながら話した。
話を聞いている限り、彼は元カノのことを完全には吹っ切れていない様子だった。それに仮に私たちがうまく行ったとしても遠距離恋愛になるし、次にいつ会えるかだってわからない。
だから、もしも他に素敵なひとと出会ったり、元カノと会ったりしてもそれでもいいよ。私に気を使う必要はないから。でも、それでも私のことが一番良いと思うなら、また会おう。
それだけは絶対に伝えたかった。彼は私の手の甲にキスをして、私も同じようにして良いと言った。私は涙の気配を感じて、だけど彼の前では泣きたくなくて笑って誤魔化した。
ゲートの前で最後に強くハグをしたら、洗剤の香りなのか、良い匂いがして余計に泣きたくなった。
ばいばい、と笑顔で手を振って、だけど彼の姿が見えなくなった瞬間にどうしようもなく悲しくなって、とうとう涙も我慢できなくなってお手洗いに駆け込んだ。
涙が滲むとかいう程度ではなくて、ボロボロと大粒の涙が後から後から溢れて止まらなかった。
こんな気持ちになるはずじゃなかったのに。数日前までは特別な感情は持っていなかったのに。もしくはもっと早くこうなっていたら、もっといろんなことが違ったかもしれないのに。また会えるのかもこれで最後になるのかもわからないし、寂しさと後悔と喪失感と、それ以外にもいろんな感情が渦巻いて全身を駆け巡って、立っているのがやっとのほどだった。
どこを歩いても何を見ても彼と過ごした思い出と重ねてしまったり、素敵なものを見つけては彼見せたくなってしまったりして、翌日まで泣き続けた。
たった一週間しか一緒にいなかったのに、不思議なくらいに感情が揺さぶられた日々だった。
今はだいぶ泣きたい気持ちも落ち着いてきて、この特別な日々を思い返してみる。
彼は私に「大切にされている」と感じさせてくれた。毎回車で送り迎えをしてくれたり、ずっと運転しているにも関わらず私を寝かせてくれたり、何気なくコーヒーが飲みたいと言うと買ってきてくれたり、荷物を持ってくれたり、レストランでは私が迷って選ばなかった方のメニューを頼んで分けてくれたり。私に興味を持って知ろうとしてくれたり。
友人にそのことを話したら、当たり前だよ。今までどれだけ大切にされてこなかったのと笑われてしまったけれど、私にとってはどれもが嬉しかった。
それに加えて見た目を褒めてくれたり、会うたびに会えて嬉しいと、別れるときには一緒に過ごせて嬉しかったと言ってくれたり、私の性格を素敵だと言ってくれた。
彼と過ごした日々の中で、私が普段尻込みをして行けないような場所へ連れ出してくれたことで、思いがけなく美しい景色にいくつも出会って、改めてこの街の魅力を学んだし、それと同時に私自身の良さや魅力にも気がつかせてもらったような気がする。
私は繊細過ぎたり人に気を使い過ぎたり考え過ぎたり、もしくは以前にも投稿した通り、誰かを愛し過ぎてしまう。
その一方で自分を護り過ぎてしまい、様々な場面で行動ができずに、結果的につまらない人間になってしまっている。
そんな自分の性質がずっと嫌いだったし、直さなければいけない問題点だと思っていた。
だけど彼はそこが私の魅力だから、直さないでそのままでいてほしいと繰り返し言ってくれた。
“You said you’re boring, but you’re such an attractive, interesting person. “
「自分のことをつまらないって言ってたけど、魅力的で面白いひとだよ」
私の過去や複雑さや面倒臭さを丸ごと面白くて魅力的だと言ってくれることが、本当に嬉しかった。
もちろんこれからも自分の問題に向き合って少しずつ改善していきたいとは思っているけれど、私の繊細さや愛情深さを抑圧するのではなくて、とことん活かしていったら何か素敵なことが起こるんじゃないか? と思えるようになった。
あとは彼に対して、これでも私の方でかなり素直に気持ちを伝えた方だから、心を開く練習をさせてもらった気がする。
たった一週間。だけど彼は私にかなり大きな影響を与えていった。見える景色が違う。聞こえてくる音楽が違う。
そしてそれは彼が去った後も、今のところは不可逆的に残っている。
また会えたらいい、会いたい、と思うけれど、もしももう二度と会えなくても、私たちに続きがなくても、それでも心の底から私に会いにきてくれた彼の努力に感謝しているし、この一週間の思い出を大切にしたいと思う。
You are always gonna be my love
いつか誰かとまた恋に落ちても
I’ll remember to love, you taught me how
百パーセントこの歌詞とリンクするわけではないけれど、もしも別の誰かと恋をすることになっても、彼が与えてくれた影響で、私はこれまでよりも良い方法で誰かを愛せるような気がしている。