月を読む -1-

渺漠たる空にぽってりと腫れたように満月が浮かんでいた。その湿った淡黄の照りのせいで無窮の闇夜も今宵ばかりはその高貴な濃紺色を退かせた。野や山肌に染みた青みのある薄光を霊妙なる横笛の調べが震わせていた。奏者は千尋の谷を背負った大岩に腰を下ろしていた。断崖を隔てた向こうには峩々たる山稜があたかも夜空を抉り取ったように影絵の牙を尖らせていた。横笛の調べとともに薄紫色の衣をまとった奏者の肩が揺れ、髪を無造作に留めた笄がちらちらと輝いた。眼を閉じ一心に笛を奏でる若者をその膝下にうずくまった娘が見上げていた。娘のからだは月明りを照り返して銀粉をまぶしたような淡い輝きに包まれていた。それは衣擦れの音すら立てないほど軽く儚い羽衣だった。娘は若者、ツクヨミの膝に静かに手をおいた。

「よい音色」

娘はすり寄った。露わな乳房がツクヨミの腿にふれた。ツクヨミは眼を開いた。横笛に当てられたくちびるの端が小さく持ち上がった。

「震えが伝わるわ」

うっとりとした表情でつぶやいて娘はツクヨミの膝を枕にした。鱗粉のような光がツクヨミの腰を包んだ。ツクヨミの細やかな息遣いが砂金となって降り注いだかのように二人を包むおぼろな明りに光の粒がきらめいた。
からだの陰になっていたツクヨミの摩羅が鱗光に浮かびあがった。娘は夢見るような顔立ちに満足げな微笑を浮かべた。白魚の指先が若い命の根にからみついた。娘のほっそりとした頤が伸びた。朱く瑞々しい唇が開いた。肉色でそびえる若い根はするすると娘の口にふくまれていった。
今ツクヨミの半身はすっかり柔らかな光に包まれていた。赤みを帯びたその光には満月の冴え冴えとした涼しさとは違う暖かみがあった。笛の調べは切なげに揺れた。娘はふくよかな頬をすぼめて男を吸った。小鳥のような舌先でついばんだ。印を結ぶような形で若木の根元を押さえた指先は命の力が折れぬように巧みに蠢いた。唾をすする音に奏者は眉を少し歪めながらも曲の終わりを目指した。

「ああ、また、こんなに」

男根を手放した娘は鱗光の中で熱り立つものに眼を細めた。その艶めいた眼をツクヨミに向けると娘は音もなく立ち上がった。ほっそりと伸びたからだを包んでいた羽衣は胸元でよじれて柔らかな曲線を隠す用をなしていなかった。娘は笛を操るツクヨミの手をさえぎらぬように心を配りつつも自分の欲にまかせて膝を高く持ち上げてツクヨミの腿にかけた。そしてツクヨミの腰に回した手を支えに一方の足も上げ、ツクヨミの膝にまたがる格好となった。腰に回した手を思い切り伸ばしてからだを遠ざけてもなお乳房がツクヨミの腕をかすめていた。さらにからだをずらそうとしてふとバランスを崩しかけた娘を救ったのは背に回ったツクヨミのしなやかな腕であった。残った片手の指だけで刻まれる謎めいた音階はいささかも乱れていない。

「もっとしたい」

悩まし気にせがむ娘に応じてツクヨミは片方の眉だけを大きく上げた。

「このまま入れて」

背中を支えていた手は巧みに這って雪のような娘の柔腿の裏にかかっていた。男の力で片尻を持ち上げられた娘が腰を落とすと男根はすでに潤い切っていた陰処にするりと収まった。

「あっ」

か細く白い喉をさらして娘は喘いだ。娘は腰の奥にある鉦鼓が打ち鳴らされるのを感じた。憤怒した男根を女の奥の奥まで受け止め切ると娘は深く息をついた。

「ああ、これ」

娘は背中を波打たせて腰を繰った。韻律が一際高まった。娘の鼻にかかった呻き声が笛の調べに伴い、時に追いかけ、追い抜いた。娘は乳房を揺すりながらもまだ懸命に腕を伸ばしてからだを遠ざけて演奏を遮らぬように努めた。

「いいわ、すごくいい」

女の内肉が若根をすり上げ揉みしだいた。ついに息の乱れを押さえられなくなったツクヨミはくちびるを笛から離して囁いた。

「あねさま」
「いや、アマテラスと呼んで」
「アマテラス」
「ああ、ツクヨミ、愛しい」
「アマテラス、熱い」
「ああ、そなたを、そなたを感じる」

ツクヨミのしなやかな手指がアマテラスの腰をがっちりとつかんだ。二人の胸がからくり細工の部品のように隙間なく合わさった。激しく突き上げられて喘ぐ女神は桜貝の爪でツクヨミの背に愛欲の証を遮二無二描き殴った。

奏者を失った笛は岩の上に横たわっていた。いまやツクヨミのくちびるはアマテラスのくちびるに添えられていた。その巧みな舌遣いに誘われた女は自らも桜貝の尾のような舌を差し延べて応えた。ツクヨミの手錬の舌に奏でられて女神は甘い調べで鳴いた。深く交わった陰処と摩羅の拍子があでやかに二人の調べを彩った。二人は互いの背で腕をからめ乳をすり合わせて一つになっていた。

「あっ、そこ、いい」

女の白鳥の首のように白い脚がツクヨミの背でがっちりとかみ合わさった。ツクヨミは夢中で姉の乳房を吸った。色の薄い乳首に血潮が集まった。

「ああっ、それ、だめ、そんな、あっ」

言葉の最後は細くかすれた。唐突に陰処の奥に火が点き背筋を駆け上った。アマテラスは我を失って突き上げる快感に身を委ねた。

「いくっ」

そう喘ぐと音を立てそうな勢いで首を反らして女は絶頂を遂げた。ツクヨミの上で太腿が大きくぶるっと震えた。そして細い胸が二度三度大きく揺れると女神はぐったりと仰け反った。ツクヨミはその首を手繰り寄せうつろな隙間を空けた口を吸った。女は力ない笑みを浮かべて快感の余韻に浸りつつ弟の舌の誘惑に健気に応えていった。

さまざまに形を変えて空を切り取る二人の姿が影になって満月に浮かんだ。この期ツクヨミは絶倫であり、太陽の神をさんざんに弄り乱れさせた。神二人はひとしきり陰陽の精を交わし合うと、今度は輪廻を祝する巴の形を取った。激しい目合に熟して蕩け落ちた太陽神の陰処をツクヨミが吸い、ツクヨミのまだ力の漲る陽物を太陽神が吸った。名人の舌技で奏すると女神は妙なる鈴の音でさえずるとともに豊かな海潮を噴き上げた。ツクヨミは盃を捧げ持つようにしてアマテラスの腰を支えた。

「ああっ、いやあ、出ちゃう、出ちゃうのぉ」

顔をゆがめながら女神は脳を冒す性の愉楽に踊らされるままに天に向かって陰処を突き上げた。そこから吹き上げた潮は満月の光を照り返しながら闇の世の冷たい土壌を熱き金色の泡立ちで彩った。

ツクヨミは飽くことなく自らの上で跳ね続ける女神の淫らな腰つきを堪能しつつも暁闇に東雲の気配を嗅ぐとともに摩羅の力が失われてゆくのを感じていた。

「姉様、もう」

今はツクヨミに背を向けてまたがったアマテラスは二人の愛の絆を見せつけるようにして柔尻を繰っていた。細い頤を尖らせて喘ぐ顔つき、すらりと伸びた背から尻にかけてのしなやかな弧、ふくよかな双球のかげで乳清のような雌汁にまみれた男根を食い込ませている陰処、その淫らな絵図にツクヨミは悍馬のように嘶きそうになった。

「まだよ、まだなの」

アマテラスは不服気につぶやくとさらに仰け反って跳ねた。ツクヨミは切れ目なく襲う痺れに歯を食いしばった。時のせせらぎは男の勲を少しづつ削り取って風花のようにまき散らした。両膝を羽のように開いた女神が先に達した。

「あんっ、いいっ」
「姉様っ」
「ああ、また、いやぁ」
「むぅっ」

ツクヨミが熱い鼻息を吐き出して呻くと同時に女神の陰処は強く引き絞られた。ツクヨミの胸は地下深い炎の蔵のように熱で脈打った。男神の精は余さずに吸い上げられた。
ツクヨミは枯れ果て一度死んだ。眼を開くと満開の花のような顔立ちの姉神が視界いっぱいに広がっていた。アマテラスの眼が笑っていた。ツクヨミと目が合うと女神は我に返り茜のさした頬に手を当てて恥ずかし気にうつむいた。乱れ髪が夜風になびいた。再びツクヨミに移した視線には艶やかな痺れ毒があるのを男神は感じていた。アマテラスの声は少しかすれていた。

「もっと」

姉神の手指はすでにツクヨミをよみがえらせようと努めていた。ツクヨミは眼を細めて力なく微笑んだ。アマテラスの眼はまた燃えていた。旭日の兆しが邪淫狂いの女神に野放図な力を与え始めた。寄り添ったアマテラスの舌先はツクヨミの首を吸い、胸をついばみ、筋張った腹を這ってさらに下って行った。

「わたし、岩戸に入るから」

漆黒の睫毛が掃く頬が赤々と染まった。ゆっくりと開いた眼が濡れていた。くちびるの間で桜色の肉が蠢いた。色事の手練である女神の初夜の若妻のような嬌羞にツクヨミの胸は憤怒を覚えたかのように打ち奮え、襟足が総毛だった。淫らな、なんと淫らな、なんと愛らしき、愛しき人よ。ツクヨミの男神が奮い立った。

「来て。いっぱいして。好き」

ツクヨミを見上げつつ甘くささやくと姉神は再び愛おし気にツクヨミの男根に頬を寄せていった。女のくちびるの熱さと手指の淫靡な蠢きに慄きながら、たとえ月が墜ちていても岩戸の闇の中であればまだ力を奮えるに違いないとツクヨミは考えた。ツクヨミは姉の肩をつかんで起き上がらせた。そしてアマテラスのくちびるに荒々しく食らいついた。アマテラスは歓喜の声を上げながら濡れた蛇のような舌をくねらせた。女神の指先はまだ抜け目なく魔羅に絡みついていた。やがて男女神は手を取り合って尾根をかけ下り、誰一人辿ることのできない獣道を軽やかにわたって愛の褥たる岩戸へと向かった。汗まみれのからだを岩の隙間から差し入れてふたりだけの闇に沈むと男女神は番の獣と化して再び肉を食みあった。
かくして暁闇の中に世界は捨て置かれることとなった。光無き世界でなすすべない民草どものざわめきを貫いて、猛り狂った咆哮が暗黒を震わせた。それはスサノオの呪いの怒号であった。

続く


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