L'amour suprême 16. 家事全般
モーツァルトの弦楽四重奏がゆるやかに流れ出した。
「ちょっと、ごめん」
綺音はバスローブをはおいスマホに話しかけながら居間を出て行った。和音はクッションを抱いてぼうっとしていた。からだの芯はまだ火照っていたが、腕のあたりに夜気がしみてきた気がした。空調があるのだから寒いはずはないのだが思わず二の腕をさすってしまった。
「和音さん」
影のように沈黙していたミレイが口を開いた。和音は顔を上げた。カウチでくつろぐミレイの茶色の瞳が和音をまっすぐ見ていた。ミレイはガーターベルトのほかには何も身につけていなかった。セクシーというよりは満腹になった肉食の猛獣が食休みを取っているようだった。和音の心はまだミレイの存在を扱いかねていた。姉のようにやさしく、いい人なのは分かっていたが綺音との関係を考えるとどうしても構えてしまった。
「はい」
返事が強張らないように気をつけた。それこそが気兼ねだとは知りつつも。
「わたしのこと嫌いですか」
和音はすぐには答えられなかった。
「和音さん、わたしはここに来るまでさまざまなところを通って来ました。もしよろしければお話ししましょう。若いあなたには何か役立つかもしれません」
和音は黙っていられるならと思ってうなずいた。ミレイの話はまるでアラビアンナイトのように独特のリズムをもってうねりつつ延々と続いた。
ミレイが日本人の母とイタリア人の父の間に生まれて、戦災孤児になったこと、何度も補導されながらも職業学校を出て、綺音のパパのアトリエに事務の下働きで雇われたこと、あるとき絵のモデルを務めたところ好事家の目に留まって賞をもらったこと、パパがモデルとして雇い直してくれたこと、奥様から今際の際にパパのお世話を頼まれたこと、パパを愛したこと、パパから綺音を託されたこと、綺音を愛していること、長い時間をたどる話がジプシーが奏でる哀し気なギターの調べのように高く低く流れていった。幻想的なヨーロッパ映画のようなイメージの物語に和音は魅せられた。ミレイの茶色の瞳は彼女の息づかいとともに広がったり狭まったりした。和音は小さくなってその淡くやさしい色合いの瞳に吸い込まれるような気持になった。特に印象的だったのは綺音のお母様の言葉だった。
「あなた、人生を楽しみなさい。あなたはこれまでたくさんの辛い目に会ってきたから、これからは楽しく豊かに暮らしなさい。そして、その暮らしにあの人を加えてあげて。あの人を愛する人が一人去る、だから一人招くの。今度はあなたが愛してあげてください」
人生に満ち足りて次の時代を大切な人に託すことのできたお母様は幸せだったのだと思う。お父様はきっとミレイさんを抱きながらお母さまとも交わっていらっしゃったのだわ、と和音は思った。そして綺音がミレイに母の面影を見て慕っていることを知った。
ミレイのくちびるが和音の頬にそっとふれてきたとき、寝物語に酔っていた和音は母親に甘えるように鼻を鳴らして彼女にしがみついた。ミレイのキスは熱かった。綺音のキスは愛らしく甘かったけれど、彼女のキスには小麦色の肌に照りつけた太陽の熱がこもっているようだった。抱かれるための抱くためのキスだった。ミレイのくちびると舌が和音のうなじにふれ、胸にふれ、腰にふれ、むき出しの女にふれるとそのたびに熱は和音に移って妖しく火照った。ミレイが和音のからだを巡ってくちびるに帰ってきたときには、和音のからだじゅうが燃えていた。ミレイは熱で腫れ上がった和音の女の核心を攻めた。青白いからだとほんのりとベージュ色のからだが線虫の交尾のようにもつれた。和音は花弁を開いてミレイの指と舌を受け入れ、とめどなく果汁を吐いた。ミレイの慈しむような技巧に和音はまた別の新しい女の喜びを知ってさめざめと泣いた。恋の季節の小鳥のようにつがいたさに悶える胸の内をさえずった。和音の甘酸っぱい乳のような果汁がミレイの喉を潤した。和音は奥深く掘り下げられ、まだ見ぬ鉱脈を求めるミレイの愛撫にか細い双丘を震わせていた。
「すごい」
いつのまにか戻ってきた綺音はソファに腰かけて二人の痴態を眺めていた。和音はミレイの指技に反応するのにせいいっぱいで綺音がきたのに気づいていなかった。
「和音、そんなにいいの?」
綺音が意地悪く聞いた。ミレイが和音の女の泉を丹念に吸い上げる姿は綺音の胸に小さな棘を刺した。綺音はボクにもしてほしいと心底思った。
「すごいの、ミレイさん。わたし、いじめられているの」
我を忘れた和音は綺音がいることに気づいても甘ったるい言葉をもらすだけだった。挑発するようにのけぞって尻を浮かせて女をさらに開いた。白い植物の若枝の谷間にぼってりとした花が咲いていた。滴る蜜をミレイが貪った。ミレイのくちびると舌に犯されて和音の腰はとろとろに蕩け始めた。
「ああ、これ、これ、感じるわ」
甘露をついばまれるたびに和音は喘いだ。和音は両ひざを自分で抱え上げてさらに双丘を突き出した。汗と愛液にまみれた萌生が白い肌に赤く小枝の模様を描いて花弁を彩っていた。発酵したような甘い匂いが強くなった。
「もっと、お願い、もっとしてっ」
女はヒステリー寸前の状態でさらなる刺激を求めてからだをゆらした。絶叫とともに生臭い匂いがふりまかれた。 ミレイは和音の乱れように満足気に微笑むと綺音の方を振り返った。ミレイの視線に応えて綺音はドロワーを開けて性具を取り出しミレイに手渡した。それは立派な陽物をかたどったディルドだった。和音に見せないままミレイはそれを握りしめて充血して異臭を放つ和音の女にふれさせた。
「力を入れないでね」
ミレイは和音の肩を抱いてささやいた。
「あなたの好きなものよ」
からだを丸めてミレイの腕の中におさまった和音はその言葉を耳にしてからだをビクンと跳ねさせた。ミレイが手を添えてそっと押し出すと陽物はぐっしょりと濡れた果肉をぴちぴちとかき分けてもぐり込んでいった。
「うんっ、うんっ、ああ」
和音は鼻を鳴らしながら陽物を迎えた。痒いところに爪を深くたてたように疼きを追って得も言われぬ痺れがきた。
「ああ、ちょうだい、もっと」
和音がみだらに腰をストロークするたびにディルドは少しづつ沈んでゆきやがて持ち手の部分ぎりぎりまで収まった。
「大きいわ、すごい」
よだれを飛ばして腰を振り立てる和音の勢いに負けないようにミレイはしっかりと持ち手を支えた。ディルドはミレイの手が花弁にふれるところまで沈むかと思えば先端まで追い出された。茎には白濁した果汁がべっとりとまとわりついていた。出入りが大きくなると和音は動物のように唸り声を上げ始めた。
「おおっ、うんっ、あっ」
茹ったように紅潮した和音は後ろに伸ばした両手でからだを支えながら腰を床にたたきつけて吼え続けた。硬くて強いピストンがたまらないっ、コレが好きなの、好きなの、和音は自分を駆り立てていた。
「いっていいのよ」
そういいつつミレイは起き上がり蒸れて異臭を放ち男を呑み込んでなおも開こうとする和音の花弁に口づけして熟れた肉芽を探って強く咬んだ。
「ああっ、もういくっ、ああいくっ、いくっ」
一気に頂点に駆け上った和音は弾けるように足をピンと伸ばして背中を弓のように反らせた。腰から腿までがぶるぶると痙攣した。隙間から果汁が飛び散った。食いしばった口元から苦悶の喘ぎがもれて和音はぐったりと倒れた。ミレイの手はひじまでびっしょりだった。女の匂いで咽かえるようだった。
「... 死にそう」
からだを起こそうとする和音にミレイが手を差し伸べて引き寄せた。ミレイは胸に顔をうずめる和音の髪をやさしくなでた。目尻を涙で紅く染めた和音のからだは熱かった。嵐にもまれた幼子のように頼りなげな和音の表情にミレイの胸が締めつけられた。ミレイがくちびるを寄せると和音も応じた。傷をなめ合う獣のように二人は慰め合った。綺音は二人の姿を優しくも見守り、ミレイの頬に浮かぶ汗に「ありがとう」とつぶやいた。
和音は鼻を鳴らしてミレイにしがみついた。ミレイが蜜まみれのディルドを見せると和音はためらわずそれにしゃぶりついた。そして上目でミレイを見て挑むようにくちびるをすぼめて舌を見え隠れさせた。
「あなたのにもしてあげたい」
ミレイを誘惑するその表情が綺音をドキっとさせた。綺音の知らない表情だったからだ。嫉妬ではなく寂しさと意外なことへの驚きが交った感情だった。愛されることに慣れていなかった以前の綺音だったらすぐに寂しさの陥穽に落ち込んでしまうところだった。しかし今の綺音には信じる強さが備わっていた。だから知らない和音に会えたワクワク感がすぐに寂しさを払しょくした。ミレイは大胆な和音の誘惑が巻き起こした内心のかすかな乱れをなんとか打ち消して微笑みながら和音の舌を追うようにしてディルドにくちびるを寄せた。二人は競うようにディルドを舌で清め頬ずりして、やがてその熱っぽい仕草とともに揃って視線を綺音に向けた。おとこおんなたちの淫らすぎる振る舞いに綺音のからだも張りつめていた。
「してほしいでしょ」
二人の視線はそういっていた。綺音がうっとりとほほ笑む様子を確認したおとこおんなたちは満足げな表情で見つめ合い、ディルドを間にして互いのくちびるをむさぼった。
「でも今は、ね」
ミレイがそうささやくと二人は恋人のようなディープキスへと進んだ。その気になりかけた綺音は焼きもちは抱いていないとはいえはぐらかされて一気にふくれ面になった。女の睦み合いはまだ続くようだった。
一日にこんなに何度もお風呂入るの初めてだわ、と和音は思った。綺音とスリリングな愛を交わし、ミレイとの激しい行為に巻き込まれて、いまはからだが重く感じられた。疲労はからだよりもいろいろな衝撃を受け止めた心にあった。こんなに愛が激しいなんて知らなかった、それとも恋人同士ってこういうものかしら、ふれあって休んでまたふれあって、そしてあの人は新しい恋人になったのかしら、和音は浴槽にあごまで浸かり、こんなに奔放に愛を謳歌することに人生を捧げていいのだろうかといぶかった。
「こうやって愛しあうことに飽きることもあるのかしら」
和音はミレイが淹れてくれたコーヒーをすすってお風呂の物思いの続きをしていた。綺音は部屋の隅にあるパソコンに向かって何やら日課らしき作業をしていた。
「和音さん、なにか考え事かしら」
コーヒーポットをもってきたミレイが話しかけた。
「わたし、わからなくなってしまって」
和音はこたえを求めるというよりは、ただ誰かに話しかけたくて返事をした。
「わたしにお手伝いできることかしら」
ミレイのやさしくて知恵深そうな笑みに和音はほっとした。和音は恋人同士が愛しあうこと、愛の行為、その種類や範囲についてぽつぽつと質問した。ミレイのこたえはどれも明快だった。そして、ミレイが最後につけくわえた。
「いまは自分たちの思うがままに振る舞えばよろしいのではないでしょうか」
「それでいいの?」
和音もそれを望んだが、そこまで思い切る自信がなかった。
「悩みはあとからさまざまなかたちで追いかけてきます。追いつかれる前にこちらがしっかりしていないといけません。そのためには、自分のカップを愛でいっぱいにして、空にして、またいっぱいにする、これを繰り返すことが肝心です」
ミレイはまるで説教者のようだった。その声も言葉の意味も聞くものの心に静かに降り積もっていった。
「そうやってカップの大きさや厚さや頑丈さを知るのです。あなたたちはまだいっぱいにしている最中、それもごく初めの頃のです」
ミレイは自分の言葉が和音にしみわたっていくのに気づいたかのように表情を緩めた。優しくどこか謎めいた深みのある微笑みだった。素直な和音は今自分のカップが少しづつ満ちてゆくのをあせらず深く感じたいと思った。
「今日は失礼して休ませていただきます」
コーヒーを片付けたミレイは家政婦らしい厳めしい態度でそういって、深々とお辞儀をすると私室に姿を消した。ミレイは、わたしのカップには愛と哀しみの両方が注がれている、哀しみだけを捨てられないのかしら、と思った。
和音は母親に LINE で、今日は綺音くんのうちに泊まります、と連絡した。母親からは、了解、無茶するなよ、と返事があった。無茶ってなんだ、母らしくて可笑しかった。
続く