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"Endophysics"解説 #4 (最終回) 内部観測者からしか見えない物理法則 (ALife Book Club 1-4)
こんにちは。4回に渡ってお送りしてきたオットー・レスラーのEndophysics、今回がついに最終回です。これまでに、レスラーが「内部観測者」というパラダイムで物理に殴り込みをかけていること、そしてそれを示すためにミニマルな仮想世界として、ボールが跳ね回る機械を導入したことをお話してきました。
前回までの記事はこちらです。
今回はそのようにして作った「内部観測者」の性質を見ていきます。
そこで重要なのが、前回の最後にお話した四角の区別可能性です。簡単におさらいすると、下の管に四角が4つはいっている(四角A、四角B、四角C、四角D)としたときに、外部観測者からはいつでもどの四角がどれかが判別できますが、内部観測者からは判別が難しく、たとえば四角Aがいまどこにいるか見つけるのは困難ということでした。
その結果として、外部からは違ってみえることが、内部からは全く同じ現象になるということがおこります。ちょっとこれをみてください。
このシミュレーションでは上の「かまぼこ」が止まっていて、下の管で4つの四角が左右に行ったり来たりしています。その過程で四角が正面衝突する場面があると思いますが、これは(薄目で見れば)2つがすり抜けたとみることもできるし、衝突して跳ね返った、と見ることもできます。というのも、どちらも2つの四角が向かってきて、それから離れていく、という事実においては全く同じだからです。一方、これは外部観測者からは区別できます。なぜなら、すべての四角の動きを追うことができるので、例えば右から四角Aが来て、出会った後に四角Aが右へ戻っていったならこれは衝突、そのまま左に行ったならすり抜け、と判別できるからです。ところが、内部観測者にはこれができません。内部観測者には、出会った後に右側に進んでいった四角が四角Aなのかどうか区別する能力がないので、衝突が起こったのか、すり抜けが起こったのか判別できないのです。したがって、内部観測者にとってはすり抜けと跳ね返りが全く同じ現象に見えるはず、ということになります。
さて、内部観測者にとってはすり抜けも跳ね返りも同じなら、どっちかに統一してしまっても問題ありません。そこで、すべてのケースで跳ね返っている、と決めてしまうことにします。そのイメージが以下のシミュレーションです。
物体の大きさがあるせいで、完全に同じにはなりませんが、それでも大体の性質は維持されることがわかると思います。そして、これが内部観測者にとっての世界の見え方なのです。
では、これで何が変わっているでしょうか。大きな違いは四角の動き方です。以前は右から左へと大きく動いていたのが、それぞれ自分の狭い持ち分をいったり来たりするようになりました。これを二つの観点で考えてみます。
まずは振動の周期です。これは、各四角が右へいって左に行ってまた元の状態に戻るまでの時間のことです。先程は右へ左と大きく行ったり来たりしていたのですが、今度は自分の領域を行ったり来たりするだけなので、その結果、振動の周期は短くなることがわかります。個数分だけ自分の領域が分割されていくので、今回のように4つであれば周期は四分の一に、もし100個四角があれば周期は百分の一になります。
また、かまぼこ型の物体とぶつかりうる四角の数が減ったことも重要です。上のシミュレーションでは見やすくするためにかまぼこ型の物体を止めていましたが、実際にはこれも上下に動き四角とぶつかります。ここでかまぼこ型物体の下が丸いことは実は大事なポイントで、これゆえに当たった場所がずれたときに反射していく角度が増えます。つまり、ちょっとした条件の違いが拡大されていくのですが、なにか聞き覚えありませんか?これはまさに初回でお話した「初期値鋭敏性」の一例であり、これはカオスとなります。
さて、最初の方のシミュレーションは、すべての物体が縦横無尽にうごくので、どれもかまぼことぶつかる可能性がある、つまりどの物体もカオス的に振る舞う可能性がありました。一方で、2つ目のシミュレーションでは、物体は自分の持ち分を行ったり来たりするだけなので、かまぼことぶつかる可能性があるのはその周辺のいくつかの四角だけに限られます。よって、内部観測者にとっては、ほとんどの四角はかなり周期的で予測可能な振る舞いをすることになります。
以上から、内部観測者に見えている世界は外部観測者の世界と比べて、①振動の周期が短く、②動きの予測可能性が高い、ということがわかってきました。
レスラーの議論はここで終わりません。なんと、ここから内部観測者は時間がゆらぐはずだと主張します。そのロジックはこんな感じです。まず、先程の性質から四角は周期的であり、そのほとんどはカオス的ではありません。その結果、例えば周期が2秒だとすると、右方向に動いていた四角は、1秒後にはほぼ確実に左方向に動きます。これがすべての四角について当てはまります。つまり、1秒経つとほとんどの四角が逆方向に動くことになります。その様子を想像してみてください。たくさんの四角がさっきと逆方向に動く様子は、まさに一秒前の出来事の時間反転になっているのがわかると思います。(映画"TENET"の感じです!)
https://wwws.warnerbros.co.jp/tenetmovie/index.html
すなわち内部観測者の世界では、短い周期で時間が行ったり来たりしているのだ、ということになります。
以上から、内部観測由来で生じる(外部観測者にはみえない)性質があるということが見えてきました。すなわち、レスラーが提示していたパラダイム「観測者が内部にいることが物理法則に影響しうる」が示された、というわけです。そしてこのことを"Endophysics"(内在物理学)と名付けたのです。
あらためて、全部を動かしたモデルを貼っておきます。
これでやっと"Endophysics"に行き着きました。みなさま大変お疲れ様でした、、
内部観測者の役割を考えるために、それを包含する仮想世界をまるごと作ってしまおうという壮大な構想を少しでも楽しんでいただけましたでしょうか。そして、できるだけミニマルな世界として、四角が跳ね返るだけの世界を考えるというのもなかなかユニークなアプローチですよね。(コンピュータ性能がある今だったら、もっとリッチな仮想世界を作ろうとしちゃうと思います。)
一方で、結局主に使っている性質が四角の区別不可能性であって、これは普通の物理であれば熱力学でのギブスのパラドクス(https://ja.wikipedia.org/wiki/ギブズのパラドックス)や、量子力学のボゾン、フェルミオンなどで議論されることなので、どれだけ新規性の高いことを言えているのかが不明瞭なところもあります。原文のほうでは、むしろEndophysicsからこれらを考えるという方向の試みがあるので、もしかしたら内部観測者という視点を入れることでいろいろとスッキリ見えるのかもしれないですが、そこまではいけていないのが現状だと思いました。
この内容にもし興味を持っていただけたら(ちょっと入手大変ですが)原文をぜひ読んでみてください。実はここでお話した内容はほぼ6章だけ(!)で、実際には、カオスから始まり、内在物理学へ行き、それから仮想現実の話へと展開していく壮大な本なのです。
また、よかったら僕らがこの本についてしゃべっているYouTube動画(https://youtu.be/3nNCeOkNl2g)もぜひご覧ください。
ここまで全4回お付き合いいただきありがとうございました。次回からはヴァレラの「身体化された心」(原題:"Embodied Mind")について、お話していきますので、引き続きよろしくおねがいします!(小島)