ロシア古典文学の異端児オドエフスキー
皆さんはウラジーミル・オドエフスキー(1804~1869)という作家をご存じでしょうか。19世紀前半のロシアを代表する小説家の一人で、西欧文化をロシアに紹介したほか、オカルト思想に傾倒して「ロシアのファウスト」という綽名をつけられたという逸話もあります。
19世紀ロシア文学といえば国民詩人とされるプーシキンや彼の同時代人で夭折したレールモントフ、小説家としてはゴーゴリ、トルストイ、ドストエフスキー、ツルゲーネフ、チェーホフ辺りが有名ですが、このオドエフスキーもなかなか興味深い小説家であり、ホフマンの影響を受けた幻想小説や、ベートーベンやバッハを主人公とする短編、ロシアにおけるSF小説の元祖と言えるような作品まで書いています。
オドエフスキーの短編小説は、弊社のアンソロジー『ロシア幻想短編集』、『名前のない街 ロシア幻想短編集Ⅱ』及び『死せる神々 ロシア幻想短編集Ⅲ』と、『セバスチヤン・バッハ 他一編』に収められています。どれも面白い作品ですが、今回は『ロシア幻想短編集 Ⅱ』に所収されたディストピア小説「名前のない街」を紹介しましょう。
「名前のない街」の舞台は、今では廃墟となった不思議な街です。SF小説のファンなら、タイトルからP.K.ディックの短編「地図にない街」を連想するかもしれませんが、勿論ストーリーは全く異なっています。
語り手を含む「私達」は旅の途中、断崖絶壁の上に謎めいた男の姿をみかけるところから、物語は始まります。
“道は苔むした崖の間を縫って延びていた。馬は急な坂を登りながら脚を滑らせていたが、遂には完全に立ち止まってしまった。私達は二頭立ての幌馬車から出ることを余儀なくされた……。
その時になって初めて私達は、ほとんど近づき難い断崖の天辺に、人影のようなものがあることに気づいた。黒い幅広のマントに身を包んだその亡霊は、岩塊に囲まれて身動きもせず、深い沈黙の中に座っていた。”
語り手達は郵便馬車で旅しているらしく、郵便配達夫からこの男に関する地元の噂を聞き、彼から道を教えてもらって崖の上まで行き、そこで謎の男が「祖国」と呼ぶ滅亡した国家、ベンサミヤの廃墟を目にするのです。男はこの国の最後の生き残りで、小説の大部分は彼が語り手達に話す祖国の盛衰と自壊の顛末です。
このディストピア小説は、イギリスの経済学者・哲学者ジェレミー・ベンサム(1748~1832)の提唱した功利主義に対する痛烈な批判となっています。ベンサミヤでは何事も”効用”を基準として政治を行った結果、道徳的な荒廃が進んでゆきます。その批判が正当なものかどうかは、読者ご自身で判断していただきたいと思います。
「名前のない街」は『ロシア幻想短編集Ⅱ』(製本直送ドットコムのオンデマンド販売、およびアマゾンの「ペーパーバック」オンデマンド本で販売)に所収されている他、アマゾンのオンデマンド書籍「名前のない街 他一篇」、Kindle版でも読むことができます。
〇『ロシア幻想短編集Ⅱ』オンデマンド販売ページ: https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=75491336
〇アマゾンのオンデマンド(ペーパーバック)『ロシア幻想短編集Ⅱ』 「名前のない街 他一篇」
〇Kindle版「名前のない街 他一篇」