米国の商業用不動産鑑定事情まとめ
1.前置き:J-REITと鑑定評価
オリックスREITが、コロナ禍で傷んだ収益を背景に、2023年8月にホテル日航姫路を大幅な譲渡損を発生させ売却した。https://finance.stockweather.co.jp/contents/dispPDF.aspx?disclosure=20230825546626
これ自体は単なるコロナ禍で傷んだ物件の損切りをした話だが、鑑定評価に関して見ると、2023年2月28日に日本不動産研究所が3,050百万円を出していたにも関わらず、2023年7月31日に谷澤総合鑑定から鑑定評価を再度取って1,780百万円に鑑定評価額を下げた上で、1,832百万円で売却した。
基本的にREITは鑑定評価額を下回る値段で売却してはいけないというルールがあるので、鑑定を取りなおし評価を下げた上で売却を行ったというわけだが…常識的に5ヶ月で40%評価額が下がるってどういうこと?鑑定概要を見ると想定純収益が192,019千円→99,886千円と半減しているようだがたった5ヶ月で突然利潤が半減する?絶対もっと前に兆候あったでしょ?売却を正当化するためだけに(ryとちょっとした話題となった。
しかし日本は欧米のように金利がジェットコースターのような変動をしておらず、またコロナ後一時期を除きファンダメンタルも米国オフィスのような傷み方はしていない。つまりボラティリティが低いにも関わらず上述の「鑑定が実勢についていってない問題」があるのであれば、金利が2020年~2023年でジェットコースターのように変動した米国の鑑定事情はどうなっているのだろうか?
気になったのでそのあたりにフォーカスしながら米国の鑑定事情について簡単に調べてみた。
2.米国オープンエンドファンドのリターンと鑑定評価の関係
まずは日本の私募/公募REITとの対比及び鑑定とパフォーマンスの関連という観点から、米国の商業用不動産、特にオープンエンドファンドの状況と鑑定評価との関連について簡単に見てみる。
アメリカの不動産ファンドのリターンのインデックスを作ってるNCREIF(なおARESはコレを真似して作られた)によると、NFI-ODCEインデックス(アメリカの代表的なオープンエンドファンドのリターンから作ったインデックス)の2023Q4時点のグロスリターンは-12.02%と、SP500の26.29%やNAREIT(US-REIT)の11.36%に比べ散々な結果となった。
これは米国オープンエンドファンドがSP500や上場REIT等のマーケットインデックスに遅行する性質があるためであり、逆に米国が金利を上げ始めた2022年前半のSP500や債券が低迷していたころはNFI-ODCEインデックスは比較的好調であった。しかし今は好調な株式・債券、低調なオープンエンドファンドと、パフォーマンスの多寡が逆転している状況となっている。
ここで特筆すべきは、1 YearのTotalパフォーマンス-12.02%のうち、Income Returnが3.62%とそれなりに安定している反面、Appreciation Return(キャピタルリターン)が-15.20%とパフォーマンス低迷の主たる原因となっている点だ。
つまり、アメリカのオープンエンドファンドの苦境はキャピタルリターンが低下しているためであり、それも金利上昇によりトランザクション量が低迷している昨今では実現損失というよりも不動産鑑定評価額が低下したことによる評価損失が原因となっている。
要するにアメリカのオープンエンドファンドのリターンが低迷しているのは鑑定評価額が低迷しているからなのである。
ただ、各運用会社は好き好んで下げているわけではなく、外部の鑑定会社の客観的なバリュエーション評価に基づき評価の引き下げを行っている。
そして各鑑定会社は純収益やキャップレートを鉛筆なめなめで決められるわけではなく、リスクフリーレートにリスクプレミアム等を加味してキャップレートを決めるわけだが、どうやら米国の場合かなり機械的に行われているようで、2022・2023年のような米国国債利回りがジェットコースターのように上昇していたことことを反映してキャップレートを上昇させ、キャップレートが上がった。
鑑定評価の難易度という観点からすれば、比較的機械的なプロセスによりキャップレート等が決定され、また金利の乱高下にバリュエーション変化の帰責性を求めることができるアメリカよりも、日本のようにマイナス金利下でキャップレートが一生横ばいで、バリュエーションの変化はもっぱらファンダメンタルの状況に求めることとなるものの、AMから「いやNOIは大丈夫なんで実際!据え置きでオナシャス!」となる日本の鑑定士のほうが色々つらいのではないか?そんなことを思った。
3.米国の鑑定評価体系とMAIについて
ここでは米国の鑑定体系の概要について調べてみた。日本の鑑定評価は国交省が定める不動産鑑定評価基準に則り行われる独占業務であるが、日本国内のみにおいて通用するドメスティックなものである。
一方グローバルにも通用する有名な資格として米国不動産鑑定士(MAI, Member Appraisal Institute)がある。英国の英国王立チャータード・ザベイヤーズ協会(RICS, Royal Institution of Chartered Surveyors)と併せて世界的なバリュエーション権威として有名である。以下クッシュマン・アンド・ウェイクフィールドのインタビューを参照。https://www.cushmanwakefield.com/ja-jp/japan/interview/val--staff-interview-3
筆者が以前グローバル不動産管理業務を行っていた際、日系企業が中南米に保有する工場を売却する際、MAIの評価を取った上で売却活動を進めたといったことを経験したが、その時MAIには世界的なプレゼンスがあるのだなということを実感した。
アメリカの鑑定事情にさらにフォーカスすると、アメリカでの公的な不動産鑑定は州が管轄しており、州が規制当局としていくつか民間の鑑定機構を認定し、その認定機構でのプログラムをクリアした者が晴れて鑑定評価を行うことができるようになるようだ。
Trainee Appraiserから始まりLicensed Residential Appraiser、Certified Residential Appraiser、Certified General Appraiserなどの4区分があり、区分ごとに鑑定可能なアセットが異なる。
こうした州の規制に加え、州の指定機関の一つである上述のMAI資格を管轄しているApprisal Instituteは、MAI、SRPA、SRA、AI-GRS、AI-RRSなどの独自の認定プログラムを提供し、それらのうちMAIはバリュエーションに関する包括的なコンサルティングや投資決定を担うことを期待されており、4,500時間もの時間が必要とされる高度な商業用不動産のバリュエーション能力を担保する世界的なプレゼンスを持つ資格である(必要要件)。イメージとしてはCFAの不動産版のようなもんだろうか。
コロラドの鑑定業者Colorado Appraisal Consultantsによると、MAIホルダーはREIT, large investment funds, developers, investors, lenders, pension funds, corporations and buyers/sellersといった不動産運用プレイヤーがMAIによるバリュエーションを必要としているとのこと。例えば銀行が商業用不動産にデットサービスを提供する際の要件としてMAIのバリュエーションが求められることもあるなど、主に商業用不動産等のバリュエーションについての資格となっている。
つまり米国の鑑定評価の体系は、①主に公的な鑑定評価を担う州の規制上の公的な鑑定評価と②商業不動産の投資家目線のコンサルティングを担う認定資格の二本立てで構成されていると言える。
日本の場合、①は不動産鑑定士という国交省が認定する独占業務が該当するが、②についてはアメリカのような体系的なオフ・ザ・ジョブ・プログラムが確立しているとは言い難く(強いて言えば日本不動産鑑定士協会連合会の散発的なプログラムや、ARESマスター、不動産コンサルティング技能試験とか?違うか)、もっぱらオン・ザ・ジョブ・トレーニングにより技能を高めるしかないのが現状だと思う。
しかし地方の公的評価をずっとやっているような鑑定士もいれば、ファンド保有物件など証券化対象不動産の鑑定を行っている鑑定士やアクイジションチームでアンダーライティングをやっているような鑑定士ホルダーもいるにも関わらず、全部を同一の枠組みで賄おうとしているところに問題があるのではないかと思う。
もう少し商業不動産にフォーカスしたバリュエーションの質を継続的に高められるように、Apprisal Instituteのような機関があってもいいのではないかと思った。
4.米国鑑定会社例:ALTUS
米国においてはバリュエーションにおいてMAIが一定のプレゼンスを持っているわけだが、こうしたMAIホルダーは、日本で鑑定士が鑑定業者・ノンリコレンダー・不動産ファンドなどで活躍しているように、米国でもバリュエーション会社や不動産ファンドなどで活躍している。
例えば以下バリュエーション会社を適当に検索していたら、商業用不動産のバリュエーション会社Top 10が出てきた(信憑性は不明だが)
CBRE、Cushman、JLLなどは日本でも高いプレゼンスがあり、彼らは総合不動産会社として仲介、リサーチ、アセットマネジメント等、総合的な不動産関連サービスを提供している。今回はこの中でも上述の米国のオープンエンドファンドで多く採用されているバリュエーション会社であるAltusを見てみよう。
Altusは比較的バリュエーションを保守的につけている会社らしく、コア運用を行う米オープンエンドファンドを運用する会社から数多く採用されている。米国の不動産ファンド会社自体も「保守的につけている」というのを投資家への売りにしてたり、実際の売却価額と評価額との乖離が少ないこともしっかりバリュエーションをやっているという投資家へのアピール材料にしている。
米国のオープンエンドファンドは日本のリートと違い鑑定評価額以上で売らないといけないといったルールは特になく、また昨今の鑑定評価額の低下を金利の上昇のせいにすることができる局面では、鑑定評価額を下げることを渋るよりも、しっかりバリュエーションを下げることにより保守的な運用を行っており、売却価格と評価価額が乖離していないことのほうが投資家へのアピール材料になるようだ。つまり日本の鑑定のように「僕らは利益相反してないよ」というためのアリバイ的側面が強いものとは異なるわけだ。
Mingtiandiの記事ではManulife IMがAltusと共同し、APACリージョンのファンドの不動産評価の管理をARGUS ValueInsight プラットフォームを活用してシステマチックに行っているとのこと。APACで行っているということは、もしかしたら将来何らかの形で日本に進出してくる可能性もあるかもしれない。
例えば日経記事でブラックロックが世界的運用会社であると同時にテック会社でもあるとあったように、テクノロジーを活用して大量のデータを効率的に活用するということへのニーズが益々高まっている。
ARGUS ValueInsight の概要ページを見るとどうやらブラウザベースのダッシュボードを活用してアセットマネジメントプロセスにおける定期的なバリュエーションを効率的に行える模様で、秘伝のエクセルシートでくちゃくちゃやるような類のものではないようだ。
日本にどこまで不動産データの効率的な運用ニーズが必要とされるかは不明だが、人的資源が枯渇してゆき、AIによってホワイトカラーの仕事が置換される中、今後バリュエーションやアセットマネジメントのフロー効率化ニーズが高まるかもしれない。
5.まとめ
今回は米国の鑑定評価の概要について、米オープンエンドファンドと鑑定の関連性、公的評価とMAIの概要、具体的な鑑定会社例について見てきた。
当然日本と米国は事情が違うわけなのでそのまま導入する事はできないものの、MAIのような充実した認定プログラム、アリバイ作りの側面が強い日本のREIT等の鑑定に比べ比較的客観性の高い米国のオープンエンドファンドの鑑定評価の位置づけ、デジタルプラットフォーマーとして進化しているAltus等の鑑定業者など、参考になる点はあるのではないかと思った。
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