台湾鉄路紀行 第四日前半(台南~高雄)
第四日 (台南~高雄)
台南中心部
朝、ホテルの窓から明るい日差しが飛び込んできた。南国の朝陽なのではないか。そう感じられる明るさだ。そんな日差しが窓の下の瓦屋根を照らしている。周囲は小規模商業ビルが並んでいるが、そんな中に古びた民家が混在している。
朝食はバイキングだ。三日連続のバイキングだが、今夜からは朝食の付かない宿となるので有り難くいただく。ご飯とお粥を適量にそれぞれの茶碗によそって食べる。お粥はスープのような気分で選んでいる。上に乗せる刻みもののトッピングがまた楽しい。おかずはビーフンや青菜のおひたし、そして煮込みのようなものを選ぶ。台湾に来たら食べてみたいと思っていた料理のひとつが滷味(ルーウェイ)だった。滷味は台湾式ごった煮といった料理で、町中の店で食べる場合、好きな食材を自分で選び、それを店員が煮込んでくれるという仕組みになっているという。この煮込みの雰囲気は、どうやらその滷味のようである。
テーブルには私以外にも数組の宿泊客が食事をしていた。どうやら泊まっているのは自分だけということはなかったようである。食事は美味しい。さて、滷味と思わしき煮込みだが、少し濃いめの汁は甘辛いといった感じで、中に入っている野菜や豚肉も適度な柔らかさで美味しかった。滷味は店によって味つけが異なるようだし、これはあくまでこのホテルの味なのだろう。
台湾ではホテルを大飯店と表記する。このホテルは大飯店という呼び名がふさわしい古めかしさと部屋の広さがあった。今夜の宿は今回の旅で一番安い料金で、名前も大飯店ではないので部屋の広さは期待していない。少々、この大飯店が名残惜しい気分になりながら部屋を出る。チェックアウトのためフロントに向かうと、昨夜私に応対してくれた女性二人の姿は既になく、支配人風の初老の男性が立っていた。
ホテルのすぐ近くに赤崁楼(チーカンロウ)がある。17世紀にオランダが造った城である。オランダがプロヴィンティア(オランダ語で「永遠」という意味)と名付けたこの城は、今こうして町中に観光施設として保存されている。
赤崁楼が近づいてくるにつれ、沿道に土産物屋や飲食店が現れた。台南(タイナン)を代表する観光地のひとつである。その並びが何やら参道の如くであり、塀に囲まれた赤崁楼の赤い門が見えてくると寺院のような風格も感じられた。門の向こうに瓦屋根の建物が見えた。
赤崁楼の手前に祀典武廟という廟(びょう)がある。道の脇に立っているので赤い側壁が道に面しており、その側壁の上に奥の建物の瓦屋根がそびえている様は古風でとても良い。店が並ぶ赤崁楼への参道めいた道の脇にあるので、佇まいにも風格が感じられた。
その廟に入って手を合わせる。後で知ったことだが、この廟は17世紀半ばに建てられた台湾で最古の武廟なのだそうだ。
さて、台南駅に向かって歩き始めた。途中、円形の道から七つの道が分岐していくラウンドアバウト(円環)となっている民生緑園円環が現れた。円環の中は湯徳章紀念公園という名の公園がある。1998年に民生緑園から改名されたもので、1947年に起きた二・二八事件の際、ここで銃刑となった弁護士湯徳章の名を冠したものである。二・二八事件については、台北に戻ってきた時に触れようと思う。
道路は朝のラッシュとなっていた。次々とスクーターが走り過ぎていく。円を描く道路に沿って、駅の方角に向かう道を選んで曲がる。
道の景色が少し町はずれになってきたような気がする。家並みは続いているが店が少し減ってきたのだ。不安を覚えた私は、ここでようやくスマートフォンの地図アプリを開いた。円環から曲がるとき、曲がるべき道を通り越して一本南の道に入っていたのだった。
歩いているうちに踏切が現れた。台北(タイペイ)方面に向かう自強号(ツーチャンハオ)が通過していく。昨日嘉義(ジャーイー)から乗った自強号と同じプッシュプルトレインの車両であった。
踏切に向かう曲がり角にASUSの看板を掲げた店がある。台湾を代表する世界的電子機器メーカーだ。今私が手にしているスマートフォンもASUSの製品である。駅が近づいてきたからだろうか、店が再び増えてきた。歩道にも屋根が架かって繁華街らしくなってきた。日本のカメラメーカーの名がいくつも表記された看板を掲げた店がある。近づいてみると、やはりカメラ屋だった。ここに来る途上で「カラスミ」とカタカナ書きされた看板も見かけた。台湾では日本を思い出させる看板をあちこちで見かけることが出来る。
台南駅に着いた頃には首筋は汗ばんでいた。帽子を被って歩いていたが日焼けしたのではないかと心配だ。台南の朝の日差しには夏の強さがある。それは台北や台中(タイジョン)より一層強い陽光に思えた。
1936年に造られた台南駅の白い洋風駅舎は工事中であった。将来、台南駅は地下化されることになっており、この古風な駅舎も保存されるとのことである。駅舎の二階にはかつてホテルとレストランがあったが、それも復元されるのだという。
駅舎の前の駅前広場に「行李房」と書かれた案内看板が矢印を添えられて掲げてある。台鉄が運営する小荷物預かり所のことである。各主要駅に設けられており、預かり日数一日を限定として、サイズに合わせて30元から70元で係員が預かってくれる仕組みとなっている。
駅舎の中は各通路の入口や窓がアーチ型となっていて洒落た内装である。とても雰囲気のある駅舎だ。待合室にはいくつも椅子が置かれ、多くの人で賑わっている。
駅舎のデザインは洒落ているが、全体的に内装も備品も造りが古いせいか、さして広くない空間に人が多く集まっている賑わいがそう感じさせるのか、その雑多な混み具合が南国の異国情緒に溢れているように思える。その感触は台北や台中の洗練された駅の風景とは一味違うものであるように思われた。
今日は台南と高雄(カオション)を行き来しながら高雄の町を旅する予定だ。さっそく指定券の券売機に向かったが、私が乗ろうと考えていた自強号が画面の一覧に表示されない。ふと時計を確認すると、発車時刻まであと10分を切っていた。表示されないのはこれが理由だろう。昨日の高雄方面の自強号の混雑を思うと自願無座は避けたい気がしたが、これでは仕方がない。私は普通の券売機に向かい、自強号の切符を買った。指定券を買うには指定券券売機か窓口で買うしかないので、普通の券売機で買った自強号の切符は自願無座、日本でいう所の自由席券である。ただし、台鉄には自由席という概念はない。空いている席に座るか、それが無ければ立つことになる。
高雄MRT
改札を抜けて、改札と接する第一月台(デイイーユエタイ)(1番線ホーム)から各ホームを眺めると、ちょうど白い車体が入線してくるところだった。私は慌てて地下通路を下り、ホームへ駆け上がった。
台南(タイナン)から高雄(カオション)までの自強号(ツーチャンハオ)の切符は106元。安いのだが、それもそのはずで両駅間は40分ほどの距離なのである。それだけ近いので、この自強号に慌てて乗り込む必要もなく、他の列車で行っても所要時間が大幅に変わることもないのだが、どうしてもこの自強号に乗りたかった。それには理由がある。
10時05分に台南を出る、この列車番号167次の自強号はEMU1200型という車両を使用している。この車両を使用して走る列車は一日一往復しかない。EMU1200型は吊り掛けモーターという何世代も昔の動力方式を使用する電車なのであった。日本では数少なくなってしまったこの吊り掛けモーター電車の特徴は、モーター音が非常に低く響く音を奏でるということである。なぜそのような音が出るのか? そもそも吊り掛けモーターとはどういう仕組みなのかは、鉄道工学に疎い私は回答できる知識を持っていないのだが、その唸るモーター音は、今時の静かすぎる電車のモーター音よりも、ずっと個性的だと感じる。よって、この車両に乗ることを楽しみにして台南駅に向かったのだ。
自強号は混んでいた。窓側はほとんど塞がっていたが、一箇所空いている席を見つけたので腰を下ろした。自願無座だから、この席の指定券を持っている人が現れたら移動しなくてはならない。
自強号はゆっくりと台南駅を発車した。モーター音は案外静かである。どんな唸り方をするのだろうかと楽しみにしていたので拍子抜けである。だが、耳をすませば、確かに唸る低音が床下から聞こえてくる。それは「唸る」としか言いようのない低音であり、列車の加速とともに音は軽やかになっていく。
台南の町を過ぎると窓外は農村となっていった。生えている木の背丈が高い。南国の木が畑を見下ろしている。昨日乗った集集(ジージー)線(シェン)あたりから、車窓が南国めいてきた。それとともに風景を構成する色に緑の割合が増してきたような気がする。鮮やかな緑である。明るい緑が線路を包んでいる。
左窓に高架が現れた。高鉄(カオティエ)の高架かと思ったが、架線柱がないから違う。高速道路にしては道路灯がない。これはMRT(地下鉄)の高架であった。MRTの電車は台北も高雄も架線から電気を得るのではなく、線路上に敷かれた給電用のレールから電気を得る「第三軌条方式」という給電方式を採用している。この給電方法だと架線がないから、下から見上げると高架だけのシンプルな容貌となる。
高架の周囲は畑ばかりの広い景色で、そのような場所に地下鉄が敷かれているという違和感が面白い。だが、そのようなのどかな眺めは長くは続かず、左窓に今度こそ正真正銘の高鉄の高架が現れると、高鉄の左営(ズゥオイン)駅が見えてきた。白とオレンジの700T系が停車しているのが見える。ここは現在のところ高鉄の終点であり、高雄市の新しい玄関口でもある。台鉄の駅も併設されていて、こちらの駅名は新左営(シンズゥオイン)となっている。従来から台鉄に左営駅が存在していたからだが、ここでも高鉄と台鉄の隣接しあう駅が別々な駅名を付けている。利用者の側からすると紛らわしいことなのだが、そういうことになっている。
その新左営には10時35分に着いた。台南を出てからちょうど30分である。もうすぐ高雄駅だ。農村風景だった窓外は、新左営の辺りからはビルの並ぶ街の風景に変貌した。台湾第二の都市高雄の風景を堪能しようと窓に顔を寄せていると、自強号はいつしか地下線に下りていった。
高雄駅は地下駅であった。二面四線のホームなのでターミナルらしさは乏しくもあるが、多くの乗客が降りた。この列車は更に南下して潮州(チャオシュウ)まで走って、夕方折り返して彰化(チャンファ)まで走る。吊り掛けモーターの音は台北駅では聞けないわけだ。
私はEMU1200型の顔を見てみようと思った。台南駅では入線する場面を、改札を入った所で遠巻きに見ただけだった。高雄発の時刻は10時48分なのでまだ発車しない。私が乗っていた位置からは最後尾が近いので、そちらに向かうことにした。
EMU1200型は白い車体色に窓の上は赤いライン、側面下部にオレンジのラインが入っている。横から眺めていると、ごく普通の特急のデザインに思えてくる。だが、正面に回り込むと、そのユニークなデザインに接することが出来た。正面は大きな連接窓で、その下に細いオレンジのラインが四本、下部にやや太めのオレンジのラインが入っており、その色彩から日本の鉄道ファンから「チキンラーメン」というニックネームを付けられているそうである。
地上に出ると、コンコースは明るく広々とした空間であった。ドーム型の屋根に、駅の様子を描いたモノクロのイラストが壁を飾り、壁の前には長いエスカレーターが地下の乗り場に通じている。水曜日の昼前とあって、構内にはそれほど歩く人はいない。
2018年に駅が地下化された際に、この新駅舎が高雄駅の顔となり、1940年に建てられた旧駅舎は約80メートル移動して保存されている。駅が近代化されても古い駅舎も保存するという台鉄の姿勢は好ましく思う。
二日めの朝に台北を出てから西部幹線を南下してきたが、今日の私の宿泊地は高雄だから、今日はこれ以上先に移動することはない。夜まで市内をのんびり出来る予定である。なので、コインロッカーに荷物を入れることにした。
コインロッカーはMRT(地下鉄)乗り場にあった。鍵は電子式であるが、液晶による操作画面が台湾国語か英語だ。ちょうど人がやってきたので様子を窺い、操作を覚えて鍵を掛けた。暗証番号が書かれたレシートが出てくるのでそれを抜き取る。料金は四時間で小サイズが30元、大サイズが60元。私のキャリーケースはLCC機内持ち込み対応の小型サイズなので、30元を投入して小サイズのロッカーに入れた。料金は四時間ごとに追加となるので、夕方引き取りに来た時に更に30元を払うことになるだろう。
MRT駅構内は想像よりもこじんまりとしていたが、売店もあり、自販機を備えた休憩スペースのようなコーナーもある。台北MRTと同様、高雄でもMRTの駅の改札を入ると飲食禁止なので、それらの設備は改札の外に位置していた。
さて、交通系ICカードを買うことにする。初日にMRT桃園(タオユェン)空港第一ターミナル駅で交通系ICカード悠遊卡(ヨウヨウカー)を購入していて、この悠遊卡は全国規模のカードだから高雄でも使えるのだが、実は高雄を始めとした台湾南部のICカードが存在する。その名も一卡通(イーカートン)で、iPASSともいう。一卡通は高雄MRTだけでなく、台鉄にも乗れるし、台北や桃園のMRTも乗ることが出来る。悠遊卡を持っている身ではあるが、気分的に南部では南部発祥のカードを使用してみたい。私は窓口に向かった。
改札横にある窓口には女性駅員が立っていた。台鉄でもそうだが、台湾の鉄道駅は女性職員の姿が目立つ。積極的に女性を登用しているように見受けられる。そして、彼女たちの多くは、実にきびきびとした動作で冷静沈着に仕事をこなしている。もう少し愛想があってもいいと思うくらいだが、仕事を忠実にこなす事が第一、そのような意志を落ち着いた仕事ぶりから感じる。
MRT高雄駅の窓口の駅員もそうであった。私の片言英語に軽く頷いた彼女は迅速にカードを発行してくれた。一卡通のカード表面はiPASSという文字がデフォルメされたデザインで、悠遊卡と同じくカード代は100元。そこに100元をチャージしたカードで改札を通ろうとするとエラーとなった。再び窓口に向かい、身ぶり手ぶりを交えて乗れなかったことを伝えると、彼女はまた冷静に迅速に処理を行い、あっという間にカードは手元に戻り、私は無事に改札を通ることが出来た。
昨日、嘉義(ジャーイー)駅の売店で驚いたことがあった。棚ひとつまるごと、いわゆる萌え系と呼ばれる少女イラストのコミックが販売されていたのだ。台南で入った書店ではライトノベルがたくさん売られていた。そして、ここMRTの高雄駅では改札機横に駅員の制服を着た萌え系少女による案内立て看板が置かれている。更に、ホームに下りると、そこには萌え系のグッズの自販機が設置されていた。
高雄のMRTの萌え系キャラは「高捷少女(カオジェシャオニュ)」という名のイメージキャラクターであり、テーマや設定の違うキャラが何人も存在し、少年版も存在しているという。このあとも、この萌えキャラたちをMRTの駅構内のあちこちで見かけることになる。
高雄MRTは紅線(Red Line)と橘線(Orange Line)の二路線がある。ざっくり言うと紅線が南北線で橘線が東西線といった感じで、高雄駅から南にひとつめの駅である美麗島(メイリータオ)で交差している。この位置関係は日本の札幌市営地下鉄の南北線と東西線に似ている。札幌もターミナルであるさっぽろ駅から南にひとつめの大通駅で両線が交差している。札幌が縦横に整備された市街道を形成しているように、高雄の中心部も道路が縦横に整備されている。
高雄MRTの電車は三両編成で、デザインは旅の初日と二日目に乗った台北MRTの電車に似ている。台北MRTの電車は路線によって、いくつかの異なるタイプに分かれているが、私が乗った路線の電車とこの高雄の電車はどちらもドイツのシーメンス社製であるから、外見も内装も非常に似ていた。正面から見ると台形のような形であることも、座席がプラスチック製であることも、ドアのある空間に立客用のポールが立っていることも共通であった。ただし、電車の車体のラインの色と座席の色に関しては、台北は青で高雄は緑となっている。
台湾の地下鉄は完全ホームドア化がされており、高雄もガラスで線路とホームが仕切られたフルスクリーン式のホームドアとなっていた。台鉄や高鉄は日本の鉄道や道路と同じように左側通行だが、高雄MRTは台湾の道路と共通な右側通行である点も台北MRTと一緒である。
高雄車站(カオションチャージャン)11時33分発の電車に衝動的に乗った。この電車は北の方向に向かって走る。とりあえず終点まで乗ってみることにした。電車は市街地の地下をひた走っていたが、高鉄と台鉄の乗換駅である左営高鉄(ズゥオインカオティエ)を出ると、やがて高架となった。
右方向には大きな山が横にそびえている。寿山という山で、日本統治時代に整備された自然公園もある高雄の名所である。もとは平地に住む原住民平埔族が暮らしていたというこの山は、地勢の歴史を辿ると、サンゴ礁の上に出来た丘陵地帯なのだという。
高架の上から眺める景色は郊外のニュータウンであり、その先に農村も存在している。車内はだいぶ閑散としてきた。高雄車站からちょうど30分、終点の南岡山(ナンガンシャン)に到着した。
南岡山は一階にホームがあり、すぐ横を台鉄の線路が並行している。路線はこの先を台鉄に沿って岡山(ガンシャン)まで延びる予定で、更に岡山から先へも計画されているが、現在のところはここが終点となっている。そのためか駅前は広く空間が取られていて、大きな駐車場やバスターミナルがある。改札のある二階から眺めると駅の周囲はあまり建物はない。郊外に形成された市街地へ向かうための中継点といった感じの駅であった。
ひとまず改札を出て駅前広場を眺めに行く。空腹をおぼえるので何か店があればと思っていたが、これといった建物はない。私は階段の所に立ち、広い駅前広場を眺めるにとどめた。駅前広場に通じる階段とエスカレーターの部分は、屋根の水色の窓と黄緑の柱で非常に鮮やかな色彩に染まり、明るい太陽を浴びている。その向こうに広がる郊外の風景も、ひたすら緑に包まれている。高雄市岡山区の中心部は岡山駅のある辺りだから、ここは市街地と自然との境界のようでもある。
駅構内に戻ってみると、円柱のガラスの中に何かが埋め込んであるのが見えた。台湾に来て以来、デザインに凝った駅を見続けている。これもオブジェのひとつだろうかと思い近づいてみると、埋め込まれているのは書籍であるとわかった。これは書籍の自販機だったのだ。こういうものが設置されるくらいだから、高雄の人は読書好きが多いのだろうか。
沙崙線
南岡山(ナンガンシャン)を12時16分に出る電車で折り返した。昼下がりの空いた車内に南国の日差しが射し込み、地下鉄に乗っているというよりローカル線に乗っているような心地よさを感じながら、再び寿山を眺め、そして12時33分に左営高鉄(ズゥオインカオティエ)に着いた。高鉄との乗り換え駅であることをわかりやすく示した駅名である。
左営という名の駅は二つ存在している。ひとつはこれから向かう高鉄の駅で、もうひとっが台鉄の駅だ。この台鉄の左営駅はここではなく、高雄寄りのひとつ隣に位置していて、この地にある台鉄の駅の名は新左営(シンズゥオイン)となっている。このことは、先ほど台鉄の自強号(ツーチャンハオ)でここを通った時に少し触れたとおりである。
思えば、二日めに高鉄に乗ったときに利用した駅は新竹(シンジュー)であったが、隣接する台鉄の駅は六家(リウジャー)を名乗っていたし、高鉄の台中(タイジョン)に隣接する台鉄の駅名は新烏日(シンウーリー)だった。それぞれ、元々ある市の代表駅の駅名を高鉄も付けたことから起こった事態だ。経営母体が違うので致し方ない面もあるが、利用者本位で考えると紛らわしい。そんな紛らわしい駅の路線はまだある。それに乗るために、これから高鉄に乗って台南市に戻る。
MRTと高鉄との連絡口に、路線図を示した案内がプロジェクターを使って表示され、脇に高捷少女(カオジェシャオニュ)のキャラクターと「初音未來」のパネルが置かれている。「初音未來」は日本発のボーカロイド「初音ミク」のことである。地下鉄と在来線が新幹線と接するターミナル駅だけあって、通行人も多く活気がある駅だ。
空腹気味だった私は、高鉄の左営駅で食事をしようと考えていた。台湾の新幹線である高鉄の終着駅であり主要駅である。店もいろいろとあるだろうという期待を持っての訪問だった。しかし、意外に食事のできる店はカフェのような店しかない。さすがターミナル駅で駅前は賑やかで、新光三越百貨店というデパートまであるが、暑い外を歩き回って店を探す気力がなかった。
駅弁を販売している売店があった。台湾に来てからまだ駅弁は買っていない。いい機会だと足が向いた。売場に立っていた女性店員が私の顔を見て、こちらが尋ねる前に結果を伝えた。
「ウリキレデス」
見ると、確かにショーケースには品物が入っていなかった。申し訳なさそうで、だが、にこやかな笑顔に見送られ、私は券売機に向かった。
高鉄の切符は窓口で買うか券売機で買うかの二択だが、筆談が煩わしいから今日も券売機を選択する。一度、新竹駅で買っているから操作方法はもう覚えた。自由席に乗ろうと思うので座席の選択もないから速いものだ。手元に白とオレンジの高鉄カラーのプリペイドカード風の切符がやってくるまでに、さして時間はかからなかった。
コンコースは広々としている。待合用の席が並べてあり、その周囲に売店が並んでいる。旅行鞄の店などがあったりする。やはり食事をする店はないが、昼食はもう台南にしようと諦めてもいる。
それにしても、やはり高鉄の切符は安い。左営と台南は途中駅がないとはいえ、自由席で135元(約500円)なのである。高鉄も台鉄の切符と同様に「運賃と特急料金」という概念がないから、全て込みの値段だ。
ホームは三面あり、終着駅にふさわしい広さのある構内だ。隣の台鉄の新左営駅もなかなか広い。先頭車両まで行って車両の顔を眺めたあと、自由席車に乗り込む。自由席車は台北寄りの12号車から10号車と設定されている。
左営13時00分発642次の高鉄列車が滑り出すように発車した。速達便ではなく途中いくつかの駅に停車する便だが、終点の南港(ナンガン)まで2時間10分という速さで走る。
車内は空いている。一昨日高鉄に乗った時は日没後だったので車窓は楽しめなかったが、今日は明るい空の下、南国情緒を堪能できる。左営を出るとすぐに右窓に車両基地が現れた。白い車体にオレンジと黒のラインを纏(まと)った700T系が午後の陽光を浴びて何本か留置されている。その姿はまさに「新幹線」であり、日本人が親近感をおぼえる馴染んだ流麗さが、そこに存在していた。
高雄の郊外に出た列車は速度を上昇させていき、高速鉄道の名に恥じない走りっぷりを見せ始めたが、それもすぐに終わり、滑らかに制動が掛かった。台南着13時13分。日本円で約500円の安価な高速鉄道体験だから贅沢は言えないが、もっと乗っていたいと思いながらホームに降り立った。
高鉄の台南駅は、階段を下りたところにあるコンコースに売店がいくつもあり、飲食店もあった。日本のファミリーレストランもある。一通り回ってみて決められなかったらここにしようと思い、ひとまずは構内を歩いてみる。店頭で弁当を売っている店があった。どうやらラーメンの店らしい。ご飯が食べたいのだが、空腹なのでラーメンでもいいかと思い入店する。
店は結構賑わっていたから、カウンター席に案内され着席する。ビジネスマン風の人が多い。席に着くと店員がQRコードがプリントされた紙を置いて離れていった。どうやらこれを読み込むと注文画面にアクセスできるらしい。さっそくスマートフォンを取り出し、カメラを起動してトライしてみるのだが、何しろ買ったばかりの機種なので搭載カメラがQRコード撮影に対応しているか定かではない。色々試してみたが、どうやら対応していないようだ。今からQRカメラのアプリをインストールするのは面倒なので、意を決して店員を呼んで身振りでQRコードが読めないことを伝えた。
「アッ、スイマセン」
女性店員は理解してくれたようで、すぐに紙のメニューを持ってきてくれた。つゆの白いラーメンを選ぶ。店員が何か聞いてきた。台湾国語なので意味がわからない。だが、麺の固さを聞いているのだとわかり「普通」で注文した。どうやら博多ラーメンの店だとわかったが、空腹ゆえに美味しければ日本のラーメンでもいいと思えるくらいになっている。
出てきたラーメンはまぎれもなく博多ラーメンであり美味しかったのだが、値段は290元(約1070円)と高い。今更ながら店名を見ると日本で名の知れた店であった。
一階の端にある出口から外に出る。あまり建物のない駅前に広いロータリーがあり、そこにバスが停まっている。ここが表口といえる場所で、目指す所は反対側の裏口のような場所だった。駅の脇の裏道といった所に出て、そこの歩道を歩いていくと台鉄の駅の入口を示す案内板が現れた。階段で二階に上がると切符売場と改札がある。台鉄沙崙線(シャールンシェン)の沙崙駅である。
沙崙線は高鉄の台南駅との連絡鉄道として2011年に開業した新しい鉄道で、ほとんどの列車が台鉄の台南駅に直通しているが、縦貫線との分岐駅は台南から三駅南にある中洲(ジョンジョウ)で、とりあえずその中洲まで行ってみようと思う。
次の電車は13時47分の筈で、ホーム上のLED式列車案内版にもそう表示されているが、電車は停まっていない。発車時刻は過ぎ、多少の遅れが発生しているのだろうとのんびり待つことにした。高架ホームからは周囲の景色がよく見える。沙崙は森林公園のような土地で、駅の周囲は南国の樹木が密生している。そんな緑に包まれた風景の中、駅のすぐ近く南西の方角に何かを建設しているのが見える。結構大きな建物で、隣に立つクレーンも長い。この森林公園めいた風景もやがて変わっていくのかもしれない。
景色を眺めていたら、いつしか列車案内板の表示が変わり、ホームに14時23分発の電車が入線してきた。正面デザインが貫通路付きの三枚窓で、青に白帯の電車である。縦貫線でよく見かける電車なので、特にローカル線を感じさせる風情はないが、ステンレス車体の側面に犬らしきマスコットのラッピングが施され、車内も二人掛けのクロスシートが並び、キャリーケースなどの大型荷物置き場を備えた近郊型仕様の車両だった。座席の座り心地もよく、窓下にはドリンクホルダーが二つ備えてある。この車両はロングシートの通勤型車両をリニューアルしたものだと後で知った。
結局、沙崙駅のホームに40分以上滞留させられ、14時23分の3742次区間車(チュージェンチャー)は発車した。40分以上も間隔が空いた割には、四両編成の車内は空いている。乗客に大きな荷物を持った人は少ないように見受けられる。沙崙線は一時間に2~3本の運転であるし、高鉄台南駅から台南市内中心部に向かう人はバスを使う人が多いのだろうか。
列車は高雄の方向に向かって少し高鉄の高架と並走したあと、大きく右カーブして農村地帯に入っていった。新しい鉄道なので全線高架であり、眺望はよい。4分で次の駅である長栄大学(チャンロンダージュエ)に着く。ホームは工事中で、工員の中に女性もいた。駅員だけでなく、台湾は「男性の仕事」と思われてきた職業への女性登用に積極的なのかもしれない。
駅を発車すると、左窓に長栄大学の大きな建物がいくつか見える。周囲は畑が多く開けた眺めなので、建物がひときわ目立つ。再び農村地帯を走り出した列車は高速道路を抜け、畑の中に大きくそびえる製粉工場を迂回するようにS字カーブを曲がっていく。左から縦貫線の線路が接近し、そのまま北の方角に向かって中洲(ジョンジョウ)に到着した。14時32分、沙崙線わずか9分の旅であった。
台南に向かって列車が走り去っていったあとのホームには、午後の日差しに包まれた静けさが宿っていた。壁は水色に彩られカモメが描かれている。長栄大学美術系と書き添えられているから大学生が描いたのだろうか。
ホームの壁だけではない。隣のホームに向かうと、跨線橋の壁にも、通路の壁にも、色鮮やかな色彩で絵が描かれてあった。それが駅に明るさを与えている。駅自体は古びたローカル駅といった風情で、国鉄の面影を残す日本の田舎の駅を連想させる。ホームの屋根が台鉄の駅によくある石造りの直線の形ではなくY字型の屋根だから、尚のことそう感じたのかもしれない。
接続はよかった。ピンク色の花が咲いているローカル感のあるホームで列車を待つのは悪くなかったが、高雄(カオション)方面の区間車はすぐにやってきた。14時43分、中洲を出た3201次はセミクロスシートタイプの車両だった。西日を避けて進行方向左側に座り、午前中に自強号(ツーチャンハオ)から眺めた車窓を眺めながら15時28分に高雄に到着した。沙崙から高雄まで区間車の運賃は59元。約一時間の旅の値段としてはとても安い。