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平成旅情列車⑪ 山の静かな宿場町で過ごす年末

 ※写真は2015年に撮影されたものです。智頭駅にて。
山の静かな宿場町で過ごす年末

     第三セクター鉄道

 鉄道の旅をする上で、運営事業体による乗り味の違いというものがある。旅情というキーワードを強く感じるのは「ローカル線>大都市圏の路線」であることは前提で、事業体で大まかに区別すると「地方私鉄>第三セクター鉄道>JRのローカル線>大手私鉄のローカル線>その他の路線」の順に、旅情が強く感じられる。
 勿論、JRのローカル線でも北海道の路線に代表されるような圧巻の景色を見せてくれる路線や、東北の五能線に代表されるような鄙びた味わいの深いローカル線は最上位クラスなので、これはあくまで全体的な印象としての感想となる。
 年末に観光地ではないような所を訪ねる鉄道旅はとても心に沁みるものがあると、紀伊半島の旅の章で書いた。その紀伊半島の旅の翌年である平成七年(1995)の年末、またどこかに行ってみたいと考えた。そこで浮かんだのが、第三セクター鉄道の旅だった。第三セクター鉄道は北海道から九州まで広範囲に存在する。行先の候補を思案するのは楽しいひとときだったが、熟考の末に中国地方を走る智頭(ちず)急行と若桜(わかさ)鉄道の旅を実行することにした。
 尚、若桜鉄道に関しては、別投稿「車窓を求めて旅をする② 思い出に再訪する ~若桜鉄道・一畑電車~」に綴っているので、今回は智頭急行の話を中心に回顧してみたい。

     佐用

 岡山駅行きの夜行バスは高速道路の積雪による渋滞などで、予定時刻よりも100分遅れて津山駅前に着いた。12月28日の朝、帰省ラッシュも始まって道は混んでいた。バスも満員だった。
 私は岡山まで出て津山線に乗る予定だったが、そのプランは狂ってしまった。仕方がないので津山で降りて、代替プランを作ることにした。中国山地を走るローカル線はほとんど未乗だったから、どの路線に乗るにしても新鮮な気分である。
 津山駅前で少し休憩したあと、10時02分の姫新(きしん)線で新見(にいみ)に向かった。姫新線はその名が示すとおり、姫路と新見を結ぶローカル線で、兵庫岡山と二県を跨って東西に走る全長158・1キロの長い路線だが、沿線に特に有名な観光地がないため、存在は地味だ。列車も通常の車両よりも全長の短いローカル線用気動車が一両で走り、この車両自体もJRになってから登場した新しめのものであるのと、内装もクロスシートよりもロングシート部が多くて景色が見辛く、趣味的楽しみも薄い。
 そのような姫新線だが、乗ってみれば楽しいものだった。山に囲まれた農村を結ぶ線路の脇に雪が低く積もり、小ぶりで古めな駅舎がわずかな下車客を迎えている。鉄道ファンも観光客も乗っていない、地元民だけの列車は99分で終点の新見に着いた。
 新見は伯備(はくび)線が通っている。伯備線は岡山と米子を結ぶ主要路線で特急の本数も多い。そんな伯備線の列車で岡山に出た私は、更に山陽本線で関西方面に向かった。智頭急行の起点は山陽本線の上郡(かみごおり)という兵庫県の西端にある。
 15時14分に着いた上郡駅は山と平地の境のような所で、駅のある場所は二つの川に挟まれた狭い市街にある。
 駅舎に面した一番線と階段で結ばれた二番、三番線の島式ホームの西に智頭急行の小さな駅舎と中間改札があり、その先に乗り場がある。
 智頭急行智頭線は関西と鳥取を結ぶ特急列車などを短い距離のルートで行き来させるために作られた路線で、起点が姫路や岡山のようなターミナル駅ではないのはそれが理由だ。線路は上郡から山に向かって延びていく。
 次の普通列車は15時27分で、白地に窓回りを青く塗った気動車が一両で停車している。ドア横がピンクとなっている塗り分けが鮮やかだ。今夜は上郡から19分の佐用(さよ)で泊まるつもりなので、智頭急行の駅舎で佐用までの切符を買うと、レシートタイプの切符だった。これは珍しい。
 定刻に上郡を出た列車は空いていた。混む時間帯でもなく、ローカル線のお得意様である高校生は冬休みだ。
 低い山地に延びている線路は高架で見晴らしはいい。開業したのが前年の平成六年と新しいので、このように高架で線路が敷かれた訳だが、関西と鳥取を結ぶ特急が走る路線でもあるので、線路自体も高規格で敷設されていて設備面では都市鉄道のようでもある。

 上郡から17・2キロ、15時46分に佐用に着いた。ここはまだ兵庫県だが、智頭線は三県に跨って走っている。智頭線の車両形式には数字の前に「HOT」と付いていて、今乗ってきた列車はHOT3502だった。これは兵庫県、岡山県、鳥取県の三県、それぞれのアルファベットの頭文字を取って付けたのだという。
 佐用はJR姫新線も乗り入れていて、二面四線のホームとコンクリート駅舎とが地下道で結ばれている。小さな町だが、二つの鉄道路線が交わっているような町なので旅館くらいはあると予想して、町歩きを開始した。
 佐用とは変わった地名だが、小夜(さよ)姫が地名の由来だと駅前の観光案内板に説明があり、星が綺麗な町と書かれてある。ちなみに、播磨風土記には以下のように書かれてあるという。
  ~伊和大神とその妹の玉津日女命(たまつひめのみこと)の二柱の神が、競争して国占めをなさったとき、玉津日女命は鹿を取り押さえ、稲種をまきました。
  すると、一夜にして苗が生えたので、直ちにこれを取って、田に植えさせられました。伊和大神は『お前は、五月夜(さよ)に植えたのだなあ。夜に仕事をしてはいけないのに』とおっしゃって、他の土地へ去っていかれました。
  そこで、五月夜の郡という名がつき、妹神は賛用都比売命(さよつひめのみこと)という名前がつきました。~
 駅前に出ると細い道路が横切っている。そこがちょっとした商店街のような道になっていて、古くから立っていそうな商店が点在しているが、その中に旅館らしき建物はない。
 駅員がいるような駅がある町はホテルはなくとも、駅前旅館と呼ばれるビジネス客向けの小規模旅館が大抵存在している。佐用は二つの路線が交わる駅だし、この辺りではもっとも人が集まっている所なので駅前旅館があるだろうと考えていた。
 一軒の商店に入って店主のおじさんに訊いてみる。
「旅館? 何年か前まではあったんだけど、今はないね。この辺りで泊まれる所? そうだね。あわくら温泉かな」
 あわくら温泉は明日行ってみようと考えていた。佐用から六駅20キロ以上離れている。
 山に囲まれた小さな町で静かに年末を過ごしてみたい。そう考えていたから温泉旅館は少し違う。まあ、別の町を探すしかない。
 宿の件は一旦保留にして散策を続ける。裏道に出て町中を流れる佐用川に出ると、堤防にはかわいらしい童話のイラストが描かれてあった。空はほんのりと暗くなってきた。山に隠れていった冬の太陽が、少しずつ町を夜へと導いていく。
 駅に戻り、電話ボックスに置かれた電話帳で旅館を調べた。すると、佐用の一駅隣の平福に旅館があるようだった。電話をかけると宿泊可だという。今夜はここで泊まることにした。

     平福

 佐用16時51分の列車に乗って、隣駅の平福に向かった。所要時間は5分だ。薄暮れの山並みに包まれた線路は、より山間に入っていく。
 平福駅は雑木林を背にした小駅で、もちろん無人駅だ。ログハウス調の小さな駅舎を出ると駅前には何もないと言ってもいいくらい閑散としている。開通したのが一年前なので、まだ開発は進行しておらず、駅自体も集落から外れた位置にある。
 駅前の細い道をまっすぐに歩いていくと、すぐに佐用川を渡る小さな橋があり、その先が集落となっていた。
 集落を川に沿って南北に通る細い道は、かつての因幡街道(いなばかいどう)で、平福は宿場町だった。空はだいぶ暗くなってきたが、目指す旅館はすぐにわかった。小さな集落で、夕食を求めて店巡りをするような所でもない。それを見越して、予約の際に食事付きでお願いしておいた。
 民家のような小さな旅館は、女将さんが出迎えてくれた。突然の宿泊客なので、電話では夕食は簡単なものしか用意できませんがという話だったが、風呂から上がると、カツとサラダ、カニ足が一本ある小さな鍋、デザートなどでテーブルが賑やかになっていた。瓶ビールを追加料金で注文し、美味しく夕食を楽しんだ。家族の夕食用のおかずを少し回してくれたのかもしれない。
 親切な旅館だと感激していたら、部屋の石油ストーブが壊れた。報告に行くと、家の主人が直しに来てくれた。笑顔が頼もしい主人だった。
 外からは物音一つしない山の盆地の宿。宿泊客は自分一人。朝起きて、洗面所に行くと、窓の外は雪景色になっていた。

 雪の積もる旧宿場町の細い道の両側は趣きのある古びた家や店が並び、冬晴れの陽光を受けている。旅館で朝食を食べてから、平福駅にやってきた。朝の景色の中で眺めても簡素な駅だが、空気がとても澄んでいて気持ちがいい。9時25分発の列車で次に目指すは、佐用の商店で宿泊地に勧められたあわくら温泉だ。ちょうど30分で着いた。
 駅から雪の積もる森の中を歩くこと15分、鉄筋の温泉施設が現れた。黄金泉という名のその温泉でゆっくりと温まり、昼にはあわくら温泉から終点の智頭に出た。駅前の食堂で昼食を食べ、まだ時間に余裕があったので一駅隣の恋山形という変わった名の駅まで往復することにした。
 かわいらしい駅名の恋山形だが、そういう地名が存在する訳ではなく、計画時の駅名は因幡山形だった。観光誘致や知名度向上などを狙った命名で、智頭線の他駅でも宮本武蔵の生誕地に因んだ宮本武蔵駅がある。
 駅は細い対抗式ホームで、駅舎のないコンクリート壁の駅は、駅名のかわいらしさとは違って新線の駅らしさ溢れる無機質な造りだった。周囲は森で人家は少ない。駅に降りたのは私一人で、智頭行きを待つ40分間に駅にやってきた人もいなかった。
 智頭行きがやってきた。もう少し智頭線に乗っていたいと、名残り惜しい気持ちになってきている。沿線は古びた宿場町もあり、温泉もある。車両は新しい。駅も新しい。他のローカル線では味わえない新旧両揃いの楽しみのある鉄道だった。

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