ゲッペルスの選挙
兵庫県知事選挙が終わった。
結果は斉藤元彦氏が再選を果たした。
しかし最初から最後まで異様な空気に包まれていた選挙だった。ひとことで言えばゲッペルスの「嘘を百回言って真実にする」選挙だった。
ナチスドイツのヒットラーの演説に熱狂し戦争に突き進んだ国民を影で操ったのがヨーゼフ・ゲッペルスだった。彼は「嘘も百回言えば真実になる」と堂々と言ってのけた。つまり本当のことでなくてもいい。嘘も国民に信じさせる、という方針でそのために何をするか綿密に作戦を練った。
さて今回何が嘘だったのか。
斉藤氏を支持する人たちの発言の多くが
「マスコミに騙されるな」
だった。
曰く斉藤氏はパワハラなどしていない。嵌められたのだ。本当は良い人で、パワハラはマスコミの捏造である。
ここへ乗ってきたのがNHKをぶっ壊すで政治家デビューした立花孝志氏である。立花氏はここに公益通報者で県の職員だった男性の自殺の真相を乗っけてきた。
職員の男性が公益通報した後、斉藤氏はすぐにこれを「怪文書」「嘘八百」と会見で決めつけ、誰が書いたのか犯人探しを始めた。本来であれば公益通報は保護対象であり、第三者委員会にはかるなど真偽を自分以外の人に判断させるべきところを自分だけの判断で決めてしまった。
そして通報者がわかると今度は警察でもないのに自宅に押しかけパソコンを強制的に押収してしまった。百条委員会が立ち上がると今度はそのパソコンに入っていたプライベートをぶちまけると息巻いた。それで心を病んだ通報者は自ら命を絶ってしまった。
このプライベートとは如何なるものなのかに焦点を当てたのが前述の立花氏である。彼は最初は片山元副知事から聞いたと言っていかがわしい画像が入っていて、通報者は不倫をしていた、だの不同意性行為をしていただのとペラペラ喋っていたが、片山元副知事が立花氏に会ったことも話したこともないと告白すると、それをあっさり認めて「嘘も方便ですから」と開き直った。
こんないい加減な人間の聞くことに耳を傾ける人などいないだろうと思ったらさにあらず。街宣には多くの人が集まって熱心に話を聞いていて驚いた。
立花氏はこんなひどい人間の通報なのだから意味がないというところへ話をもっていきたかったのだと思う。この通報者のプライベートはマスコミもどこも報じなかったので、もしかしたらマスコミが何か隠しているのかもしれない、と思った人もいるかもしれない。
でもちょっと待ってほしい。
問題は通報者の人間性ではないはずだ。斉藤氏が知事という公的な立場にありながら公益通報者を適切に保護せず、権力を振りかざして責め立て、懲戒処分にし、自死に追いこんだ。これは事実である。マスコミがこれを報じたのはまさに公的な立場の人間が勝手にこんなことをした。そのことを県民に知らせるべきと判断したからで、一般人のプライベートを報じる必要はどこにもないと考えてのことだと思う。
それなのに
マスコミは信用できない。
ネットに真実がある。
とはいったいどういう思考回路なのであろうか。ネットには真実もあるかもしれないが嘘も誤報もたくさんある。ネットが全部正しいとは限らない。
しかし百条委員会も動画をネット公開している。彼らはちゃんとそれを見たのだろうか。わたしはこれには疑念がある。見れば斉藤氏がどういう人間かわかるはずだからである。
付箋を投げた
机を叩いた
エレベーターがくるのが遅いと大声で叱責した
自分専用の控室を用意させろと授乳室を控え室にした
自分は時間に遅れて来るが、予定が狂うと怒り出す
枚挙にいとまがないが、斉藤氏はこれらの行為を認めている。その上で「強く指導したが法的に問題はなかった」と繰り返した。極めつけは「道義的責任をどう考えるか」という質問に
「わたしは道義的責任が何かということがわかりません」
と能面のように表情を変えずに言い放った。
背筋が寒くなった。
この人はダメだ。と直感した。
人の気持ちも痛みも全く感じない。
考えるのは自分のことだけ。
こういう人が知事でいてはいけない。
百条委員会を見ればそう感じるはずなのだ。
今回斉藤氏を熱狂的に支持している人たちは多分見ていない。見ていたのは立花氏や彼と似たようなことを言う人たちの動画だけなのではないか。
そして自分は真実に辿り着いたのだ、という恍惚感に酔いしれ、前述のような
斉藤さんは悪くない。
嵌められたのだ。
パワハラはマスコミの捏造だ。
という主張に至ったのではないかと考える。
おそらく斉藤氏が在任中に何をしたかも知らない。というかきっと興味がない。とにかく斉藤さん可哀想。斉藤さんは利権と戦うヒーローだ、なんていうことを真実だと信じて疑わない。
この絵面を描いた人たちは裏でほくそ笑んでいるだろう。
嘘だけど何回も言ったらみんな信じたよ。騙すのは簡単だね。
この選挙はまさにゲッペルスの選挙であったと思う。これは想像だけれど戦前の日本もこんな空気だったのではないか。戦争に反対したり、勝てないんじゃないかという人達を馬鹿にして吊し上げ、非国民だと罵り、投獄した。真実を語っていても無視された。そして戦争へとつき進み、何万人もの尊い命が失われた。
本当に愚かしい。このような恥ずべき歴史を繰り返すべきではない。
真実を知りたい気持ちは誰にでもある。けれど自分がたどり着いたそれが嘘か真実かを慎重に冷静に見極めなければならない。
現代にゲッペルスを誕生させてはならない。犠牲になるのは誰なのか。よく考えてみてほしい。
嘘は何回言っても嘘である。