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疾風の轟轟丸【柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!】



今日も母の甲高い怒号が飛んだ。

父は何も言い返さなかったが、20分ほど言われるままにすると、突然母を張り倒して一人で布団に入った。

母は泣きながら自分に縋り付いてきた。

「ゆうちゃんはあんな風になっちゃだめよ…ゆうちゃんは由緒正しい武家の子なんだから…こんな町にいつまでもいちゃ駄目なんだから…」


それが人生最初の記憶。



父親の印象は曖昧だ。優しかった思い出は、ある。

しかし次第に、父が自分を見る目が変わってきたことに気づいた。


母を見る時の冷たい目と同じ目だった。自分はもう、父にとって息子ではなく「あの疎ましい女」の付属物にしか過ぎないのだと幼ながらに気づいた。


やがて、俺が4つか5つの頃、父親は出て行った。どんな顔だったか思い出せない。

「お父さんはどんな人だったの?」

俺が尋ねるたびに数時間はヒステリックに泣き喚いて父を(そして父の面影のある俺を)罵り続ける母を見て、そんな質問をする己が愚かなのだと悟った。



町田の小学校に通った俺が孤立するまでに、大して時間はかからなかった。友達と遊ぶ度に血相を変えた母親が「うちの子は由緒正しい武家の子なんです!おたくのような家とは本来身分が違うんです」と相手の家に怒鳴り込んでいたら自然な成り行きだろう。


学校の連中は嫌いだったが、奴らを責める気にもならなかった。そりゃそうだろ、と思っただけだ。


毎晩、二階の勉強部屋に篭っていた。自室じゃない、勉強部屋だ。テレビも無し、コミックも無し、ピピンアットマークも無し。


たった一つだけ楽しみなことがあった。

毎週土曜日の夜、家の前の道路を爆音と共に、バイクの群れが疾走する。

ヘッドライトが町田の夜を煌びやかに照らす。エンジンの爆音が母の喚き声すら掻き消す。


窓からその様子を眺めた。バイクの波が道路を埋め尽くす。改造されたバイクも特攻服も派手な髪型も、ひたすらに格好良かった。スピードに乗って、たくさんの仲間たちと。


彼らが通るのを毎週窓から眺めていて、最後尾のバイクに大きな旗が括られている事に気付いた。

「霊…義…怨…?」


毎晩、布団の中で想像した。

夜の道路、自分だけのカスタムバイク。パトカーは追いつけない。仲間たちだけがこのスピードについてこれる。俺と仲間たちは夜の高速をどこまでも突っ走る。

それが暴走族と呼ばれるものだということは後から知った。


中学に上がっても何も変わらなかった。よそよそしい周囲、情緒不安定な母親。


ほとんど誰とも話さず一年が過ぎ、新しいクラスになった。そのクラスの隣の席に、山内杏奈がいた。


「何聴いてるの?」

左耳のイヤホンを勝手に外して、山内が顔を近づけてくる。

「あ、お、ああ…え、なんで?」

虚を突かれて間の抜けた答えしかできなかった。学校で人と話すのも随分久しぶりだった。


「休み時間ずっと音楽聴いてるから、よっぽど好きなのかと思って」

「いや、別に…あ、いや今聴いてるのはブラックメタルってジャンルで…外国の音楽だから本当は禁制なんだけど…」

「ふーん、聴いてみていい?」

俺の答えも聞かずに、左耳のイヤホンを取り上げた山内が自分の耳に入れた。


丁度ギターソロに差し掛かる。

「石川ってこういうの聴くんだ…なんか意外」

山内が俺の目を見てにへらと笑う。相変わらず顔が近い。

「おかしい…かな」

「もっと静かな感じの曲聴くんだと思ってた、石川いっつも静かだし。でも、変じゃないよ」


「杏奈ー、美樹の用事終わったよー、帰ろー」

教室の外から、山内の友人が彼女を呼ぶ。

「ん、今行くー!」

大声で答え、イヤホンを自分の耳から外す。


「メタルってカッコいいね…また聴かせてよ」

そう言うと、俺の耳にイヤホンを戻した。

山内が立ち上がり、廊下に向かう。

クラス一の長身、細長い手足を飾るように長く艶やかな黒髪が揺れた。



それから、休み時間や放課後の図書館、帰り道で山内と時々話をするようになった。


「…それでさ、しぃがね、おかしくて…!」


山内みたいな人気者がどうして俺みたいな鼻つまみ者に関わってくるのかがよくわからなかった。


「…そうなんだ」

「あ!今ちょっと笑ったでしょ、笑うとそんな顔するんだ!結構かわいい!」

「笑ってない」

「嘘!笑ったもん!」


それでも、山内と過ごす時間は少しだけ心地良かった。


【業務連絡:各位、以下根暗男子とハイスペ美少女のくっつくかくっつかないかみたいな思春期ラブコメが単行本3巻分くらい続いたということで続きを読んでください。よろしくお願いします】


とある日。放課後、野暮用を終えて教室に戻ろうとすると、女子たちの声が聞こえた。

反射的に物陰に隠れてしまう。


しばらくどこかで時間を潰して、アイツらが立ち去ったら荷物を取りに戻るか。


そう思っていると、声が聞こえてきた。

「てか杏奈さ、最近石川と妙に距離近いよね」

不意に自分の名前が出て、息が詰まりそうになる。

「そう…かな…?」

山内の声だった。全身が強張る。


「絶対距離近いって!勘違いされるからやめたほうがいいよアレ」

別の女が重ねて続ける。

「や…石川とはそういうことじゃ…」

「そもそもなんで石川なんかと絡んでるの?アイツん家、親とかヤバいらしいよ。私の友達とか小学校の時に家まで怒鳴りまれたらしいもん」

「本人も結構ヤバい感じだしね」

「石川は!そういう人じゃないから!」

「あー、確かに杏奈優しいから、クラスで浮いてる奴いると構っちゃうしね」

「犬とかよく拾うしねー」

「だから!もういい、今日帰る!」


足音、まずい…


ドアが開き、山内と、彼女を追いかけてきた取り巻き二人と鉢合わせる。

露骨に気まずそうな顔を見せる二人。

山内の表情は見れなかった。

走って去っていく山内を二人が追いかけ、俺だけがその場に残される。


それから数日、山内と話すことはなかった。


帰り道、後ろから手を掴まれた。振り返る。

山内だった。息が切れていた。


「あの…」

山内が声をかけてくる。顔が見れなかった。

「この前の話…あれ聞いてたよね…」

「やめろよ」

手を振り払った。

「俺は捨て犬かよ」

「あ…違…そうじゃな……ごめん…」


山内は言い淀み、離れていく。

背の高い彼女の背中が、今は俺よりも小さく見えた。

ちょっと待て、俺は何をしている?

今自分はとんでもない間違いをしようとしているんじゃないか?

「待て…」

山内に声をかけようとする。


「ゆうちゃん!!!!」


その時、耳馴染んだ甲高い怒声が聞こえた。

最悪だ。

病院から帰りがけの母が、物凄い剣幕でこちらに歩いてくる。

「その子誰なの!?」

「関係ないだろ」

そう答えた瞬間に平手が飛んできた。


「最近成績が上がらないと思ったら、ませた事に手を出して!ゆうちゃんもあの人そっくりよ!私の事なんてどうだっていいんでしょ!」

息継ぎもせずに捲し立てながら、涙をボロボロと流し始めている。こうなるともう手が付けられなかった。


「そこのあなたも!」

母の視線が山内に飛んだ。まずい。

「ゆうちゃんは今が大事な時期なのにあなたみたいな子が関わらないで!うちをこれ以上めちゃくちゃにしないで!!!まだ中学生なのに、汚らわしい!!!!!」

口から泡を吹きながら喚き散らしている。


「石川…あの…」

山内と目が合った。

「山内…もう行ってくれ、頼む…頼む」

山内に向かっていこうとする母を押さえつけながら言った。


「ごめん…なさい」

山内はそう言って深々とお辞儀をすると、走り去っていった。


それっきり、山内が話しかけてくることはなかった。


二度と。



夜。自分の部屋。母親の泣き叫ぶ声。近所ではまた別の怒鳴り声。


俺は窓を見る。バイクの音は最近めっきり聞こえてこない。


風の噂では、奉行所の一斉摘殺であの暴走族、霊義怨は一人残らず壊滅したらしい。


俺は窓を見る。ヘッドライトの光は見えない。


俺は窓を見る。



高校に入った。バイクを買うことに決めた。


俺が入学したのは町田一番の進学校だ。

進学校の良いところは、校風が緩いところだ。


授業後の自習も自由だ。つまり、バイトも部活も好きにしろということだ。


バイトは運送の倉庫にした。母親にだけはバレないように、できるだけ遠くを選んだ。


支店長が(といっても10人もいないような小さな事業所だ)、面接を終えた俺を(即時採用だった)裏に通す。


「君、町高の生徒だって?町高の子ならもっと近くでバイトすればいいと思うけど…ま、あそこの先輩が色々教えてくれるから、がんばってね」

それだけ言うと、支店長はさっさと立ち去っていく。

奥にいた金髪の男に声をかける。

「今日からお世話になります、石川です」

「若いね~高校生?」

「はい」

「どこの高校?」

無遠慮に顔を近づけてくる。煙草臭い息も不快だったが、顔には出さなかった。

「町高です」

「へー町高、良いとこ通ってんじゃん。俺さ、ここで10年真剣にバイトしてっからさ、ガキが適当に小遣い稼ぎでやってますみたいなの許せないんだよね、真剣にやってっからさ」

「頑張ります」

「ハ?ナメてんのか?良い高校通ってお勉強できるからってナメてんだろ、なあ、こっちはお前みたいなののそういうのすぐわかんだぞ?あ?」

「いえ、頑張ります」

「最近のガキ、根気ねえからすぐ辞めちまうからなー。ちゃんとバシバシ鍛えてやるから目で見て仕事盗めよ、わかったか?」

「はい」

「チッ、暗い奴…」


先輩の金髪バイト、原田の新人いびりは極めて陰湿で、それまでのバイトが居つかなかった理由もよくわかった。

仕事は辛く単調な肉体労働だったし、支店長も見て見ぬふりだけが得意の陰険な男で、日々の労働は本当に不愉快な時間だった。時給も最低賃金同然だ。家から遠い以外に何一つ良いところのない職場だった。


だけど、俺は淡々と仕事を続けた。

不愉快に慣れる機会には、不自由しなかったのが自分の人生だった。

これもいつものように”耐え難く不愉快”、それだけだ。


バイクだけが目標だった。そして二年が経った。


「無免のガキがいきなりカスタムバイクだ…?調子乗りやがって…ま、金さえ貰えばなんでも引き受けるがね」

カスタムバイクショップ「御法度」のオヤジはそう言うと、ぶっきらぼうにカタログを取り出した。

「要望通りに仕上げてやるよ、ウチの工賃は高えがな」


俺はカタログを見ながら希望を伝えた。

「あー…良いセンスしてるのは認めるが、ガキの最初の一台にしちゃ上等すぎるぞ。こっちの車種にしたらどうだ。悪いこた言わねえ、値段もマシだし乗りやすいぜ」

「ありがとうございます…でもコレが良いんです」


オヤジは腕組みして暫く唸ると、伝票に一気に見積もりを書き上げた。

「それなら、工賃込み込みでこれだな」

「高くないですか」

「言ったろ、高えって」

「この迷惑料ってなんですか」

「無免のガキにバイク売るんだ、これくらいは貰わねえとウチだって耐えらんねえんだよ。10人売れば4人はパクられて1人はゲロる。そうなりゃほとぼり冷めるまではおまんまの食い上げだ」

「わかりました。来月分の給料が入ればちょうど足ります。先に組み始めてもらえませんか?これ、手付金です」


注文書を受け取って俺は家に帰った。こんなに辛くない気持ちはいつ以来だろう。背の高い女の後ろ姿が浮かび、俺は慌てて考えるのをやめた。


布団に寝転がってからも、注文書をずっと見ていた。

俺のバイク、俺のバイク。カワサキ・750RS、愛称Z2。俺のZ2。



一週間後。

いつものように荷物を右から左に運ぶ。原田は偉そうに口を出すだけで、いつものように何の手も動かさない。余りにも原田が手を動かさないので、この前とうとう文句を言ってしまった。それ以来奴はずっとこちらを睨みつけてくる。何かろくでもないことを考えているのだろう。


休憩時間になった。事務所に戻ると、支店長が話しかけてきた。


「石川君さあ、先輩の原田君から、君が文句ばっかり言ってて全然働かないってずっと苦情出てるんだよね…バイトだからって適当にやってもらったら困るんだよな…」

「…!それは…根も葉もない言いがかりです。二人になると原田さんの分まで仕事を押し付けられていましたが、この前までずっと黙って従ってきましたが…」

「んーまあ、どっちがホントの事言ってるかは知らないけどさあ…原田君は他の皆とも仲良くしてるようだけど、君は他の人からも暗くて何考えてるかわからないって言われてるし…社会に出るともっと人間関係や仕事も大変にさあ…何睨んでるんだよ」

「いえ、すみません」

「ちょっと考えたんだけど、君、来週からもう来なくていいよ」

「…!次の給料日まではなんとか、働かせてもらえませんか、お願いします」

「はあ…他の人とも相談するけどさ、客商売じゃなくてもあんまり陰気だと職場の雰囲気悪くなるんだよね…」

支店長は捨て台詞を吐いて部屋から出て行く。

今月分の給料が満額でないと、バイクにはどうしても手が届かない。目の前が暗くなってきた。


ふと携帯電話を見る。

母からの着信が45件。嫌な予感がした。


折り返すそうかと悩んでいる内にまた着信があった。

つい受信ボタンを押してしまった。瞬間、怒号が飛んだ。

「ゆうちゃん、今どこにいるの!!!!」

電話口の向こうで喚き散らしている。


成績が下がっているだの自分は息子のために全てを捨てたのに自分は大事に思われていないだの、それらはいつものヒステリーだと思って聞き流していたが、次の言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。

「机の中に入ってた、あのバイクの注文書はなんなの!?!?ふざけないで!!」

息が出来なくなった。机の奥に隠しておいた注文書が…勝手に部屋のそんなところまでを…


「お母さんに黙ってあんな…!!もうお店にはお母さんからの断りの電話を入れておきましたからね…すぐ帰ってらっしゃい!!」

心臓が詰まった。電話の向こうではまだ怒号が聞こえてくる。


喫煙所の方から怒声が聞こえてきた。原田の声だ。

「おい町高(マチコー)!タバコの買い置き切らすなって言っといただろ!すぐ買ってこいコラ!!」


電話口からの怒声は途切れない。


事務所のドアを開けて支店長が戻ってきた。

「あれ、まだいたの…もう休憩時間終わってるんだけど?やっぱり来週から来なくていいや…ちょっと、電話切ってよ。僕が話してるんだよ」


「シカトしてんじゃねえよオイ!」原田の声。


「石川くん!」

「町高!!」

「ゆうちゃん!!!」


事務所の窓から、外の景色が見えた。

日が沈んで暗くなっている。


俺は窓を見る。


俺は窓を見る。


俺は窓を見る。バイクのエンジン音が聞こえてくる。


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「石川クン、ヤッといたぜ!」

血まみれの支店長が足元に倒れていた。顔面には文鎮が突き刺さっている。

目の前には返り血を浴びた特攻服姿の男がいる。こいつは俺の昔からのツレだ、名前は…ええと…


「あっちも別の奴が片してっからよ!」

倉庫の方から原田の悲鳴が聞こえてきた。

「あとこれ、最後のバイト代!迷惑料や退職金も入ってるんで、少し色ついてるぜ!使ってくれよ!」

ツレが俺に札束を手渡してくる。


「おお!悪いな!」

俺はありがたくそれを受け取る。これでバイクの費用は足りた。ヒヤヒヤしたぜ。


倉庫の方から、血で濡れた金属バットを持った別の仲間がこちらに歩いてくる。

「あの金髪もシメときましたヨ!きっちりトドメも刺してますんで!」

「よっしゃ!帰るぞ!」

血の海に横たわる原田の姿を一瞥して、俺は仲間たちと帰路につく。


自宅に着いた。玄関を開ける。


廊下に夥しい量の血が流れている。


台所の床に、母親が転がっていた。


中腰に構えた後輩が俺を出迎えた。

「石川サン、しっかりケリ付けときましたんで!もう大丈夫です!」

「うん、ありがとよ」


包丁を持った後輩に笑顔で返す。


母親のめった刺しの腹を見る。

「ふう」

肩の力が抜けた。全身がすっと楽になった。

人生で初めての感覚だった。


「お疲れ」

ツレが肩を叩く。

「お疲れ様でした!」

仲間が頭を下げる。

「石川サン、おざっす!!!!」

後輩が声を張り上げる。

みんな気の良い奴だ。ずっと俺と一緒にいてくれた。名前は…ええと…

「バイク屋、行きましょう!」

「そうッスよ!」

後輩たちが俺を急かす。そうだ、バイクだ…バイクを取りに行かないと…折角金も足りたんだから。


「あの…バイク…スンマセン…うちの親が変な連絡したみたいで…ちゃんと話は付けといたんで…マジスンマセン…」

「おお、おふくろさんからはあんな電話あったけど、モノはちゃんと仕上げといたぜ、気にするな…お前、その血…どうした…!?」

言われて自分の服を見る。どこにも血なんてついていない。

オヤジさんは何でこんなにビビッてるんだ?


振り返る。ああ、こいつらか。

「お前ら!血まみれのチンピラがゾロゾロ入ったら迷惑だろーが!オラ!外で待ってろ!」

店主に頭を下げる。

「スンマセン、ツレたちが礼儀なってなくて…これ、少し早いけど金、溜まったんで、バイク、受け取ってっていいスか」

「あ、ああ…」

何故か強張った表情のオヤジから、鍵を受け取る。

俺のバイク、俺のバイクだ。カワサキ・750RS、愛称Z2。俺のZ2。


外の通りに仲間が待っていた。

「最高のバイクじゃねーか!」

「マジでシビイっすね!」

「すげー速そうっすね!!」

ツレが俺に声をかける。

「なあ、新生”霊義怨”の旗揚げだ…頭が石川祐輔なんてシャバい名前じゃ締まらねえ、どうせカッコいいゾクネーム考えてるんだろ?言えよ」

俺は答える。

「笑うなよ、轟轟丸…悪夢堂轟轟丸だ。どうだ?ドス効いてっだろ?」

「悪夢堂轟轟丸率いる新生”霊義怨”…いい響きじゃねえか。行こうぜ」

「おお!」


俺はバイクのアクセルを始動させる。

無免だが、これまでうんざりするほどイメージトレーニングしてきたから操作には戸惑わない。


軽快に加速していく。仲間たちも付いてくる。

本当に良い奴らだ。俺の事をよく理解してくれる。

ガキの頃からずっと一緒だ。

名前が思い出せないが、すぐに思い出せるだろう。

顔が良く見れないが、気のせいだろう。

ずっと一緒の仲間たちだから、大丈夫だ。


やがて走るうちに、仲間たちが一台、また一台合流してきた。そうだ、こんなに仲間がいたじゃないか。なんで忘れていたんだろう。


いつの間にか白の特攻服を着ていた。いつ着たかわからないが、最高にビッとしてる。

いつの間にか髪型はリーゼントになっていた。いつセットしたかわからないが、最高にイカしてる。


仲間の数は膨らんでいき、千台、一万台、そして二千万台へと膨れ上がる。そうだ、俺はずっとこんなに仲間達に囲まれてきたじゃないか。なんで忘れていたんだろう。

俺たちが”霊義怨”、町田最強の走り屋チームだ。


「轟轟丸サン!もっと飛ばしましょうよ!」

「ああ!そうだな!」

アクセルを更にふかす。

「速いバイクがあって、良い仲間たちがいる、あとはタイマン張れる喧嘩相手がいれば文句ねえんだけどな!」

「轟轟丸クンとタイマン張れる奴なんているわけねーっしょ!」

仲間たちが笑う。いい奴らだ。


バイクの波が道路を埋め尽くす。スピードに乗って、仲間たちと。

夜の道路、自分だけのカスタムバイク。パトカーは追いつけない。仲間たちだけがこのスピードについてこれる。どこまでも突っ走る。


歩道を歩く、背の高い女と目が合った。

誰か男と歩いていたようだが、どうでもよかった。

俺にはこんなに仲間がいたんだから。

もう、苦しくない。


俺たちが”霊義怨”、町田最強の走り屋チームだ。

俺は悪夢堂轟轟丸、こいつらの頭だ。


(疾風の轟轟丸 完)

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