第九話Aパート 燃えよ柳生ベイダー【柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!】
(これまでのあらすじ:町田四英傑による十兵衛暗殺作戦が始まった。百手のマサの作戦が奏功し、柳生ベイダーの刃は十兵衛に向かう。しかし、その刃は十兵衛の肉を断つ前に阻まれた…メタル十兵衛!)
「十兵衛さまのメタル・フォーム、いつぶりに見るや」
「十兵衛さまがあの技を究められたのは、あの忌子がお家を放逐されてからの事だから、奴が知らぬのも無理はござらぬな」
「血を好む戦闘狂、なれどそれはそれとして痛いのは嫌-故に、守りを考えずとも元々硬くなる!それが十兵衛さまよ」
いつの間にか、柳生十兵衛と柳生ベイダーの周囲の瓦礫に浪人傘姿の一団―その数、五十は下らぬ―が陣取っていた。
「あれは…月風連…実在しておったのか…!」
その様を遠くから見る利休が驚く。
「知ってるんスか…利休さん…」
利休の直下の瓦礫から声がする。吹き飛ばされた果て、廃ビルに叩きつけられたマサが瓦礫から這い出る。
「おお、マサ!無事か!?」
「こっちはいい、ただの打ち身ッス!それより、ベイダーさんが…!」
「あれは十兵衛直属の護衛部隊、月風連…!儂も噂にしか存在は知らなんだが…」
「一刀で仕留め損ねたか…まずい…!」
二人の表情が曇る。
「コー…ホー…」
ベイダーが剣を戻し、ゆっくりと構える。
「十兵衛さま、我らの手は不要にございますか」
月風連の問いに十兵衛が頷いた。月風連は一歩退き、遠巻きに二人を囲む。
「友矩…またオイラとバトルしにきたのか!?でも残念だな、今のオイラは、前よりずっとパワーアップしてるぜ!」
十兵衛が屈託なく笑う。
「だけど、お前も強くなったんだよな!よーし、正々堂々バトルしようぜ!負けても泣くんじゃねえぜ!」
ベイダーは応えない。己の兄ながら、おぞましい怪物であった。この男を、そしてこの異形を良しとする柳生、剣狂の衆をこれ以上世にのさばらせる訳にはいかなかった。
初撃は通らなかった。仲間たちが繋いでくれた機会、渾身の力を込めて振るった刃を通すことができなかった。
知り合って間もないが良い奴らだった、故に申し訳なく思う。あの完璧な一振りが通らなかった相手に、次の刃が通るだろうか。
ベイダーは剣を強く握った。
迷いが消える。ぐずぐず考えることなど何もない。ただ目の前の剣鬼に、己の刃を再び振るうのみだ。
肉を斬ろうとして鋼が来たから虚を突かれた。それならば、初めから鋼を斬ろうとすればよい!
ベイダーの気迫に、月風連の猛者たちがたじろいだ。
「十兵衛さまに敗れて柳生を追われた男と侮っていたが…あそこ迄研ぎ澄まされていたか」
「十兵衛さまにお手は貸さずとも、誠に大丈夫か」
「馬鹿め、左様なマネをしてみろ、我ら一同皆殺しよ」
柳生ベイダーと柳生十兵衛、二人の男は長い年月を経て再び向き合う。
共に中段に構えた二人。十兵衛は邪刀・武利裏暗刀を構える。
十兵衛は動かない。ベイダーが彼に向かってゆっくりとにじり寄る。
二人は再び静止する。
「十兵衛さまのあのような姿は初めて見たぞ…」
「我らで勝敗が読める域ではない。あれは完全に互角、いや、剣の腕では…あるいは…」
月風連が畏れた。
十兵衛の足元の小石が自ずと割れる。
ベイダーの足元の瓦礫が自ずと砕けた。
無機物ですら、二人の間の極限緊張状態に耐えられず自死を選んでいるのだ!
「コー、ホー」
ベイダーは一息ずつ呼吸をする。
十兵衛の口は凶暴な笑みを浮かべ、歯を見せる。だがそれは先ほどまでの屈託のない笑みではない。引きつった笑みである。
これは長く続く戦いではない。十兵衛もベイダーもそれを知っていた。
次の一太刀で勝敗は決する。剣戟など起こりようもない。
十兵衛のメタル顔面を水滴が流れた。
「十兵衛様が、汗を…」
「信じられぬ…」
月風連の動揺。
「利休さん…どうなってますか」
「マサよ…ベイダーの刀、あるいは…奴に届くかもしれぬ」
利休は見た。柳生ベイダーの周囲の空気が歪むのを。
柳生ベイダーが燃えていた。
そして、二人の剣がゆっくりと近づき、重なり…煌めいた。
ベイダーの剣は今度こそ、十兵衛に届いた。
特殊金属の表皮を断ち、十兵衛の顔を切り裂いた。血煙が迸る。
そこまでだった。
「オイラの勝ちだ!コイツが必殺、バトル殺法だぜ!」
黒い甲冑もろとも、柳生ベイダーの胴が斜めに腰から滑り、地面へと落ちた。八丁念仏は断ち斬られた。
「コー…ホー…」
その心に最後に、かつて過ごした村の光景が、カナの顔が浮かんだ。
あの村を、彼女を己の手で守りたかったが叶わなかった。それでも彼女はきっと、良くやったと褒めてくれるだろう。彼の頬を暖かな手のひらが触れる。
死ぬ時に女のことを考えるなど、剣士の風上にも置けんな。
そう笑うと、彼は目を閉じた。
悍ましき存在に無残に体を両断されてなお、柳生ベイダーの死は穏やかなものだった。
「十兵衛さま」
手ぬぐいで顔の傷を抑える十兵衛の足元に、月風連の一人が傅く。
「オウ!」
十兵衛は応えた。その表情は、つい今しがた実の弟を両断したとは思えぬほど屈託が無い。
月風連の男も、それに対して何の感情も示さなかった。彼らにとっては全てがもはや終わったことだ。
「そろそろ行程が押しております。次の街へと急がねば」
「ん!そうだな!次の冒険が待ってるぜ!」
十兵衛が大きく伸びをしながら応える。町田の果てまで、そう遠くなかった。
◆
「ベイダーが…斬られたぞ」
利休の嘆きに、マサは答えない。
十兵衛からもぎ取った英霊頑刀を投げ捨てる。これは刀身そのものが邪気の結晶だ。十兵衛以外の人間が長く持てば肉体と魂が腐り果てる。
手にした”ウーラノスの楊枝”を見る。わずかな刃こぼれはあったが、まだ使える。マダムは良い剣を渡してくれた。
マサは十兵衛の方角を見た。結局、突きを受けて3km近く吹き飛ばされた。
それでもマサは無傷だった。この守りの技だけが取り柄だ。
守りの技しか取り柄が無い男が、十兵衛が町田を出るまでに奴に追いつき、奴の護衛の精鋭たちを切り抜け、柳生ベイダーでも敵わなかった魔人を斬る。
「…やるしかない」
百手≪ヘカトンケイル≫のマサは呟いた。
「ヌシが行くのか」
マサは頷いた。
「利休さんの、ポータルは…使えないッスね」
「開けぬ…恐らく奴の持っている刀か何かにヤギュニウムが含まれておる。それが干渉しておるようだ。奴の近くには送れぬ」
「マダムはどこ行ったッスか、乗り物とかあれば借りたいんスけど」
「あの女、武器をあらかたワシに預けると、仕事は終わったといって引っ込んでしまいおった。薄情なのか、腹に一物あるのか…あの女の頭は読めんわい。我々人間とは構造が異なるの」
「走るのが一番早いっすね」
マサはそれ以上拘らなかった。
「利休さんはどうします」
「ワシにできることはもう無いわ、疲れた…」
事実、陽動のための遠距離飽和砲撃制御によって、利休のサイコ・パワーは殆ど使い果たされていた。その巨大な顔には困憊の色がありありと浮かぶ。
「マサよ、儂は前にこう言うたの…ヌシは人を守る盾しか持たぬと。だがこうも言わせてくれ…誰かを守る盾でも、それで殴りつければ人を殺せることもある…頼んだぞ」
マサは西に向かって走り始めた。向かっていく、十兵衛に!
◆
同じ頃、町田の地下500mの地下水脈。神奈川との県境に向かい、肉腫の束が伸びていく。
それは分岐し、結合し、また分岐しながら水路の流れに乗って静かに進み続けていた。
◆
十兵衛と彼を取り巻く月風連もまた、西に向かって軽快に走っていた。
無論、マサから逃げている訳ではない。
たまたま彼と反対方向、つまり町田を出るに最も早い道を進んでいるだけだ。
ベイダーを斬った彼らにとって、もはや町田は無用の街、既に終わった街だ。
しかしマサがこの3kmの距離を詰めるのに、それは致命的である。
十兵衛らもまた、異常な快足。マサが全力で走っても二人の相対速度はほぼ均衡し、距離は少しずつしか縮まらない。マサの顔に焦りが浮かぶ。
「このままでは…5分と経たずに奴は町田を出ちまう!」
さりとて、このまま十兵衛を去らせればすなわち、町田の敗北。
息が上がる。距離が詰まらぬ。
その時、マサは音を聞いた。それは後ろから、上から、左から。
徐々に轟音へと変わる音。
飛行機の音に似ていたが、もっと大きく、もっと早い。
「左から!失礼!」
彼の左、遥か上空を、凄まじい勢いで飛行物体が追い越す。
「ちょーっと目離してる内に、何勝手に一皮むけてやがんだ?え、コラ?」
マサの耳孔に埋め込まれた小型イヤホンから声がする。ウォーモンガーたみ子に渡されたものだった。
「十兵衛止めりゃいいんだよな?悪いけど、止めるついでにぶっ殺しちまうぜ、アーシが!」
16機のロケットエンジンが強引に束ねられたブースターが、ウォーモンガーたみ子を巡航速度2000km/hで柳生十兵衛に向かってぶっ飛ばす。彼女の小さな肉体を埋め込むように、その周囲を巨大な重メカニカル装備”メガロヴァニア”が囲む。
マサの視界からあっという間にたみ子は消える。マサのイヤホンはあくまで受信専用だ。
それでも。
「期待はしていなかったけど…信じてはいましたよ、たみ子さん」
マサが呟くと同時に、たみ子は歯をむき出して笑った。
(つづく)