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第七話 ともだち【柳生十兵衛がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!】

(これまでのあらすじ:百手のマサ、二兆億利休、マダム・ストラテジーヴァリウス、柳生ベイダー。四人の英傑は打倒十兵衛のための同盟を結ぶ。十兵衛暗殺作戦開始までのわずかな残り時間で悪夢堂轟轟丸の元に向かおうとするマサは、彼が率いる暴走族・霊義怨の二千万人は全て轟轟丸一人のイマジナリーフレンドだと知らされる)


「馬鹿な…!」

叫び声がマサの口から漏れた。

「イマジナリーフレンド…あれほどの数の実体が…!?」


「儂は一度、奴と会い過去を読んだことがある」

利休は静かに続けた。

「哀れな男よ。あれほどの精神具象力を、架空の友と走り続けることだけに費やしておる」

「それが…霊義怨の正体…道理で斬っても斬っても手応えが無いわけだ」

「ヌシはどうする?奴と再び会って、そしてどうするつもりだ」


マサは答えず、その場を去った。



深夜二時。大町田スタジアム跡地。


かつての国民的運動場は柳生朝による反スポーツ政策のために浮浪者と犯罪者のたまり場に堕し 、しかし今はそうしたあぶれ者ですらそこには近づこうとはしない。


町田最大の大暴走族、霊義怨の構成員たちがグラウンドから観客席まで、スタジアム一杯にひしめいていた。 霊義怨の定例大集会である。


マサがその敷地に足を踏み入れると、霊義怨の一団が反応した。

だが、マサに襲い掛かろうとした個体は彼の放つ剣気に呑まれ、その動きを止める。

彼の歩みに連れて、霊義怨の構成員たちは徐々に道を開け、やがて地割れのように二千万の構成員たちは二つに割れた。


無貌の兵たちを越えたその先に、Z2に跨る悪夢堂轟轟丸がいた。


二人の距離はまだ数百メートルは離れていた。

しかし、マサは轟轟丸の瞳をはっきりと見た。

あれほど寂しそうな目をした男を、かつての自分以外に見たことはなかった。

前の戦いの時に感じた感覚の正体はそれだった。この男は別の道を辿った自分である。


己は黒冥党に救われた。そしてウォーモンガーたみ子と出会い、今は二兆億利休、柳生ベイダー、マダム・ストラテジーヴァリウスと出会った。そして、今、自分自身が敢えて目をつぶろうとしていた黒冥党の男たちとの絆も、彼の中に蘇った。


彼はもはや孤独ではない。孤独でなければならない必要もない。


だが、奴はずっと一人で走り続けてきたのだ。自分と同じように仲間を求めて、自分とは異なり与えられなかった。


奴を救ってやる必要がある、マサはそう心から感じた。

そうしなければ己の中の何かが永遠に毀損されるだろう。


「悪夢堂轟轟丸ッッッ!!!」


マサは声を張り上げた。

構成員たちの動きがかすかに弱まる。

すう。大きく、大きく息を吸い込んだ。

今から男の啖呵を切るのだ。


「この百手のマサがわざわざもっかい喧嘩し直しに来てやったからよお!この前はナメた真似して悪かったからよお!キッチりケリつけて、ぶっ殺してやっからよお!潔くタイマン張ったらんかいコラァ!」


スタジアムを埋め尽くすバイクのエンジン音が、ゆっくりと静まっていく。

奴の目から、まっすぐ己を見る轟轟丸の目からマサは片時も目を逸らさない。

マサは真っすぐ、彼一人に向けて再び叫んだ。


「そしたらよぉ!タイマン張ったらよお!もうダチだからよぉ!もうこんな寂しいマネ、しなくていいだろがコラア!!」


静寂。


轟轟丸は動かなかった。

マサも動かなかった。


風が吹いた。

彼を囲む無貌の兵たちの体が、バイクが、ゆっくりと崩れ、粒子消失していく。


風が吹き終わったとき、二千万の構成員はどこにもいなかった。

二人の男だけがそこにいた。


深夜二時。大町田スタジアム跡地。

スポットライトを二人が照らす。


「随分寂しくなっちまったな、霊義怨の大総長さんよぉ!!タイマンにブルッちまったら、また手下よせ集めても構わねェぞォッ!?」

大声で轟轟丸を挑発しながらも、マサの心に轟轟丸への油断はまるでなかった。

二千万のイマジナリーフレンドを自在に操る恐るべき精神具象力。それは今、全て轟轟丸一人の身に戻り、そして自分一人を狙いとしていた。


轟轟丸がバイクのスロットルを大音量でふかす。

そして、それをものともせぬ声量で叫んだ。

「武ン武ン武武武ン!町田総本部!霊義怨!頭やってる悪夢堂轟轟丸だぁ!! 一人だけどよぉ…ビッとやってくからよぉ! 喧嘩ならいつでもやってやるよ!いつでも来いコノヤロー!ヨロシクゥッ!」

"野生のスピード狂い アクセルMEGA MAXで4649km/h"
"ザ速さ&ザ怒り ヤバイミッション" 

悪夢堂轟轟丸。


彼の心を覆う悪夢のベールは今や遂に剥がれた。

もはや、過去も幻影も彼の中にはなかった。今目の前に現れた、己の名を呼ぶ男だけが彼の心にあった。


その顔を一目見て、己の愚かさを痛烈にマサは悟った。


あわよくば奴を助けよう。仲間としよう。

この期に及んで、わずかでもそう考えていた己がいかに浅ましいか、痛ましく愧じた。男の心からの、痛恨の慚愧であった。


奴とはこの場で決着をつけねばならなかった。

それは奴をこの手でしかと斬ることだった。それとも奴に斬られることだった。

その二つには何の差もなかった。男と男が殺し合いの場に立ち、然るべき決着が為される。それだけが真実だった。


今この瞬間、マサには町田も十兵衛もどうでもよくなってしまった。 


轟轟丸の顔を、それほどまでに嬉しそうな奴の笑顔を見た瞬間に、マサは悟ったのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

朝日が二人を照らした。


「カッ、ハ…」

轟轟丸の口から、血が溢れた。

マサの刀が、その腹部に深々と突き去っていた。


二人の戦いは数時間に及んだ。争いの余波で、大町田スタジアムは今や完膚なきまでに打ち壊されていた。


轟轟丸の思念バイク弾の嵐を潜り抜け、遂にマサの刀が轟轟丸に届いたのだ。

二人の足元には剣属バットが転がる。無数の刀身は全て叩き折られていた。

轟轟丸がバイクから滑り落ち、マサの体へもたれるように倒れこむ。


マサの体には傷一つない。マサは一晩に及ぶ轟轟丸の猛攻を遂に全て防ぎきった。余裕の戦いではない。マサの全身から滝のように汗は流れ、かみしめた奥歯はひび割れていた。


そして、この戦いで最初で最後の有効打が、遂に轟轟丸に届いたのだ。


「ゴ…カハッ…!効いたぜ…マー君の…長ドス…」


マサが膝を着き、二人は抱き合うようにもたれ合う。負傷からでも、体力の限界からでもなかった。

「轟ちゃん…轟ちゃん…」

涙が止まらなかった。

そういえば、どうして自分たちは戦っていたのだろうか。

思い出せないが、きっと大した理由ではないだろう。


轟轟丸とマサはすばらしい時間を過ごした。

二人だけの、全てを出し尽くしてなお死なず、殺さぬ、どこまでも続く絶頂のような戦い。

戦いの間に二人はそう呼び合う仲となっていた。

マサは思った。兄弟はいた、仲間もいた。だけど、ともだちはコイツが初めてだな。


だが、今や決着は着いた。

朝が来た。夢はもはや醒めた。楽しい時間は終わりだ。


「轟ちゃん…」

マサの顔は涙と鼻水に塗れていた。

二人にとってこれが初めての、己と互角の男との命の奪り合いであった。

だが、轟轟丸もマサもわかっていた。

あるべき終局を迎えなければ、二人のこの時間が、闘争が、友情が否定されることとなる。

「マー君…」

「轟ちゃん…」

「やれッ!」

轟轟丸が吼えた。

「応ッ!」

マサが応えた。

轟轟丸の腹に刺さった刀を一気に振り抜いた。


悪夢堂轟轟丸は、その場に崩れ落ちた。

彼の悪夢も、そして夢も、朝日と共に消えていく。


冷たい朝の風が、涙で濡れるマサの顔を冷やした。心地よかった。

少しの間、マサはそこで立ち続けていた。


そして、サイレンの甲高い音が町田中に響いた。

『市民の皆さん こちらは 町田 市役所 です 

柳生 十兵衛 の 表敬訪問の 行程は 先ほど 全て 終了しました

帰り道にお住まいの 市民の方は 大至急 あきらめてください』


(つづく)

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