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センスとか才能とかについて。
デザイナーをはじめとするクリエイティブに関わる仕事をしている場合、必ず付きまとってくるのが「センス」とか「才能」というワードだと思います。
「あの人はセンスいい」
「才能があるからいいよね。デザイナーになれて」
「私にはデザイナーの才能がないから」
デザイナーを語るときに持ち出されるワードの定番だと思います。
もちろんセンスの良い人はどの業界にもいますし、持って生まれた才能の持ち主なんてのも一定数この世の中には存在します。
でもたかだかデザインの世界にそんなすごい人がいても、特出した業績や足跡を残すとは限らないし、ましてや世の中にその才能を天才だと認められ崇め奉られることは本当に稀なんです。
つまり誰でも努力し経験を積めば、世にいう天才とそんなに遜色のない仕事が出来る世界なんですよね。デザインの世界って。笑
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センスがないなら磨けばいいし、才能はなくても経験でカバーできる世界なので、自分がいかに成長してゆけるかが大事なんだと思うんです。
でも、そもそも「センスを磨く」とか「感性を育てる」とかって言ってる時点もうインプットを作業だと捉えちゃってる感じですよね。
なんと言っていいのかわからないんだけど、もっとパッションとか衝動とか欲求とか、しちゃう感じとか抑えられない興味とか、それがないと磨かれないし育たないような気がするんですよね。
要するにデザインやクリエイティブのインプットはどうしようもない衝動や欲求なんだと思いますから。
そしてひいてはそれこそが、センスを元々兼ね備えた才能に満ちた稀なデザイナーと遜色ないクリエイティブを生み出せる原因だし、本人の持つ資質を構築するものだと思うんですよね。
しかも、才能ある人がそれをやるなら、才能ない人がそれをやっても追いつかないじゃないか、みたいに思う人もいるかも知れませんが、それはもう馬鹿で無知で単純な人の戯言だと思ってください。笑
そもそも才能に上積みなんてものは存在しないので、才能ある人が努力をしてもっとデザインの才能を上積みするなんてイメージはまったく生まれないのです。
良いデザインを生み出す、という事象のみがあって、そこに努力もせずに良いデザインを生み出せてしまう人か、努力を重ね経験を積んで良いデザインを生み出す人しかいないんです。
この場合クライアントにとってはどちらも良いデザインです。
そしてよくあることですが、クライアントは前者よりも後者のデザインの方が気に入る、なんてことは普通にありますからね。
何度も言いますが、稀にいる元々の才能によってセンスを発揮する人も、よくいる努力と経験を重ねてセンスを身につけた人も、良いデザインは生み出せるのです。
センスはパッションで磨かれるし、才能は努力が凌駕する世界。
それがデザインという職業の実態です。
なので今、初めてチラシの制作を社内で頼まれて頑張った成果物のセンスのなさに絶望しても、デザイナーとしてやっていきたいなら諦めないでください。笑
「こんな自分になりたい。」
「こんなデザインができるようになりたい。」
「このテイストを真似てこの成果物に命を吹き込みたい。」
そういう欲求や願望、そしてそれらを身につけたいという衝動こそが、5年後のあなたのデザインを見た人が「素敵!」「センスあるじゃん!」と言いながら絶賛してくれる未来に繋がる第一歩なんですからね。
良いデザインを生み出したいという衝動。
それさえ忘れなければ、才能なんて関係なく、才能ある人と同じ地平に立って活躍できますから。
どうか、皆さん、頑張ってくださいませ。
良きデザインを。
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