【レビュー】DECO*27 『アンドロイドガール』 (2019)
Artist : DECO*27
Album : アンドロイドガール
Release : 2019.05.22
Genre : Vocaloid, J-Pop, Rock
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「お前ごときがボカロをレビューするだと⁈」と言われても仕方がない。約3週間入ってから入部金500円が惜しいとか言ってその後出なかったボカロ愛好家サークルにいた頃がある。そこのメンバーたちは当然のごとく広いデータプールを持っており、ジャンルに対する愛情はもちろん、ボカロ音楽に対する各々の哲学があった。あまり参加しなかったMTGで、それでも韓国プロデューサーのCoa whiteを紹介していったことは幸いだと思う。復学したら入りなおそうかなあ…。
わざわざこんな話から始める理由は、一つ、本作の感想文を書くのにあたってぼくが’ボカロ’よりは(こんな用語があるのかも不確かな)’サブカルチャーポップ’としての正体性の方を重んじると思うからであり、二つ、’ボカロ’的な要素に触れるところで、実際のボカロ愛好家たちが持つ哲学と会わないかもしれないと思うからであり、三つ、ただ僕の世間話を披露したかった…。
さっきから言ってるように、僕自身ボカロシーンにそんな大きい関心を持つわけではないので、有名なボカロ名曲とかもほぼ知らない状況である。そんな絶望的な背景知識の中であっても、DECO*27さんの名声は知らずにいられないほど有名である。結構昔から活動したベテランプロデューサーで、恋のときめきや別れの傷など繊細な心理の曲、最近に至るともう少しパワーフルでキャッチ―なヒット曲も作り出す、多作とクオリティーを同時に維持するこの地の代表的なプロデューサー。
そんな人の最新作が、僕には初めて聴いた彼のアルバムである。
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”J-Pop!”といえばどんな音が浮かぶだろう。いろいろあると思うが、厚いエレキギターを中心にキャッチ―なメロディーのボーカルを載せるサウンドもその連想のメインにあると思う。ほぼ70年以上やり続けたサウンドからまたどういうキャッチ―さを発掘するのか、どう変奏するのかによって、歴史のデータベースを総合し導出した新たな名曲になるか、ただのマンネリ化したルーズな曲になるかが決まるだろう。
聴者各々がどう感じるかは知らないが、とにかく本作はそういうサウンドで満ちていて、僕はその収録曲の大半が素晴らしい完成度を誇ると考えるうちの一人である。
タイトル曲〈アンドロイドガール〉から見てみようか。イントロから速くて正直なリーフの上でボーカルサンプルの破片で色を出し、後ろでかすかに聞こえたピアノはブリッジで急に再登場して曲に落差をつける。ヴァースの初めにはボーカルの韻を使って、本来こういう速いBPMでは出会いにくいグルーブ感を形成する。サビに至ってはキャッチ―なメロディーで疾走していく中でもやはりこの韻律でグルーブを生み出す。この作りが新鮮かと言うと、そうではないだろうが、とにかく上出来じゃないか。アンドロイド化した少女が信じて愛した「君」に対する愛憎をもって復讐するというストーリーもボカロナンバーにおいては普遍的な設定だが、この完成度が説得力を付与するならば、まあいいじゃないですか。
最初から聴者を引き付けるタイトル曲〈アンドロイドガール〉を超えて、5番目のトラック〈乙女解剖〉までの前半は本当素晴らしい名曲の連続である。〈スクランブル交際〉の密度高いコンパクトな展開と、〈モスキート〉の観照的でインパクトのある歌詞など、各曲の長所が圧倒的に感じられる。
そう言った名曲の連続の中で、僕が選ぶ最高のトラックは、〈乙女解剖〉である。ブルースロックを軽く中和させたようなグルービーなリーフと、拒否感を感じるほど衝撃的な題名に合わせたように恐怖なぜんまいの音が、明るいコードの強調を闇へ引きずる。と思ったら、ヴァースが始まると強く奇怪的なベースでダンサーブルな雰囲気を作り、初音ミクが急にトラップビートに似合いそうなトリプレット・フローのラップを短く披露する際の衝撃はすごかった。曲が展開する度に変奏するリーフも楽しいし、わざと走らなくてもずっと積んできたグルーブで勝負するサビ、ブリッジで入るキーボードの演奏などはその時その時聴者を感嘆させる。セックスフレンドとのアグレッシブなやり取りとみられる歌詞がアルバムになじめる理由は、アルバム全体を貫通する感情の混乱に関するいろんな比喩の中で一番急進的な(?)パターンとして読み取れるからじゃないか、と考えられる。ただ、この衝撃的で生々しい題名は話者の感情へと吸引させやすい効果があるとはいえ、わざわざ論争の余地のあるその題名にしなければなかったのかは疑問。
その他にも〈人質交換〉でアコギのサンプルを使って哀愁のあるヒップホップループを作り、それをまたロックサウンドに会合させたところ。〈シンセカイ案内所〉でのチップマンクエフェクトとPBR&B風のローファイシンス。〈夜行性ハイズ〉のピッチキーを使ったドロップの斬新さなど。サブカルロック(*このワードを使ってもいいのかは迷っているが)のスタンダードに充実しつつもこういう実験を交えることで、もう少し独自化されたナンバーを作り出した。
あと、この一文にまとめるのもしゃくだが、ボーカロイドのパフォーマンスがプロダクションと相当自然に調和することも特記すべきである。
アルバム全体では愛を知ってしまった人たちの混乱な心境が絶望的な文体で描かれる。〈アンドロイドガール〉では復讐を決め、〈少女解剖〉では感情と快楽の間で迷い、愛した記憶を持って〈人質交換〉を試し、〈シンセカイ案内所〉では「君と重なりたい人生だった」と言いながら人生2周目へと旅立とうと、つまり自殺まで目論む話である。それぞれ別々のエピソードであるにもかかわらず、結局同じ流れにあると感じられる。それはたぶん愛から起こる混乱と苦しみがみんな共感できる、似ているものだからだろうか。なら、このエピソードの統一感は各話者に対して苦しみの価値が薄まる悲惨な感想だろうか、それとも共感で立ち直れる希望だろうか。
DECO*27自身の曲名と歌詞を引用しながら愛を謳うファンソングである最後のトラック〈愛言葉III〉は、その愛への価値判断を「バカ」とコメントしつつも、これら物語に積み上げられた人生に感謝しながらアルバムを締めくくる。ありふれた結論かもしれないが、9トラックにかけて話した迷えるエピソードらを著者自身の物語としてまとめるのは、ボカロファンだとなおさら幻想的な装置ではなかったかと考えてくる。
惜しい場面もある。ヒットシングルを集めたような直観的な構成は一曲一曲に楽しみを与えるが、強いテンションばかりで、そのバランス調整が少しほしかった。そして〈サイコグラム〉のようなトラックは心的混乱の頂点に立ついわゆるヤンデレ的な執拗性・攻撃性を描写するが、そこでむしろキャラクターとプロダクションが平らになってしまうところもあった。特にそれが〈シンセカイ案内所〉でサウンド的にもストーリー的にもハイライトを取った場面の後だったのでもっと惜しく思われる。そして、つい前の段落で好評した〈愛言葉III〉での著者の登場も、その締め方自体は劇的でも、それが果たして説得力のある結末だったというところでは論争する余地があるだろう。
にもかかわらず、各トラックのポップさ緻密性、絶妙にデコられたサウンドの実験性、感情とストーリーの統一性などが完成度よく集約されている素晴らしいアルバムだということは否定しにくいだろう。
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これからもっとたくさんのボカロアルバムを聴かなきゃ。それらを積み重ね、もっと多くのデータベースを持ったところで本作を聞き直すと、どう再評価できるだろうか。また(本土の日本でも大衆に主要として受け入れられるジャンルではないだろうが)自分の国ではすごく不慣れなボーカロイドジャンルが、ほんと全然聞いたりしなかった聴者層、普段からサブカルコンテンツを楽しむヘビーリースナー層、そして全ジャンルを聞き入れている音楽-インテリ層からそれぞれどんな感想が出るだろうか、気になる。
おすすめ度:★★★★(8/10)
おすすめ一曲:〈乙女解剖〉