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研修医時代に学んだ「焦らないこと」
先週末は医師国家試験でしたね。
受験生の皆さん、お疲れさまでした!
国家試験に合格すれば、次は研修医ですね。
ちょうど放送中の研修医ドラマを見ながら、「私にもこんな時期があったなあ……」と懐かしく思い出していました。
今回は、特に忘れられない、今でも大事にしている経験を振り返ってみます。
それは研修医1年目の秋、小児科をローテートしていた時のことです。
指導医とともに、外来から病棟へ戻る道を歩いていました。
「今日は大変だったね」
「そうですね」
当時の指導医は穏やかな先生で、怒るどころか、大きな声をあげるのさえ、1度も見たことがありませんでした。
その日は緊急入院が続き、目が回るような1日でした。
気がついたら夕暮れ。
指導医と一緒に病棟で回診して、カルテ書いて、あと残ってる業務は……そんなことを考えていると、指導医のPHSが鳴りました。
「はい。…………えっ」
指導医の顔色が変わりました。
電話の内容は分かりませんでしたが、何かが起きたんだ、ということがわかりました。
「すぐ行きます」
電話を切った途端、指導医はものすごい勢いで走り出しました。
何が起きたかを聞く暇もありませんでした。訳も分からないまま、指導医の後を追って走ります。
階段を駆け上がり、廊下を走り、着いたのは手術室でした。
手術室?
なぜ?
指導医はためらうことなく、とある手術室の中に入っていきました。
「先生!!」
中にいた先生が、指導医に気づいて顔を上げました。
その先生は、産婦人科の先生。
「お母さんは大丈夫です、ベビーはそっちで看護師が」
「はい」
産婦人科の先生が視線で促す先を目で追い、私は頭の中が真っ白になりました。
看護師さんが、生まれたばかりの赤ちゃんに心臓マッサージをしていたのです。
「代わります、どいて」
指導医はすぐに場所を交代し、心臓マッサージを始めました。
私も行かなきゃ……。
そう思いましたが、体がすくんで動けなくなりました。赤ちゃんの心臓マッサージって、どうするんだっけ……この後って、何をどうすれば……。
私だけではなく、看護師さんも動揺し、動けなくなっていたような気がします。
その時でした。
赤ちゃんから視線を外さず、しかし、指導医はかつてないほどはっきりした声で、全体に言いました。
「落ち着きましょう」
その言葉はゆっくりでしたが、力強さに溢れていました。
あんなに効果的な言葉を聞いたのは初めてでした。
緊張と焦りで乱れていた雰囲気が、そのたった一言で、スッと落ち着きを取り戻したのです。
皆が落ち着いたのを確認してから、指導医はテキパキと指示を出し始めました。看護師さんや他のスタッフにも、もはや全く焦った様子もありません。
すぐに他の先生も合流し、その赤ちゃんは息を吹き返しました。
高次医療機関に搬送されることにはなりましたが、無事だったのです。
「先生、すごいですね」
搬送を終えて帰ってきた指導医に、私は半ば呆然として言いました。
今まで見たことがある穏やかな様子とは、まるで違ったからです。
しかし、指導医は「そう見えた?」と笑うばかり。そして秘密を明かすように笑い、
「ああいうのは久しぶりだから、本当は手が震えるぐらい緊張してたよ」
「そうなんですか!?とてもそうは……」
「いいかい、先生。医者は焦っちゃ駄目なんだよ」
「焦っちゃ駄目?」
「そう。医者が焦ったら、みんなが焦ってミスをする。大変な時こそ、指示ははっきりと、分かりやすく。自信を持って言うんだよ」
2年間の研修生活を終え、私は呼吸器内科医になりました。
もちろん、最初の頃は大変なことばかり。
何度も「どうしよう」「もうダメかもしれない」という経験をしました。
しかしその度に、この時の指導医の言葉が脳裏に浮かんだのです。
私は焦ってはいけない。
私が、焦ってはいけない。
緊張で震えながらも深呼吸して、色々な人の力を借りて、なんとか越えてきました。
研修医の皆さんも、いつか、大変な経験をする日が来るでしょう。
でも、どうか焦らず。
落ち着いて、頑張ってください!
皆さんと一緒に働ける日を、楽しみに待っています!