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自律と規律
年明けに2本、「教育」という似たテーマでありながら、中身は対照的な映画を観た。どちらもノンフィクション。
「小学校〜それは小さな社会〜」
「型破りな教室」
「小学校〜それは小さな社会〜」は日本の公立小学校の日常を追ったドキュメンタリー。日本人の多くが辿ってきた小学校生活の風景であり、特に斬新なこと、目新しいことはないかもしれないが、今一度客観的に日本の教育を見つめ直す、重い映画だったように思う。下記、映画館横に貼ってあったコメントの一部を抜粋。
日本人の国民性を理解する重要な手段の一つだと思います。
変わらなければいけないことも確かにある。けれど、大切にしていくべきものもある。
つい世界と比較して日本の教育を批判してしまうけれど、今ある教育にもたくさんの魅力が詰まっている。
整列や時間厳守、運動会や発表会といった催しものの練習(練習という名の見た目はやや軍隊)、委員会の当番など、日本の公立小学校を育ってきた自分たちからすると、当たり前のように過ごしてきた日常が写されているのだが、いまこうして客観的に観ると、異常さを感じる面もあれば、それによって、日本人の民度の高さが育まれているということも思い知らされる。
対して「型破りな教室」は、子どもたち自らの「知りたい」「学びたい」という意欲を引き出そうと、試行錯誤する先生とその生徒たちの様子を描いたもの。舞台はメキシコ。日本でも良くある全国統一テスト的なもので、成績上位を輩出するために、そのテスト対策のためだけのカリキュラムを組む学校と、そんなカリキュラムを一斎お構いなしに独自の授業を進める先生。結果的に統一テストでは、その型破りな授業を受けたなんの取り柄もないと思われていた生徒たちが次々に全国トップの成績を収めることに。ただ、その過程でいろんな重たい出来事も生じるのだが、それは映画のネタバレにもなるためここでは割愛。
「型破りな教室」のような映画が公開されると、「やっぱり海外は、日本よりもっと自由に、そして子ども一人一人が尊重されて、有能な人財が育っていくんだ」みたいな結論に持っていかれがちだが、「小学校〜それは小さな社会〜」も併せて観ることで、より奥行き感が増していくように感じた。
よく対立構造として、「自主、自律」と「厳格、規律」的なものを論じられるが、決してこれらは相反するものでも、どちらかが絶対的に正しいものでもないということを肝に銘じておきたい。10対0では絶対にないし、かといって5対5でもない。「自律」と「規律」の間を行ったり来たりするジレンマ、バランス感覚に先生や指導者という立場の人は価値観を置いていけるようになっていかなければいけないのだと思う。
最後に、それぞれの映画で印象に残ったセリフ。
・日本の集団性の強さと協調生は諸刃の剣。
・私の学習を唯一妨げたものは教育だった。
ぜひ、子どもに携わる仕事をされている方々には2本セットで観てほしい映画でした。