大きな決断をする際に必ず言われる「もったいない」とどう向き合うべきか考える
これまでの人生を振り返ると、周りの人から「もったいない」と言われ続けた人生だった。
国立大学を辞めるとき、内定を蹴ってフリーランスを始めるとき、ネットワークがほぼ出来上がった地元を出るとき。
大きな決断であればあるほど、周りから「もったいない」と言われてきた。
「もったいない」の正体
色んな理由があると思うが、もったいないと言う理由の1つには「自分の想定する範囲外のこと」だからという側面があるのではないかと思う。
長年同じ環境に居続けた人からすると、慣れ親しんだ環境の外に出ることは想定の範囲外。イメージできないことばかりだから批判するしかないし、肯定する要素がない。
だから、「もったいない」という言葉でコーティングしてしまう。
点でしか見えない世界
いくら本人が悩みに悩んで出した決断だとしても、周りからは「違う選択肢をとる」時点しか見えない。
本人としては過去の点と点が太い線となって未来が見えているのに、周りからは線を分断するようにしか見えないのが難しいところ。
そもそも、大きな決断をする前には本人が一番悩んでいる。
「この選択をしたらどうなるのかな?」「このタイミングでアクションすべきなのか」何度もシミュレーションを重ねて出した結論のため、報告されたときには時すでに遅しである。
周りがとやかく言う問題ではない
自分の人生を振り返って、「あのときこうしておけば良かったな~、もったいなかった」と思う分には何ら問題はない。過程も結果も見えている本人だから。
一方、他人に向かって「もったいない」というのは少し的外れな気がする。
同じ環境に居続けるのも違う環境に飛び込むのも、全てその人の責任。良い悪いは本人が判断するだろうから、他人がどうこう言う話ではないはず。
もちろん、「どうしようか悩んでいます」と相談されたら、相談者の立場に寄り添って考えればいいけど、報告を受けたならもう受け入れるしか道は残っていない。
経験は財産として残る
日本で活躍してメジャーリーグの舞台を選んだ人たちがこれまで何人もいた。大谷選手のように大活躍している人もいれば、メジャーの舞台では全然結果を残せなかった人もいる。
活躍した人は当然ながら、活躍できなかった人も「メジャーに行って良かった。本場の環境を経験したことが今に繋がっている」と口々に言う。
事実、プロ野球の指導者として活躍している人の多くがメジャー経験者。日本とアメリカを経験したからこそ見えてきた指導の形が、今の時代に合ったコーチングとなっているんだろう。
詳しくは知らないが、みんな「日本にいれば地位が確立されるのに。ここまでやってきたにもかかわらずもったいない」とか言われたと思う。
自分の信じた道を行く
全然話は変わるが、僕は今「成瀬は信じた道をいく」という本を読んでいる。
シンプルに自分の信じた道を行けば良いと思わせてくれる本。突き進んだ後に振り返ると、自分独自の道ができる。
ブレずに行動し続ける人の周りには人が集まってくるから、大丈夫。そんなことが書かれている気がする。
決断や周りの人からの声に通ずるところがあると思うので、気になる人は前編からぜひ読んでほしい。
応援者であれ
僕は今まで好き勝手決断してきた分、周りから報告されたときには素直な気持ちで応援できる人間でありたいと思う。
「ええやん!おもろそう!良い経験になりそうやな」
悩んでもがいて葛藤して決断したんだから、素直に応援する。他の人が何と言おうが報告を受けたときには背中を押せる人でありたい。