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取材を通して伝えてきた岸田さんの音博への思いと音楽への愛 〜ALKOTTO編集長による京都音楽博覧会レポート(承)〜

前回の記事でくわしく紹介した2011年の初参戦以降も、京都音楽博覧会はぼくにとって、本当に祇園祭や地蔵盆のような恒例行事となり、コロナ禍でのオンライン開催含めてほぼ毎年参加してきた。10年前の2014年の音博では、次男坊も参戦。同時に、ぼくが編集と記事執筆を担当している外国人観光客向け英字フリーペーパーENJOY KYOTOで、くるりに初めて取材させていただいた直後の音博だったこともあり、とくに思い出深いものになった。この号は「京都の音楽を海外の人に届ける音楽観光」みたいなテーマで編集したもので、いま流行りのフェス観光の先駆けだったといえるかもしれない。第一章で登場するつじあやのさん、10 -FEETにも取材させていただいた。

新京極の誓願寺でのイベントのタイミングで取材をセッテイング、ここからのご縁でした。

とくにこの年はイギリスからはペンギンカフェ、サム・リー、アルゼンチンのトミ・レブレロ、レバノンからヤスミン・ハムダンなど、とりわけ国際色豊かな音博でまさに京都音楽博覧会との名にふさわしい回であり、それゆえ京都の外国人観光客向け英字フリーペーパーで取材するのにこれほど適した音博もない、との思いでオファーしたのだった。当時もまさかOKが出るとは思っていなかったのだけれど、さまざまな方の尽力と、なにより岸田さん、佐藤さん、ファンファンさんはじめ、当時のくるりのみなさん、そしてそのほかのミュージシャンの方々も同様に「京都を盛り上げたい」との思いもあって実現したのだと思っている。

またそこから2年後の2016年は直前に市内某所で岸田さんとプライベートでお話しさせていただく機会があり、仕事を離れて個人的な話を交わしたこともあって、ぼくにとって音博の趣旨や意義、岸田さんが音博を通じて届けたい思いをより深く知れた音博だった。それゆえ、Mr. Childrenのときにバケツをひっくり返したような大雨とともに雷鳴が轟き、途中で中止となってしまったことは、とても残念だった。ふたりの子どももまだ小さかったので京都水族館の屋根のある場所に避難して待っていたところで中止という非情なアナウンスを聞きながら、ぼくはあのふたりでお話したときに、音博への想いを語っていた岸田さんの顔を思い浮かべていた。

Mr. Childrenのあとには、ウィーンのオーケストラを招聘してのくるりの演奏が控えていただけに、岸田さんもさぞかし悔しかったことだろう。急遽バックステージで即興のコンサートを行い、その様子を配信されていたことに、どうしてもこのセットでの演奏を届けたかったという強い想いの一旦が伺えた。そして、あの急遽の配信を実現されたスタッフの方々もまた、岸田さんと同じ想いだったのだろう。ぼくも裏方の端くれとしてその気持ちはよくわかった。またいつかの音博で、あのメンバ―での演奏を聴ける日がくればいいなと、ぼくはひそかに思っている。

その後も、岸田さんには節目節目で、ことあるごとに取材をさせていただく機会があり、岸田さんが京都精華大学の客員教授に就任された際のインタビューも、東京都内の某スタジオでさせていただいた。

その一連の取材では、同じく京都精華大学内にある佐久間正英氏が作られたMagi Sound Studioで「コトコトことでん」のレコーディングの前のセッションのようなものの現場(たしか授業として行われたもの)に立ちあわせていだたいたこともあった。ちなみにこれはぼくが書いた記事ではなく参加した学生が書いたものだったと思いうが、スタジオでの様子がわかりやすいのでここでシェアしたい。

生で聴く、岸田さんのギターの音、佐藤さんのベースの音、クリフ・アーモンドのドラムはとんでもないものだった。ぼくが高音質なイヤフォンよりも、たとえしょぼいスピーカーであっても部屋で大きな音を鳴らして、空気を震わせて聴くことにこだわるのは、あのスタジオでの音楽体験が大きいかも知れない。

それから京都芸術大学(当時は京都造形芸術大学)の京都伝統文化イノベーション研究センター(通称KYOTO T5)のウェブサイト用の記事として、京都の三味線職人である野中智史さんとの対談をセットさせていただき、取材と執筆も担当した。じつは野中さんは昨年惜しくも若くして亡くなられたのだが、その際も岸田さんから哀悼のメッセージをいただいた。この記事は岸田さんの数あるインタビューのなかでも、他に類を見ないタイプのもので個人的にも気に入っている記事なので、この機会にみなさんにも読んでもらえるとぼくもうれしいし、天国にいる野中さんもきっと喜んでくれることだろう。(#12〜#20までが岸田さんと野中さんとの対談記事)

あじき路地での取材でした。いまは亡き野中さん、岸田さんとの対談をめっちゃ喜んでくれたっけなあ。

さて、振り返りはここまで!ずいぶん前置きが長くなってしまったが、こうしたご縁もあって、今回の京都音楽博覧会2024の開催にあたって、ぼくが京都外国語大学の学生と協働で運営しているメディアALKOTTOにおいて、開設されたばかりのYouTubeチャンネルの番組への出演オファーをさせていただいたのだった。以前の取材からずいぶん時間が経っていたことや、収録の時期がライブツアーと音博の準備でお忙しい時期と重なることもあり、またそもそも影響力のごく小さな言ってみればアマチュアメディアであることもあり、正直なところあまり期待はしていなかった。
しかし、呆気なく学生たちの願いは叶ってしまう。ほぼほぼ即答でご快諾いただき、マネージャーさんとのお打ち合わせを経て、とんとん拍子に話は進んでいった。
まずは京都の外国語大学で観光を学ぶ学生ということもあり、音博の中でもとくに「学割チケット」や「ホテル宿泊付きチケット」のCMを作成し、instagramのリール動画にして流した。また「京都駅から梅小路公園まで歩いてみた」というリール動画も作成した。

「ALKOTTO制作 リール動画:学割チケットCM」

「ALKOTTO制作 リール動画:ホテル宿泊付きチケットCM」

「ALKOTTO制作 リール動画:京都駅から梅小路公園まで歩いてみた」

そしていよいよYouTubeの収録が、京都市内にある撮影スタジオ Studio Aotoで行われる。収録は9月の半ばで数年前なら音博が開催されていた時期であったが、まるで真夏のようなひどく暑い午後のことだった。そのインタビューについて、くわしくはこちらの記事を読んでもらったり、YouTubeの動画を見てもらったりすればお分かりいただけると思うので、ここでは割愛するが、ぼくがこれまでの過去の取材で伝えてきた「音と音楽のよろこび」「創作者としての哲学」そして「音博の意義」を、ご本人の表情を添えてダイジェストにしたような内容になっていると思う。

時間が限られていたこと、不慣れな動画メディアということもあって、逆にいえばこれまで記事で書いてきたような深く掘り下げる内容にはできなかったという反省が個人的にはある(音バランスの調整も。すみません!)。でもそれはあくまで「もの書き」としての視点からである。むしろ、いわゆるプロのように編集・加工によるわかりやすさや「ながら見のしやすさ」などに逃げず、まるで岸田さんの講義に潜り込んだかのような「学生との対話」というフォーマットにおいて、岸田さんの生の言葉をダイレクトに届けられた、という自負はあるにはある。noteは残るものの、YouTubeの動画はいろいろ事情もあって「1ヶ月の期間限定公開」ということになってしまうけれど、この機会にできるだけ多くの人に観てほしい。


とにかくそんなこともあって、今年の音博もまた、これまで以上に特別で感慨深い音博になることは、もうこの時点で必然だったのだ。そして実際にその予感は、予感以上の手応えを伴って、この収録からおよそ3週間後にぼくらにもたらされることになるのだった。次回はいよいよ(というかようやく)正真正銘、今回の京都音楽博覧会2024のレポートをお届けするのでお楽しみに!

岸田さんとのトークを終えてからのメンバーでの打ち上げ。


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