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小説まがい
を書いていた。わりと最近まで。
文章には文体がなにより大事だと思っていた。文章の内容よりもね。
その文章の顔となる文体。
その文章の個性ともいえる。その文体をAIがあっけなく模倣するようになった。
例えば、誰々風に書いてと打てば30秒かからず文章が出来上がる。
それで書くことはやめた。
小説は嘘をいかに本当のように書けるか。それも大事だ。
そのため文章の練習と、エッセイやエッセイ風な小説などいくつか書いた。削除しているけれども。
けどエッセイとは名ばかりで出鱈目ばかり書いていた。なにしろ文章の練習である。何を書いても辻褄を合わせるのも練習だ。
出鱈目を書くときはいつも、私、と一人称を使った。
自分のことを一度でも「私」などと呼んだことはないのだけど。
だいたい、いつも「わし」
親に叱られたりすると、わしじゃねえわ、と言い返す。あまりきれいな言葉だとは思わない。東京からこっちにきた人に、もろにこっちの方言を喋ると、ちょっと引かれる。
だから普段は標準語を喋る。
義父もエッセイや小説に登場させたが、義父などいない。母と弟の三人暮らし。自分が大阪に行くまで。
出鱈目エッセイでも別によかったのだけど、音楽配信きっかけに、本当のことを記事にしても良いかというふうに考えが変わった。
前は写真なんて載せなかった。公園の記事を書いても。
わしの音楽のことについて。
一番最初に買ったCDはブルーススプリングスティーンの「ネブラスカ」
我ながら渋い、と思う。これは友人の影響。
高校の頃、音楽狂の友人がいた。そいつの部屋にはCDが、棚からあふれ床にも足の踏み場のないほど平積みしてあった。
アコースティックギターで、ハーモニカが入っていて、土着的で、落ち着いた雰囲気の曲、そんな曲を聴かせてくれと言うと、このアルバムを聴かせてくれた。気に入って自分でも買った。
二十代、聴いていたのは洋楽がほとんど。洋楽でもハードロックなどには惹かれなかった。フォーク、なかでもアメリカ民謡などの牧歌的なものに惹かれた。ニールヤング、ライクーダーなんか。住んでいるのが山奥の田舎だったから、牧歌的な歌が肌に合ったのかもしれない。
17歳でギターを買った。お年玉で。稼ぎは母親1人。なので買ってとは言えない。親戚がくれるお年玉だけが頼りだった。
YAMAHAのアコギ。正月に一万いくらで買った。
そいつを毎日かき鳴らしてギターの弾き方を覚えた。
すぐに弾けるギター本、みたいな本を買ったが、本に載ってる歌に興味がないため練習意欲が湧かない。
代わりにブルーススプリングスティーンのヒット曲を集めたバンドスコアを買い、アルバム「ネブラスカ」に収録してある曲を練習した。
ブルースの歌のコピーも長続きしなかった。コードを四つ五つ覚えれば歌は作れる。オリジナル曲作りのほうが楽しくなった。
その後、何年かしてコピーした曲はブランキージェットシティーの「胸が壊れそう」
ベースで遊んでた弟とバンドを組むことにしたためだ。
弟も自分もブランキーにハマっていた。服装も身体にピタリとした革ジャンなんかを着ていた。
ただギターといっても何を弾いてるのか、わけがわからんのでアルバムのタブ譜を買って真面目にコピーした。
ピアノ教室にも通った。3ヶ月ほど。楽譜の読み方や、理論など基礎的なことを教えてくれるよう頼んだ。良い先生で色々と教えてくれた。自作曲のアレンジも頼んだこともある。なので普通にピアノを習うようには習ってない。曲とかも覚えてない。
バンドもいくつか組んだ。
弟と組み、友人と組み、短い期間だったがネットのメンバー募集で集まった人らとジャズバンドを組み、そのあとブルースバンドを組んだ。
今は1人でやっている。今はおもうが、1人が良い。
スタジオでやるのもそれはそれで楽しいけど。それぞれ仕事があれば練習時間が合わなかったりする。休みの日は家でゆっくりしたかったりね。
ルーパーがあれば良いなぁとか思うようになって、買ってきて始めた。
あとアプリもあるし。スマホアプリで曲を録音できる。
今のところそれで満足。