旅行記⓵
二年前、オランダに住んでいた時に、一人でクリスマスマーケットを周る旅をした。初めての一人旅が異国の地を巡るものというのは今思えば、まあ、クレイジーというか、いろんな段階を飛ばしすぎだろうとは思う。この記事はその時の備忘録だ。二年も前の記憶を頑張って掘り起こしながら書くため、更新も遅いし、中身もあやふやだ。悪しからず。
十月、クリスマスマーケットを巡る旅をしよう。そう思い立った。同じクリスマスマーケットというイベントでも、国によっては何かしら違うかもしれない。そんな考えからだった。
十一月中旬、ようやく旅行計画を立て始めた。遅い。あまりに遅すぎる。ルームメイトに
「クリスマスマーケットの時期はユーロバスは値上がりするから早めに取りなさいよ」
と言われていたではないか。アホなのだろうか。アホなのだろう。ギリギリにならないと行動しない私の悪癖が存分に発揮された。
とりあえず、ヨーロッパのクリスマスマーケットを片っ端から調べ、行きたいところにGoogleマップで旗を立てまくった。するとドイツ全土に旗が立った。当たり前だ。日本で夏祭りをやってる地域に旗を立てても同じ結果になる。だが、当時の私は「えー、こんな散らばるの〜」などとほざいていた。
せっかくならドイツ以外のクリスマスマーケットも行きたい。しかし、バイト先に申請した休みは一週間。
完全に自業自得な縛りの中、うんうんと散らかった部屋で頭を捻らせ、どうにかスケジュールが完成した。
11.30
アムステルダム
↓(電車で移動)
デュッセルドルフ、ケルン、ボン。
↓(深夜バスで移動)
12.1
ミュンヘン
↓(深夜バスで移動)
12.2
ミラノ
↓(深夜バスで(以下略)
12.3
↓(深夜バス(以下略)
パリ
↓(深夜(以下略)
12.4
ブリュッセル
↓(深(以下略)
アムステルダム
出来上がってびっくりした。ホテルに一泊もしないのだ。節約のため夜はできるだけ移動に当てよう。どうしても無理な時にホテルに泊まろう。と考えていたのだが、まさか一泊もしないとは。自分の隙のない(?)旅行プランに思わず舌を巻いた。
そして旅行当日、
服装はヒートテック二枚とパーカー、トレーナーを重ね着にウィンドブレーカとマフラー下は普通のジーパン。荷物は肩掛けバッグに財布、パスポート、ハンカチ、ペン、スケジュール帳、スマホ二台(どっちもwifiがないところで使えない。片方は4年間使っていて充電の減るスピードが異常に速い)、USBコード、歯ブラシ。
本当に四日間出かけるのか、お前。という荷物の量だが、一泊もしないので仕方がない。
そのまま、モバイルバッテリーも持たずに意気揚々と家を出た。充電がなくなったらユーロバスに乗れないというのに(ユーロバスは全てe-チケット)。
電車に乗り、チケットの確認が終わるとスマホの電源を切り、そのまま爆睡した。車窓の景色を楽しむなんて考えは一切なかった。まあ、朝早くて眠かったし。
目を覚ました時にはもうドイツに入っていて、次の駅でデュッセルドルフだった。流石に二度寝することはなく、景色を見たり、再度荷物チェックをした。
駅に到着して、意気揚々と降り立とうとした瞬間。
「マスクをしなさい‼︎」
ホームにいたお爺さんに怒鳴られた。
「ドイツではマスクをしなさい‼︎」
言われて、ちらりと同じ駅で降りる人たちを見ると彼らはマスクをしていた。ずっとマスクなし生活だったから油断していた。マスクなんて持ってきていない。
「そうだったんだ、知らなかった。教えてくれてありがとう」
と言い、マフラーで口元を隠し、ホームに降りた。まいったな。とりあえずすぐにマスクを調達しねば。と駅を出た。空気はほんの少し冷たく、空は灰色の雲で覆われており、街中全体が薄暗い。そして、驚くことに六割、いや、七割ほどの人々がマスクをしていない。マスクしとらんやんけ、さっきの爺さんは何なんだ!と、口元を隠すのをやめた。今思えば、あの爺さんもマスクをしていなかった。本当に何だったんだ?
駅を出てすぐの場所に二軒、可愛らしい出店が出ていた。片方はチョコレートのお店、様々な種類のチョコレートが並んでおり、店の脇には『メリークリスマス』と書いた大きなハートの書庫レートがぶら下がっていた。おお、もうすでにこんな可愛い出店が。こりゃ期待できるぞ。と、事前に調べていたクリスマスマーケットに向かった。しかし、そこに出店は並んでいるものの、全て閉まっていた。まだ時間じゃないのかと出店に貼ってある張り紙を見た。
(十二月一日からの開催です)
ばーーーーーか。
いや、ほんとにバカである。事前に調べていた。十二月からだと知っていた。ではなぜ、こんなミスをしたのか。
十二月からにすると交通費高いな。一日前倒ししてみるか。お、こっちの方が安い。よし、これで行こう。
というわけである。二週間前の私、本当にバカだ。よくもまあ、今まで生きてこれたな。
しかし、ここでくよくよするような人間ではない。というか、私バカじゃーん。くらいでさほどショックも受けていなかった。せっかく時間ができたしと、日本人街に向かったら、
「それでさー」
「えー」
日本語が聞こえてきた。
オランダに住み始めて約半年、今まで街中で日本語を聞いたことなんてなかったので、すごい!本当に日本人が多いんだ!と興奮した。日本語しかわからなくても生きていけるという噂は本当なのかもしれない。異国の日本人街という少々日本とも、他の国の街とも違う空気を味わいながら歩いていると、日本語の本屋を見つけた。閉まっていた。たい焼き屋を見つけた。閉まっていた。
ぐるりと歩いてみてわかった。全てのお店が十一時からだった。幸先良いな!よし、時間を潰そう!と近くのてきとうなパン屋に入り、サンタの形をしたよくわからない大きなパンとコーヒーを頼んだ。店内は外とは対照的に明るく、暖かい雰囲気だ。注文したパンというのがこんなに甘いパン、食べたことないぞ。砂糖の国からやってきたサンタなのかというレベルで甘かった。だが、普通に美味しかったので、窓際のカウンター席で、街ゆく人を見ながらコーヒーと一緒にゆっくり味わった。知らない土地の知らない店でのんびりコーヒーを飲む。案外、こんな時間が一番好きなのかもしれない。
結局、十一時なんてあっという間に過ぎ、街も人通りが多くなってきた頃に店を出た。
真っ先に本屋に向かった。元々、結構本が好きな部類ではあるため、ここ暫く、日本語の本に飢えていたのだ。店内は日本の本屋そのままで、日本語の漫画や小説が並んでいた。店員は多分日本人で、お客さんは現地の人もいれば、日本人らしき人もいた。そして、驚くことに、この前出たばかりのSPY×FAMILYの新刊が置いてあった。さすがドイツ。値段を見ると一〇ユーロ。日本の約二倍だ。新刊の内容は気になるが、帰国した際に弟に借りることにした。もう一つ驚いたものは、ワゴンに入っている割引された文庫本たちだ。日本の本屋で本が割引になることはない。日本人街の日本の本屋だったが、思わぬ形でドイツを感じることができた。
冷静に考えて、旅行初日に本で荷物を増やすわけにはいかないと特に何も買わずに本屋を出て、アジアスーパーに行った。入ってすぐにきのこの山やたけのこの里などのお菓子を見つけた。オランダのアジアスーパーは中国、韓国、東南アジア系のものがほとんどだったので、こんなにも日本のお菓子が並んでいる光景は新鮮だった。手狭な店内を、ぐるっと一周すると、脇の方に、お団子や桜餅などの和菓子まで売っていた。これが、日本人街の力…!と感心したが、別に日本のお菓子が恋しいとは1ミリも思っていないため、またもや何も買わずに出た。
想像以上にやることがなかったため、さっさと次の街、ケルンに行くことにした。ケルンまでは電車で行ったのだが、たった今、アルバムを見返したら知らない人のスマホのデュッセルドルフからケルンに行く電車の案内画面の写真があった。そう、私のスマホはwifiがないと使えない。そこら辺の人に尋ねて、その画面を撮らせてもらったらしい。全くもって覚えていない。恩知らずがすぎる。見知らぬ方(男性か女性かすら覚えていない)、本当にありがとうございます。
デュッセルドルフからケルンの車窓はちゃんとエンジョイした。というか、知らない国での短時間の移動で寝られる度胸は私にはなかった。景色は畑と家が主で、言い方は悪いがそれほど面白いわけではない。だが、その景色をぼーっと見つめる時間は、心穏やかでかなり気持ちが良かった。
駅を降り、マーケットの方面に鼻歌を歌いながら歩いていると、向かいからおじさんが歩いてきて、リズムをとってくれた。一言も交わさなかったが、すれ違いざまにお互い笑顔で親指を立てた。音楽が国境を超えた瞬間だった。
住宅街を抜けると大きな運河が、そしてその先には大きな教会のような建物が見え、ドイツっぽい!と胸が高鳴った。
橋の上からは、スケート場といくつかのクリスマスマーケットが見えた。老若男女がスケート場でスケートは勿論のこと、ホッケーのようなゲームをしたり、リンクの側で飲み物を飲んだり、各々の楽しみ方をしていた。その光景は昔に本で読んだヨーロッパのクリスマスの楽しみ方そのものであった。
マーケットは各街に一エリアとういわけではないようで、道路を一個挟んだ向かいとか、ちょっとモール街を抜けた先にもあったりした。とりあえず空いている土地に片っ端からクリスマスマーケットを置いているような印象だ。マーケットがない時期は何を置いているのだろう。
マーケットで売っているものはどれも魅力的だ。チョコレートやクッキーなどのお菓子は勿論。オーナメントにガラスペン、革細工のノート。ドールハウスのミニチュア家具。
私の感性にブッ刺さるものばかりだ。ミニチュア家具なんて、細工が細かく、クオリティがとんでもなく高い。コレクションして部屋に並べたい!でも、私は後数ヶ月でビザが切れるし、部屋にそんなスペースはない。というか今から後4都市も回る。絶対壊す!そしたら泣く!と唇を噛み締めながら我慢した。
ちなみに弟へのお土産としてガラスペンの購入を検討していたのだが、母に「あいつはそれの価値がわからないし、そういう情緒も持ち合わせていないからからやめておけ」と後日、言われた。そこまで言うか。
物欲に駆られながら、お店を見て回っていると、ガラス細工のアクセサリーのお店を見つけた。どこかのブランドなのだろうか、小トトロの形をした様々な色、大きさのアクセサリーが並んでいた。何がモチーフかはわからないが、とても可愛らしい。ネックレスはトップの大きさが大きく、お洒落に疎い私には少々ハードルが高い気がした。けれども、ピアスの方は大きさも小指の爪サイズで、これくらいだったら普段使いができる。カラーバリエーションが豊富でかなり悩んだのだが、赤色ベースで白が少し練り込まれいているものを選んだ。店員さんが袋に入れてくれたのだが、ピアスと同じ形のロゴの袋で、やっぱりどこかのブランドなのかもしれない。
可愛らしいピアスも購入して、街もぶらぶらして、いくつもマーケットを回った私は満足してボンに向かったのだが、ここで気になっている人もいるのではないか。
ケルン大聖堂は行かなかったの?
ケルン大聖堂とは、正式名称はザンクト・ペーター・ウント・マリア大聖堂。世界最大のゴシック様式の建築物であり、有名な観光名所の一つだ。
ドイツに住んでいた知人は、その美しさに圧倒され、帰国する際にこれだけはもう一度見なければと忙しい中にわざあわざ足を運んだ。私の祖母はあれほど美しい建物は見たことがないと言った。そして、ある人は日本に帰ってから思わず恋人を振ったという。
それほどにも有名かつ、壮大な美術作品とも言えるケルン大聖堂になぜ、私は行かなかったのか。答えはシンプルだ。
知らなかった。
今回の旅行の目的はクリスマスマーケット。そのため、クリスマスマーケット以外のことをまるで調べていなかった。ちなみに言うと、少トトロの形をしたピアスはケルン大聖堂のお土産だったらしい。旅行後にバイト先で友人に教えてもらった。観光名所に行かず観光土産を買っていた。ついでに言えば、ケルン大聖堂の存在もそこで知った。
ちなみに、別の同僚はそのピアスを見て、「何の形?うさぎ?え、これ教会なの⁉︎見えない!それは違う!」と言っていたので、このピアスから教会に結び付かなかったのは私は悪くないと思っている。
無知だとこういう損をする。
知識というものは人生を豊かにするのだなと身に沁みた出来事であった。
ちなみに、後日、ケルン大聖堂の写真を見たら二回ほど目の前を素通りしていたことがわかった。その時はでっかい教会だなー。としか思わなかった。どうやら私は芸術というものが理解できないらしい。