【過去連作】星降る国物語4 第一話 幼き星
「ん? また星降りか」
アンテは窓から差し込む星の光に一瞬目をやって書類に視線を落としたが、一瞬でまた窓の外を二度見した。
「星降り!? 誰が落としている?!」
「あちらは武術訓練場の方ですな」
指南役のユリアスの父親が言う。
「出てくる!!」
アンテは一言叫ぶと執務室を飛び出た。
「王もまだまだ若いですな」
指南役カエサルはほぉっほぉ、っと笑って見送った。
「男二人?!」
星の宮から駆け付けたミズキとともに武術訓練場へ向かった先には異母弟のジェトが少年を押し倒していた。
「男じゃねぇ!! 女だ!!」
ジェトに襲われている少年いやシェリティが乱暴に言い返した。
「女の子?」
ミズキは優雅に進むと少女の泥のついた顔に触れた。
「柔らかい。あなた名前は?」
「シェリティ。女が武術をして悪いか?!」
食って掛かる少女にミズキは髪を一なでして首を振る。
「おかしいことではないわ。私も踊り子だもの」
「正妃様」
押し倒していたジェトがアンテに首根っこをつままれて立ち上がった。
「し・・・しつれい・・・を・・を」
「かしこまらなくていいわよ。アンテの弟ね? 顔がよく似てるわ」
「で。どうしてこんな事態になったんだ?」
憤慨して外面をかけ忘れたアンテがジェトを叱り飛ばす。
「普通に剣を交えていたら俺が滑ってシェリティにぶつかった・・・」
「それだけでこんな盛大な星降りが起こるか!」
「アンテ。二人には何かあるのよ。幼い時に降ってはいけないの?」
「あるとも。多くの面前で姫君を押し倒し星降りなどおこしたら傷物扱いだぞ。左大臣家が何を言うか・・・」
難しい顔にミズキも納得する。どちらかというとアンテは右大臣側の人間だ。左大臣家とはあまりうまくいっていない。ここぞとばかり売り込んでくるだろう。
王家の血を引く人間を産めば政治に大きく影響を与えられる。ミズキはそういう点では異国のどこにも属さない女性ゆえ政局にはあまり作用しない。ただシュリンが右大臣家に嫁ぎ指南役にカエサルを置いているゆえミズキも右大臣派かもしれない。
そこへどすどすと左大臣がやってきた。
「シェリティ。無事か。この星降りはどなたと起こした?」
もう王家との星降りと決めかかってる。
シェリティは素直に答える。
「ジェトと剣を交えていたらジェトがすべって一緒に倒れて星がふりはじめました。お父様」
乱暴気味ではあるものの実家ではなんとか女性として過ごそうとしてるのだろう。かたかたと固まって説明する。
「なんとジェト様とか。めでたい。すぐに式をあげよう」
「ちょっと待て。左大臣。娘はいくつだ?」
「16になりました」
年を聞いてアンテは額に手をやって険しい表情を作る。
「ジェトは15だ。式は無理だな。こんな幼い年の子供を夫婦にできるか」
「ですが。星降りですぞ。きっと何かあるはず。それに押し倒されたというのでれば娘は傷物。どうしてくれましょう」
鼻息荒い左大臣にミズキもあとから駆け付けたシュリンもユリアスもアンテも絶句する。
おまけに星読みカエムと妻アフェラ姫もでてきた。
「星降りを確認した。だが双方とも幼いゆえジェトは皇子用の狼の宮に。シェリティは皇女用の乙女の宮に居を移すことを命じる。週に一度、星の宮で正妃の下、会うこととする。異論はないか?」
カエムが星の預言として託宣を下す。そこへ異論となえたのはシェリティ一人だった。
「もう武術はできないのか?」
男言葉が抜けないので乱暴になる。
「武術は会わないよう時刻をずらせばよい。お互いのことをこれからもっと知りなさい。そして今回の星降りを考えなさい。星はいたずらに星を降らせない。理由があればそれはその時わかるだろう。いいな。皆の者」
長兄らしく威厳を持っていうとアフェラとともに星読みの宮に戻っていく。
「さぁ。乙女の宮に案内するわ」
シュリンがシェリティの背中を押す。
左大臣は何も言わなかったが顔はにやけていた。腹の中でどんなものを考えてるのか。大人の思惑に翻弄されなければいいけど、とシュリンとともに乙女の宮に行きながら
ミズキは考え込んでいた。
「ここが乙女の宮・・・」
異次元に来たみたいにぽかんと口を開けてシェリティは天井を見ていた。
きらびやかな装飾にミズキが星の宮で感動していたようにシェリティも乙女の宮に感動していた。武術をして男勝りと言えど少女である。やはり目に入ってくる光景にはひかれないわけにはいかなかった。
「ネフェルの部屋が一番整っているからそこにしましょう。当分あの嵐の姫君はもどらないから」
ミズキとシュリンが手際よく采配を振るっていく。
「さてはその泥だらけの体と服をどうにかしなければね」
ぎくっとしてシェリティは胸元の衣を握りしめる。
「食べないわよ。別に。私も経験あるから湯船だけ用意してあとは自分でしなさい。あなた付きの女官も付けるわ。呼び鈴でその子をよびなさい。そうね。同じ年の子がいいわね。星の宮にいたかしら?」
「乙女の宮にネフェル様付きの女官がいます。その中から一人若い子をよこしましょう。じゃ、湯船が整うまでここでゆっくりしなさい」
ふたりにてきぱきとことを進められて放り出されるとふつふつと怒りが込み上げてくる。
誰がジェトとなんかと。昔はあんな泣き虫だったやつだったのに。乙女の宮なんて出てやる。意を決して扉を開けるとそこにミズキがいた。
「そんなこともあろうかと私も少しここで待っていたのよ。武術を心得るはずの乙女がそう簡単に落とされるわけじゃないわよ。とりあえず左大臣家に帰りたいのなら返してもいいけど居心地悪いんじゃない?」
悔しいが一理ある。左大臣家では朝から晩まで異人扱いだった。父親も政争の道具くらいにしか見ていなかった。父親らしいこと何一つしてもらってない。姉にも母にも。ミズキとシュリンが初めて人間らしく接してくれていた。そういえばジェトも負けん気は強かったが差別的な目では見ていなかった。つねにライバルとして剣を交えていた。
だから・・・?
ともに戦えるから?
これからも一緒にいるの?
一緒にいないことを考えたとき一人きりになることに気付いたシェリティは悪寒がした。
ジェトは同じことを思っているだろうか?
少女の中に芽生えた小さな初恋はジェト次第だった。
ジェトはどう思っているのだろうかそんなことをつらつら考えているうちに湯船は運ばれミズキに回れ右をさせられて部屋に戻された。
慣れた手つきで湯あみをする。
左大臣家でも誰もシェリティの世話をしたがる人間はいなかった。だから自分でした。食事はさせてもらえるが正式な食事をしたことはなかった。半ば召使のような生活をしてきた。
この日を境にシェリティの生活は一変した。人として扱われ花のような扱い方を受けた。礼儀作法を全く知らないということを知ったミズキとシュリンは乙女の宮に毎日のようにやってきて指導する。シュリンが厳しく指導しミズキがなだめているという構図だ。武術は約束通り時刻をずらしてやらせてもらえた。王家の人間はまともなのだと改めてシェリティは思ったものだ。
「シュリン。まだこの本をのけて歩かないとダメ?」
言葉もややおとなしげになりつつあった。武術訓練所では乱暴でもミズキやシュリンの前では素直に話せた。つけると言っていた女官も年がひとつ年上で姉に思えて慕っていた。
「体力もあり歩行もちゃんとしてるけど上品に歩かないとね」
「上品ってどうするの?」
「シュリン。少々きついわよ。私だって星の宮でようやく身についてきたんだもの。歩き方ぐらい・・・」
「ミズキ様は舞姫で歩行が上品でしたから修正の必要がなかったんです。シェリティはまだまだです」
「武術訓練の時間が・・・」
「最後にもう一度歩いたら行ってもいいわ。帰ってきたらおさらいですからね」
げっ、と下品な返事をしてまたシュリンに雷を落とされたシェリティだった。
一方。ジェトはもともとの住まいである狼の宮で政治の勉強をユリアスから厳しく指導されていた。
「この場合。領地から搾取できる税金はいくらですか?」
「ええ・・・と。30?」
おぼつかない様子でジェトは答える。
「そんなに安い税金で国民を養うとは寛大な王様ですね。答えは150です」
まだわからないのかと首をふりながらユリアスは答える。
「王はアンテ兄さんだけだろ? 俺は順位すらまともにないじゃないか」
幼いこの弟はほほを膨らませる。
「そうとも限りません。ウルが国境付近でなにかと騒ぎを起こしています。このままだと戦争になりかねません。王がお隠れになることも十分あります。ジェト様は王の代わりに執務を取る可能性だってあるんです。みっちり勉強してもらいます」
「って。まじか? それ。ウルがくるって。武術訓練場でもあまりいい噂聞かないし」
「可能性の話をしたまでです。ああ。訓練の時間が近づきましたね。武術で王を支えるのも一つの仕事です。しっかり行ってきてください」
「ほーい」
「返事は、はいです!」
ユリアスの叱る声を背にしてジェトは狼の宮を後にした。
訓練場へ向かう途中でジェトはシェリティとすれ違った。週に一回会っているがみるみる少女らしくなっている。短かった髪の毛は今肩までのびてあちこちではねている。訓練の時はまとめているらしいが。シュリン達と笑い声をあげながらすれ違ったジェトは気づかれず内心どきどきした。
あんに可愛かったか?
ただのライバルと思っていたシェリティは確実に大人の階段を上っていた。自分はいまだふくれっ面をする少年だった。ウルとの戦争が起こってもシェリティにはいかせたくなかった。傷つけたくなかった。これが星降りの意味か?
押し倒したからじゃない何かの理由を感じてジェトは戸惑った。
そのまま戸惑いをのこしたまま訓練場に着く。その日はなぜか剣がおぼつかなかった。うわの空で交えてけがをしそうになった。ウルの話もある。こんなところでけがして戦に出られないでは王家の名が廃る。帰り道気持ちを新たに引き締めた。
あとがき
なんとなく時間を持て余して、掲載始めました。ワーネバのような訓練所がイメージだったんですが、表現のしようがなくてローマ風に。あの背後の人物像はいらないんですけどね。シェリティの服は気に入ってます。あれから髪の毛が伸びたらどんな姫君になるのでしょう。成長が楽しみな子です。でもイラストでは同じ子が描けないため、このままの見出し画像です。一度、シェリティ乙女姿というのを作ってみたいです。傷ついた心をつづってもだれも見ないので、もう隠しておきます。当分、鬱のような湿っぽいことを書くかもしれませんが、また書いてるのね。ぐらいで見逃してください。それではここまで読んでくださってありがとうございました。