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【再掲連載小説】恋愛ファンタジー小説: 気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました(38)再編集版

前話

外科医は手が命、と言った割にはウルガーはすっ、すと手を動かして芋をむく。手に危ないことはしないのかしら? というより昔取った杵柄、とでもいうのかしら?
「ウルガー。あなたって、本当に器用ね」
 こちらは苦戦してるのに。あまりにもでこぼこすぎて向くのが難しいのにウルガーは華麗な手つきでむいてく。タピオもクルヴァも見とれている。
「タピオ、クルヴァ。お兄様のむいた芋をあく抜きしてちょうだい」
「はーい」
 双子は我に返ると、芋を水桶の中にぼとんと、水しぶきを作って落としていく。
「タピオ! クルヴァ!」
 名を呼ぶと流石に水しぶきは小さくなった。もう。いたずら盛りなんだから。まだ、母が亡くなったと聞かされていない双子の弟達を見てると悲しくなってくる。
「姉上?」
 利発なクルヴァがみつめていた。大丈夫よ、と言って目尻の涙を拭く。
「目から水が流れただけだから」
「ゼルマ・・・」
 ウルガーが見ていた。そっと肯く。ウルガーも肯き返す。
「あー。兄上と姉上あちあちしてるー」
 おそらくクルヴァは察し始めている。母が亡くなったことに。タピオはまだ知らない。この双子をどうやって支えていけばいいのかわからない。ただ、父を亡くして今、私はここにいる。そんな風にいつかふっと、そう思える日が来るように支えたい。この小さな弟達に愛情を注いでいこう。
「ゼルマ様」
 アーダも悲しい表情をしていた。そっと肯く。
「そうですね。ほら。タピオ様、クルヴァ様、お芋を水につけっぱなしですよ。栄養も抜けてしまいます」
「あ」
 慌てて二人は芋を自らだそうとして桶ごと落っことす。
「あーあ。もう。しっかりしないといけないぞ。姉上がむいた芋も入ってるんだからな」
 二人は、そーっと私を見る。
「大丈夫よ。そのかわり、もう一度お水で洗ってね」
「はい! 行こう。タピオ、水場に」
「待ってー」
 山ほどの芋を入れ直したクルヴァが疾走する。あとからタピオが追いかけていく。二人がいなくなったところでそっと声に出す。
「葬儀は?」
「もう、済ませたよ。あの二人は母の最後を見ていない。寝ている間になくなったからね。葬儀にも立ち会わせていない。起きたら亡くなっているなんてあの二人には言えないよ」
「そう。どうやって整理させればいいのかしらね」
「納骨がまだだから、それに立ち会わせようと思っている。あとは俺たちで育てよう。あの子達を」
「ウルガー!」
 驚きの眼差しでウルガーを見る。
「養子にするの?」
「の、つもりだ。母上だけでは荷が重すぎる。今は元気だけどね」
「誰が元気ですって?」
 あらぬ方からお母様の声が聞こえた。ばっと振り返る。
「私があの子達の母ですよ。その方が自然です。今まで大お母様と呼んでいたのがばぁばになったら不思議ですよ」
「それじゃ・・・」
「私が責任取ってあの子達を育てます。それがあの子の母との約束です。エリーサに元々頼まれていました。自分に何かがあれば私に子供達を託すと。陛下を奪いに来た償いです、と。我が子を差し出したのですよ。私から亡くなった事は話しますから、あなた達は何も心配しなくていいのですよ」
「お母様・・・」
「ほら。手が止まってますよ。クルヴァ、タピオ。大お母様と料理のお手伝いをしましょう」
 いつの間にかクルヴァとタピオが戻ってきていた。クルヴァの顔が真っ青だ。
「ウソだ。母上が死んだなんて。ウソだ!」
「クルヴァ!」
 クルヴァがまた桶をひっくり返して走って出て行く。止めようとした私をお母様が制する。
「私が行きます」
「母上、よろしくおねがいします」
 ウルガーが頭を下げていた。その頭をそっとお母様は触れるとクルヴァを追いかけ始めた。なかなか頭を上げないウルガーをみれば床に水滴が落ちていた。肉親として、医者として、救えなかった命が悔しいのだろう。悲しいのだろう。私はそっとそんなウルガーを抱きしめていた。

クルヴァとタピオとお母様は夕食も終わりがけに戻ってきた。クルヴァの目は真っ赤でタピオはまだ小さく泣いていた。
「クルヴァ、タピオ。ご飯食べられる? アーダと一緒にあなた達の大好きな料理を置いてあるの。でも、無理にして食べる必要はないわ。私もね。お父様を亡くしたの。この国に来て。治療に来たけれど、治らなかったの。だから悲しみがどれほど深いかは察することができるわ。でも、完全にはわからない。あなた達でないもの。むしろ、私はあなた達が悲しむのと同じように自分の家族を悲しませているかもしれない。だから、私はあなた達の完全な味方じゃないかもしれない。お母様に甘えるだけ甘えなさい。心の傷はやがて消えるわ。何時の日か。私がお父様の死から立ち直ったように・・・」
「姉上、お父上を亡くされたのですか?」
 クルヴァがまっすぐ目を見て言う。
「ええ。この国に来た数ヶ月の内に。この国なら治せるかもって来たけれど間に合わなかったわ。そして残してきた領民のために意に沿わぬ結婚をしようとして華の宮の主になったの。でも今は、ウルガーを愛しているわ。色んな事を一緒に乗り越えて愛をつかんだの。ウルガー何て最初の内は馬鹿にしてたわ。頭にお花の生えた馬鹿王子ってね。でも、違った。心に傷を深く背負ってしまったたった一人の男の子だったの。ウルガーも大切な人を亡くしたの。そして私も。私達は亡くしたときは一人だった。でもあなた達には兄弟がいる。それがうらやましいわ。私は。つらい、って言える相手がいるって」
「姉上ー」
 タピオが飛び込んでくる。私はぎゅうっと抱きしめる。
「タピオ、辛いわね。お母様がいないって。私のお母様もうんと私が小さいときに亡くなって、それがわかった時はわんわん泣いたわ。タピオ達は偉いわね。泣いて他の人を困らせないもの。私には本当の両親はもうお墓の中なの。二重の意味でね。私はあなた達の心が解りすぎて涙がでそうよ」
 私の声は震えていた。自分の時を思い出して。泣きそうだった。ウルガーが肩に手を置く。
「ウルガー」
 ウルガーを見つめて必死に涙をこらえる。
「姉上、泣かないで。姉上の涙を見たら僕つらい。姉上はお父上もお母上もいない。でも僕達には大お母様もお父様もいる。兄上達だって。姉上の方がずっと悲しい。なのに、僕達のために泣いてくれる。タピオ、もう泣くな。大好きな姉上まで泣かせるの? 姉上は僕達のためにも泣いてくれてるんだよ」
 クルヴァが、抱きついているタピオに言う。タピオは小さく肯くと私から離れた。
「姉上の方がもっとつらいのに。僕達のために泣くなんて、ごめんなさい」
 タピオがしゅん、とする。
「いいのよ」
「いいんだ」
 ウルガーと私の声が一致する。そしてお互いに続ける。
「悲しいときは泣いていいの」
「思いっきり泣け。だけど、一人で泣くな。必ずタピオと一緒に泣け」
「姉上、兄上ー!!」
 二人の幼子が盛大に泣き始める。私とウルガーは二人を何時までもだきしいめていた。
クルヴァとタピオは私の宮のソファで泣き疲れてしまった。それをそっと私は見る。夢の中でお母さんと会えるといいね、と額にかかった前髪をあげてやる。
 その様子をウルガーがそっと見ている。お母様もいて、この三人で、母を失った幼子を見守っていた。
「お母様を亡くすのは本当に辛いことね」
 私はお母様が亡くなったと、もう会えないと知ったあの日を思い出す。ワンワン泣いて、父や執事のアルバンを困らせた。この二人にはそんな感情をあらわにする場所もない。私とウルガーでこの子達を育てていこうと思ったけれど、お母様がその役割をしたいと、言われた。この子達の母とお母様は仲が良かったよう。双子を頼むと言付けていた。
 予知という事もしていたのだろうか。解っていたのだろうか。若くして死ぬことを。今となってはもうわからない。ウルガーが医者として看取った。国王様と。そして、その遺体は荼毘に付され、今ではもう骨しかない。この世に天国があるならばそこでこの子達を見守っていて欲しかった。突然、ぷちんと死ねばなくなるのかもしれない。でも、わからない。私みたいにどこかの誰かの意識に戻るかもしれない。ここは無意識の世界だから。再会できればいいのに、と思う。
「ゼルマ。君ももう寝た方がいい。クルヴァとタピオは兄上と一緒に寝所に連れて行くから。母上が側にいてくれる。甘えておいて損はないよ」
 損、って・・・。と言いかけたけれど。お母様の方がエリーサをよく知っている。そして双子の事も。お母様に託すのが一番。そう思った、判断したと理性では言えない気持ちでお母様に目礼する。お母様は軽く肯く。
「責任感が強いのはいいですが、時に年長者に甘えておいて損はないですよ。亀の甲より年の功といいますからね」
「お母様」
 離れがたい気持ちを抑えて、お母様の目を見る。お母様の目も潤んでいた。私は自室に戻って、今日一日の事を本に綴った。そして、自分の思い出と双子の幼子の気持ちを重ねて枕を涙で濡らしながら眠った。その頭に固い、でも優しい手が頭を撫でていた。お父様? と夢の中でお父様とお母様の夢を見た。きっと、この手はウルガーだと知りながら。悲しみに深く沈んでいった。


あとがき
はい。今日から朝寝坊できるのですが余計ヤバいことに。ギリギリで出てきました。タブレット使おうとおもつたけれど時間あるのかしら。さて、ここまで読んでくださってありがとうございました。

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