【過去連作】星降る国物語4 第二話 週に一度の逢瀬
時間はややさかのぼる。カエムの命令が下りてから七日目の日、久しぶりにジェトとシェリティは星の宮で会った。
先週と何ら変わりのない風貌。だが一つだけ違う点があった。シェリティが女性用の衣装を身にまとっていた。短い髪にはあわない服装。どこかちぐはぐでおもはゆかった。
二人してじっと固まる。次に何をしていいのかわからないのだ。
「ジェトもシェリティも固まらないで。いつも通りでいいのよ」
ミズキが助け舟を出す。ミズキはもう出産を終え長女の世話をしていた。腕に抱かれたエムシェレが重い雰囲気を感じ取ったのかむずかる。
「はいはい。いまミルクをあげますよ」
少年少女の前で臆面もなく授乳しようとしてミズキはシュリンに止めれられた。
「刺激が強すぎますよ。ほら。ジェト様もシェリティ様も庭で話してきなさい」
正妃の邪魔となってはいけないのであえなく庭に放り出された二人である。
どんな行動をとったらいいのかわからぬまま人馬宮の庭を散策する。
「あ」
シェリティが小さく言葉を発してジェトは何事かと思った。
「可愛い」
足元に小さな花があった。
シェリティの指が小花にふれる。そのしぐさが妙に女の子じみていてジェトはどきまぎした。
どうしたんだ? 俺。
シェリティはライバルじゃないか。こんなに緊張してどーすんだよ。
自分に叱咤激励を飛ばしてシェリティに声をかける。
「その花。女神の涙っていうんだ。母上が昔そう呼んでた。俺の母上の宮にも同じ花があったんだ」
「そうなんだ。ん? そうなのね? あれ?」
シェリティもどれが自分の言葉か迷っている風だった。
「いつも通りでいい。俺は気にしてないから」
「ジェト・・・」
シェリティがジェトをじっと見つめる。先に視線を逸らしたのはジェトだった。
見つめる瞳がまっすぐで透明でどきまぎしているのが伝わるような気がしたからだ。
「男のようにふるまったほうがいいのか? それは私じゃない。実家で強くなるための表の顔。私だって泣いたり怒ったりする。言葉の使い方がわからない・・・。教えてほしい。私は何? 誰なの?」
「シェリティ?」
半ば独白のような形でシェリティの口からこぼれた言葉。ジェトは驚いた。自分も末弟として兄たちに負けないように強がってきた。シェリティの迷いはわかる気がした。
「とにかく。俺の前では普通でいい。女でも男でもシェリティはシェリティだ。姿が変わっても言葉使いが変わってもシェリティはシェリティだけだ。だれも変わりはいない」
ジェトが必死に言葉を紡ぐ。この泣きそうなシェリティをなんとかしたかった。
「ジェト・・・」
シェリティの大きな瞳から大粒の涙がこぼれてくる。
ジェトはあわてて衣を出すとふいてやる。シェリティがジェトの肩に顔をうずめる。おずおずとジェトの手が背中にまわる。
「大丈夫。俺は変わらない。だからシェリティも変わらない。泣くな。笑ってくれてるほうがいい。シェリティは笑顔が似合う。武術訓練場で咲かせていた花をここで咲かせてほしい」
必死で言葉をたぐる。
やがて泣き声がとまると自然とシェリティが離れた。
「ごめん。泣いてしまって。乙女の宮では誰もが甘いから弱くなってしまう。正妃様もシュリンもいつも私を笑わせようとする。笑ってるほうがいいってみんなが言う。でも時々つらくなる。一人でいると。もっとジェトと剣を交えたり話していたい」
「そうだ。今度母上のいた青竜の宮の庭で剣を交えよう。内緒で剣を持ってきて」
「ってどうやってあの長いものを持ち込めるのよ」
自然とシェリティの言葉が変わった。ミズキやシュリンのように。
「人馬宮って秘密の抜け道があるってしってるか?」
知らない、とシェリティは首を振る。
「そこから入って青竜の宮までいければ・・・」
と言いかけてこら、とシュリンの雷が背後から落ちた。
「星の宮に潜り込もうとするのはアンテ様ぐらいにしてほしいですわ。そもそも青竜の宮に行く道は人馬からはありません」
きっぱり否定されてがっくり首を垂れるジェトである。
「シュリン。怒らないで。私が剣を交えたいと言ったから」
「わかったわ。アンテに剣を持ち込ませてもいいように取り計らうわ」
エムシェレへの授乳が終わって庭に来ていたミズキが言う。
「正妃様」
かしこまってジェトが振り返る。
「ミズキでいいわよ。ネフェルもミズキとか義姉様と呼んでいたもの。正妃なんてがらじゃないわ」
あっけらかんとしたミズキシェリティもジェトもぽかんと口をあける。
「ほら口が開いてますよ」
シュリンが二人の顎を上に押す。
「ミ・・・ミズキ様。そんなに簡単に了承して構わないのですか? 兄上の託宣では会うことしか聞いてませんが」
そうかしら、とミズキは答える。
「お互いをよく知りなさいと言われなかった? 武術のたしなみがあるならともに剣を交えてもいいんじゃないの?」
「訓練の時刻をずらしてるのに?」
ミズキの奔放さになれているシェリティが言う。わざわざ時間をずらしてるのはカエムの指示だ。
「週に一回と毎日じゃちがうわよ。ライバルなんでしょ? 剣のひとつやふたつ交わしたってカエムは叱らないわよ。要はお互いの理解を深めて星降りの原因を探すのが目的なんだもの」
「はぁ・・・」
毒気をぬかれた二人である。
「それからシェリティ・・・。泣いてるからってみだりに男の肩で泣くんじゃないわよ。つけあがるから」
「正妃様!!」
「ミズキ様。つけあがるなんて。俺しません。大事なシェリティなんだから」
「あら。本音がぽろっとでたわね。週に一度の逢瀬も初回から収穫があるわね」
「しゅ・・・収穫って・・・」
今度はシェリティが言葉を失う。
「このままだと四回あたりで星がまたふりそうね」
「四回だと一か月ぐらいか?」
いつのまにかアンテが来ていて口を出した。
「あら。いらしたのですね」
エムシェレ、といってミズキの腕から娘を抱き取る。シュリンの言葉を気にもせずアンテが言う。
「一か月で降っても十五と十六で式はあげさせない。大人になってからにしてもらうぞ」
「大人っていつからだよ」
ジェトがくってかかる。それはシェリティも言いたい。
「ミズキが十九。シュリンは十七。ぐらいだったか? 式を挙げたのは?」
「そうね。それぐらいだったわ」
そうですわねーとのんきにシュリンも答える。
「大して変わらないじゃないか」
「ジェト。お前は大いにかかわる。王家のものとしてもう少し自覚を持て。まがりなりにも武術を心得てるなら戦いで私を補佐するぐらいにならないとだめだ。今の剣の腕ではまだだな」
くっそー、と乱暴に悪態をつく。
「シェリティ君より私と剣を交えるんだな。いい鍛錬になる。最近物騒だからな」
「アンテ?」
不安そうにミズキがアンテの顔を見上げる。
「心配ない。あと数か月は。フレーザー国の悪巧みが終わったところだからな。よそもうかつに我が国に手を出さないだろう。いざという時に戦いはやはり必要なんだよ」
眉間にしわを作ってるアンテの額をミズキがなでてほぐす。
まだ新婚かといわんばかりのアンテとミズキにはあてられっぱなしだ。だが同じぐらい新婚家庭なシュリンは何とも思わないようだ。若者二人が顔を真っ赤にしている。
「どうした。何かあったか?」
アンテが何事もなかったように言うのでジェトもシェリティも突っ込む気が失せる。
「兄上は平和でいいなー。俺たちの苦労を分けたいぐらいだ」
「なに? 苦労だと? 女性を抱きしめていたお前に言われたくないな」
指摘されてジェトもシェリティも顔がゆでだこのようになる。
「どこからみていた。エロ兄!」
「さぁ。どこからだろうか。少なくとも剣の持ち込みをカエムに交渉しようと思っていたのだがいらぬか?」
「兄上! 卑怯だぞ」
「親切な兄を捕まえて何を言う。シェリティだってそう思ってるぞ」
ジェトはシェリティを見る。
「ほんとか?」
「私は・・・」
「私は?」
一斉に視線がシェリティに集まる。
「アンテ王は寛大な方かと・・・」
ほうらみろ、とジェトに視線を向けるアンテにミズキは呆れかえる。
「困った兄弟ね。お願いよ。アンテ。カエムに許可とってね」
「わかってる。シェリティと剣を交える前に私と一戦交えるのも楽しみだ」
「兄上の意地悪!!」
ジェトは叫ぶと人馬宮から飛び出していった。
「ジェト!!」
「シェリティ君。すまない。興が乗りすぎて弟を取り上げてしまったようだ。また来週会えばよい。剣はそれまでに交渉しておく」
にこにこ愛娘を抱いて王に言われては文句のつけようがない。だがジェト達の前では素直になれる自分がいた。本来の女性にもなれるし武術をすることもできる。この自由にシェリティは驚いていた。王家はもっと堅苦しいと思っていた。実家のように。親切すぎて涙が出そうだ。
「王様」
シェリティはアンテに向いた。
「素晴らしい家族をお持ちでうらやましいです。ジェトは私のライバルであり友です。女性で武術を習うことにいじめられていた私を助けてくれたのはジェトでした。いまでは武術訓練場の皆は差別しませんが女性も武術を学ぶことができる法律がほしいです」
真摯な瞳にアンテはシェリティの顔を見つめた。
「そうだな。武術を学びたいものが学べる法律も必要だな。だがいたずらに法律を作っても悪用する奴もいる。慎重に考えるよ。ありがとう。シェリティ君」
まともに感謝の言葉を食らってシェリティは絶句した。王とはこんなにやさしいのか。自分の家のほうがよほど厳しい。まぁ。礼儀作法のように難しいこともあるが。
この国の平和を祈って止まないシェリティである。
ウルの黒いうわさは訓練場でも立っていた。もしジェトがアンテと出陣したら。
それを考えただけでシェリティは背筋の凍る思いをした。
「シェリティ。顔色が悪いわ。長く外にいたせいね。中に入って暖かな香茶をいただきましょう」
ミズキがシェリティの肩に手を置き誘導する。優しき正妃もまたシェリティの大事な人間になっていた。この人々を守るために星が降ったのではないかと思うほどであった。ジェトと一緒に王家を守るために運命づけられてるのかと。そんな気がして止まないシェリティであった。