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【連載・不思議ファンタジー恋愛小説】聖なる旅人のシェアハウスは不思議でいっぱい:第一話 自分の道を選ぶ旅人 

 万里有(まりあ)は迷っていた。この小さな占い館に入るかどうか。料金体系も何をするのも書いていない。ただ、「あなたの道を後押しします」とだけ書かれていた。

 万里有はいま、人生の岐路に立っていた。どっちの道を選べばわからず、それ以外の道も見当たらず、自分がなかった。この道を後押しする、という言葉に非常に惹かれたのだ。

「どうかしましたか?」

 後ろから優しい柔らかい声がして万里有は飛び上がりそうになった。

「ああ。道に迷われているのですね。ちょっとお茶しながらお話ししましょう」

 さぁ、と女性は扉を開ける。

「あの、お金・・・」

「いりませんよ。ただの道楽ですから」

 ほっとした表情が浮かんでいるのを見て女性はにっこり笑う。

「とって食べるわけではありません。ただのお話し相手になって頂ければそれでいいのです」

 

この女性は何者だろうか。お金も取らず、人の後押しばかりしていては人生の無駄ではないか。お金持ちの令嬢なのか?

 

「ああ。私の名前はマーガレット。気軽にマギーと呼んで下さい」

「外国の方なのですか?」

「いえ、日本人ですが、出身が海外でマーガレットと名付けられたのです。恋占いが上手になるように、と。占い師は父や祖父で、私はただ、その血を引いているだけなんです。さぁ、紅茶を入れますから、どうぞ中へ」

「はぁ・・・」

 いささかスケールの大きい話に恐縮しながら中に入る。占い一族というのはあるんだ、と万里有は思う。

 館は温かみのある可愛らしいデザインだった。テディ・ベアのような甘味のある屋敷ではないが、マーガレットの温厚な性格を引き継いだような館だった。

「祖母の別荘だったのです。私はマーガレットと名付けられましたが、父や祖父のような力はなく、祖母と二人でここに住んでいました。数年前に祖母が亡くなってからは一人で住んでいるのです。広すぎるので譲り渡そうかとも思っているのですが・・・。と中庭で待っていて下さい。今日は日差しのいい日ですから」

 人生の岐路を後押ししてもらうには格好の船出日和だ。春の柔らかな日差しである。万里万里有はその中庭の白いテーブルの前にちょこん、と座る。なんだかお姫様にでもなった気分だ。

「それならもっと高飛車じゃないとね」

 不思議の国のアリスに出てくるような女王みたいに。

「確か、クビをはねなさいとか言うのよ」

 一人でぶつぶつ言っているとマーガレットが銀のお盆にティーセットをもってくる。重そうなので慌てて行って手を支える。

「ありがとうございます。この陶器類は重くて」

「これ、アンティークっていうやつですか?」

「さぁ。祖母がアンティーク屋さんの奥さんと友人で譲ってもらったとうれしそうに話していましたが」

 げげ。マイセンとか言うんじゃないでしょうね。

 「マイ・・・なんとかって祖母は言ってましたが」

 思わずその語句にお盆を放り投げそうになった万里有である。

 気を失いそうなほど心臓に悪いものがここには山ほどある。さっさと帰りたい、と思うもマーガレットを一人に出来ないような気がしてきた。どうやって生活してきたのだろう。この性格で。

「さぁ、座って紅茶を楽しみましょう。今日は日差しのある春にはうってつけのアールグレイのアイスティーです。これならびっくりしないでしょう?」

 

 ぎく。

 

 万里有には渇いた笑いしかでない。全部お見通しってことか。

「全部解るわけではありません。ただ、万里有さんはお名前のように聖なる方なのか思考が飛んでくるんです」

 

 どーして名前がわかるのー⁉

 

 最大限の心の叫びがとんで行く。

 

「あ、鞄に万里有とネームを打ち込んだキーホルダーがあるので」

「そっか」

 

 そっか、じゃない!

 

「まぁ、たわいのない話は後でもできますわ。今日はどんな背中を押してもらいたかったのですか? この祖母の遺品のカードで見ますからお話ししてくれませんか?」

「カード?」

「はい。人生の旅をサポートしてくれる不思議なカードです。私にはこれが一番しっくりくるので」

「それじゃぁ・・・」

 万里有は話し始める。自分こそ社長令嬢で、許嫁が二人いるのだが、どっちとも好きではない。幼馴染みとしては好きだが、恋人として好きになったことはない。だが、どちらかと結婚しないと生きていけない。自力で生きていく力がない。お金もない。どうしたのか考えあぐねていたらこの屋敷を見つけた、と話す。

「許嫁がお二人も。なんだか断ったらまた増えそうですわね」

「そーなのよ。おじいちゃまも、おとうちゃまも自分好みの男と結婚しろっていうの。私にも好みはあるわ。言いなりになるのは嫌なの。私は私の人生を歩きたい」

「そうですか。では、カードを見てみますね」

 鮮やかな手つきでマーガレットはカードをシャッフルする。そしてテーブルの上に弧を描くように並べる。

「どれか、気になるカードはありますか?」

 万里有はじーっとカードを見る。だが、カードはうんともすんとも言わない。ただ、やけに視界に入ってくるカードがあった。これ、とカードの幾分か上の空間で指を止める。マーガレットがめくる。

 そのカードには英語で「Choosing your Path 」とあった。

「道をえら・・ぶ?」

 多少の英語は読める万里有である。だてに進学校にいたわけではない。

「自分の道を選ぶ。すべてが可能、という事ですね。自分で人生を選ぶこと。もう興味のなくなったことに引っ張られることはありません。他人のルール、自分で決めてしまったルールから自分を解放しましょう。あなたには無限の可能性があります。その可能性を捨てないで、とカードは言ってます。結婚相手ぐらいご自分で、という事でしょう」

「自分の作ったルールからも解放されていいって、こと?」

「もっと自分を喜ばせてあげましょうよ。他人を喜ばせるより。そのために自分が犠牲になる必要はありません」

 万里有はマーガレットの顔をじっと見る。穴が開くほどみつめる。

「どうしたのですか?」

 あまりにも凝視するのでびっくりしてマーガレットが聞く。

「私、許嫁の下の弟の方が好きだったの! こんな簡単な事に気づかなかったなんて。でもそうしたら兄の面目丸つぶれよね。会社にいられなくなる。どうしたらこの恋、成就するかしら……」

 思考の泉に入り始めた万里有にマーガレットはとんでもない発言をする。

「駆け落ちとか?」

「マーガレット! 彼はまだ高校三年生よ。そんなこと・・・」

「愛があればできるわ」

「生活力もないのに? お金もないのに? 決めた! 私、マーガレットの弟子になる! それで稼いで貯金するわ。それから彼を迎えに行けばいいのよ」

「ま、万里有。落ち着いて」

「私は落ち着いてるわよ」

「いくら、万里有が有能で稼げたとしても迎えに行く頃には彼は彼女を作って結婚してるわ。それじゃ、遅いんじゃなくて?」

「時間との勝負、か……。あ! 征希(まさき)もここに引っ越せばいいのよ。広いんでしょ。ここ。それなら、三人暮らしても十分だわ。征希にまずは話をしないと。征希が私を好きでいてくれなきゃ、意味ないもの。ありがとう、マーガレット。一度高校へ行ってくるわ!」

 勢いよく立ち上がった瞬間、カップが揺れ、紅茶がこぼれる。

「あ。ごめん」

「ちょっと。万里有、落ち着いて。まさき、という人が好きなのね? でも恋の占いは私はできないの。人生の後押し程度なの。だから自分で人生を選んでいい、とは言ったけど、人の気持ちを踏みにじることはない? お兄さん達もあなたを好きなんでしょ?」

 言われて、また、すとんと椅子に座る。

「そうなのよ。大樹(たいじゅ)と大河(たいが)も私の事好きなの。でも、他に好きな人がいそうな気がするの。あえて、気持ちを押しとどめているというような気が。それを後押ししちゃ駄目?」

「それはいいけど・・・。万里有」

 マーガレットが真摯な眼差しで見る。

「何?」

「あなただけ、ここに引っ越してきてみない? ここで新しい人生を模索しましょう。私も祖母がいろいろやっていたから生きてこれたけど、まだまだ子供。あなたとルームシェアでどう?」

「マーガレット‼」

 万里有が大声を出してマーガレットが驚く。

「大好き! いい案だわ。何もしない人生より何かする人生の方がましよ! 社長夫人でなんでもお手伝いさんがやるって、私は、好みじゃないの。子育てもしたいし、人生を自分で選びたい。何を買ってなにを料理するとか考えたい。もう一度、人生をやり直したいの」

 マーガレットに抱きつきながら万里有は言う。

「じゃ、決まりですね。いつから越してくるの?」

「持ってる物は全部捨ててくるから、この身ひとつよ」

「って、下着ぐらいは持ってこないと」

「そうね。女の子はそれも大事よね。そっと、数枚持ってくるわ。と。もう嗅ぎつけられたか・・・」

「ん?」

 マーガレットが不思議そうにする。なにやら表が騒がしい。万里有の事を呼んでいるらしい。マーガレットだけが玄関に行く。

「万里有をどこに隠した?!」

 少し年下の少年がかみつかんばかりに言う。

「征希。怒鳴っては相手に失礼だぞ」

「そうそう」

「万里有さんを探されているのですか? もう帰られましたよ」

「嘘つけ。監禁してるんだろ⁈」

「これ、征希、失礼な言い方をするな」

 一人が言い、もう一人が拳骨を落とす。

「あなた達が噂の双子のお兄様ですか。万里有さんは悩んでおられましたよ。選べないと」

「それでは困るんだ。我が祖父と万里有の祖父との約束なのだ。男児が生れ、もう片方に女児が生れれば。その二人で家庭を作れ、との遺言だからな」

「でも、他の方を好きなような気がする、と言われてましたよ?」

 その指摘に双子が固まる。

「見抜いていたのか? 万里有は・・・」

 一人が、呟くように言う。

「ええ。十分すぎるぐらいに。愛のない結婚ほど不毛なものはないかと思いますが?」

「わかった。ここにいるのは解っている。私達もこちらに滞在させてもらおう。征(まさ)希(き)含めてな。四人で話し合えば何かが変わるかもしれぬ」

「我々がいるとなれば、おじ上殿も安心する。少なくとも遺言やぶりにはならぬ」

 しかたありませんね、とマーガレットは言う。

「その分、掃除炊事などは分担制にしますよ?」

「あいわかった。我々は一度戻って荷物をとってこよう。征希も来い」

 一人が征希の首根っこをもって引き上げる。背の低い征希はじたばた空でうごく。

「一人で歩かせろ!」

「この家を出ればな。迷惑をかけた。万里有にもよろしく伝えてくれ」

 そう言って万里有の婚約者達は去って行く。まるで嵐が来た後のように館はしーん、と静まりかえる。

「あの騒々しいのと一緒に?」

 マーガレットは呟く。

 

 悪夢だ。

 

そう思っていると万里有が出てくる。

「大河と大樹、帰った?」

「ええ。でも、また来ますよ。シェアハウスの人数が増えます」

「マーガレット。助けてー」

「自分の道は自分で選ぶ。カードはそう告げていたでしょう? 万里有」

 やんわり、と言い聞かせるとはぁい、と返事が返ってくる。

「とりあえず。少しだけ荷物もってくるわ。大河達が来るなら許してもらえそうだし」

「いってらっしゃい。掴まらないようにね」

 もちろん、思惑ある大人達に、の意味である。

「その時は大河達が助けてくれるわよ」

「他力本願はだーめ」

「はいはい。お母さん」

「お姉さんにして。万里有。そうだわ。万里有をこれからマリーと呼びましょう。そして私はマギー、と」

 万里有は最初に名乗られたときに、マギーと呼んで欲しいと言っていたのを思い出す。自分も新しい生活をするのに新しい名前が欲しかった。

「はいはい。マギー姉さん。じゃ、ちょっと行ってくるわ」

 あの声をかけたときの楚々とした万里有は皆無だった。心理学用語にはなるが、人はペルソナ、すなわち人格や影に潜んでいる人格を多く持っているという。万里有はいくつの顔を持っているのだろう。難題を抱えてしまった、とマーガレットは万里有の消えた玄関を見つめていた。

 

 自分の道は自分で選びましょう。すべて可能です。

 

 カードはそう告げていた。あの子なら不可能を可能にするかもしれない。マーガレットは胸に秘めた思いを少しだけ思い出したが、それは他力本願と自分で言ったはずだ、とまた封印してしまった。

 

 小さな人生の旅に背中を押して欲しい方はいませんか?

 

 看板の言葉は少しも違(たが)ってはいなかった。

 


あとがき
ちっちゃな天気の神様との恋物語に関連するねーちゃんの出てくる話です。こっちが先なんですよねー。ルビ直すの面倒なのでWordから貼り付けたままにしておきます。まぁ、これもちょこちょこ更新していきます。作品数だけは異常なんです。ちびちびジュリーちゃん亡くなってました。薬浴していたのですが、試しにタオルをとって見ればお星様になってました。本水槽の方には同じ症状の子はいないのですが。オトシンクルス君縄張り意識が高くて追撃するのですが大物はモノともせず。子供だけが追い回されると。隠れ場所大量に作ってます。ジュリーちゃん二匹になってしまった。でも、これ以上犠牲者を出すわけにはいかない。諦めよう。

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橘優月/切り替え完了/
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