【千字掌編】土曜の夜にはキャラ弁を……。(土曜日の夜には……。#03)
薫は昔から自分の名前が嫌だった。よくかおるちゃん、とからかわれた。女男、とも。薫は何の問題もない男性である。間違ってもマイノリティさん達を否定しているわけではない。ただ、女でもないのに、男でないと言われると困るのだ。自分は男としっかり認識しているのだから。
「あーら。薫ちゃん。今日もおめかししてるわね」
「先輩。それ今はハラスメントに発展する言葉ですよ」
仕事場の先輩に口答えする。
「いいじゃない。今は男の子も化粧する時代よ。おめかししても問題ないわ。日傘だって差してるんだから」
はぁ、とため息をつきたくなる。何が悲しくて土曜日の時間外労働をこのやっかいな先輩としないといけないのか。こうじゃなければ、あの子とも別れなくてもすんだ。
『仕事とあたし、どっちが大事なの?』
仕事で度々デートをすっぽかしていた薫はやっとできた彼女にも降られた。今時、古くさい両天秤だが。それもこれもこの人と仕事をするようになってからだ。先輩、いや、柴崎亜莉朱という実にメルヘンチックな名前を持つ人間は人使いが荒かった。休日の日に、急に呼び出すのはいつもの事だ。結婚すらもう諦めている。
「ちょっと、見てるの? 画面」
「あ。はい」
さ迷っていた意識を取り戻して画面に向かう。この狭い一室の中で画面を共同しながら仕事をしてるのだ。こんな仕事AIに振ればいいものを。
「なんか言ったわね。画面のプログラムが狂ったわ。やり直し」
「はい」
ため息交じりに言ってキーを叩く。この会社はインボイスになる前に慌てるに違いない。あきらめて作業すること数時間。お腹が減りだした。
「先輩。お弁当の時間ですよ」
「やったー。薫ちゃんのお弁当、美味しいんだから」
薫は何故か手先が器用でキャラ弁すら作れる。それに目をつけた亜莉朱が作るよう命じてきた。これは他の社員には内緒だ。この休日で共同仕事をするときだけが唯一人間らしく食事できるのだ。
「きゃー。このキャラ好きなのよー」
さっきのお高くとまっていた顔を通り越してオタクの顔がでる。マニアというか。一線ずれているので、本業のオタクの人とは少し違う。
「で、来週の夜のシフトはあるんですか?」
「あるわよ。えーと」
ああ。フォークから炒り卵が落ちてゆく。それを片付けるのも薫だ。
「あった。あった。このシフト通りにして」
「はいはい」
いつしかそこはキャピキャピしたお弁当広場と化していた。夜だろうが昼だろうがこの人に恋心は持てないだろう。ロマンティックに過ごしたって……。
「さぁね」
にやり、と亜莉朱が笑う。
「な、なにを企んでるんですか?!」
「別に」
なんだったんだ? あの企み顔は。薫は知らない。亜莉朱は、薫が好きなのだ。だからこそ、仕事に巻き込む。薫が優秀なのも知っているのもあるが、土曜日の神様に仕事振ってと願っているのが本当なのだ。だから、他の人間につばをつけられる前に妨害しているのだ。そしてかわゆいキャラ弁を食べて満足している。
恋愛を諦めた者同志、いつになれば両思いになるだろうか。
美味しい夜の時間をあなた達に……。そして恋のまじないをかけましょう。
土曜日の夜の神様はにっこり笑って手ぐすねを引き始めていた。
あとがき
薫風から薫を取り出して男性としてみました。季語はないけれど(当たり前)キャラ弁を食べる時間外労働者のカップルを描いてみました。最初書いたときは全然閃かなかったので指に巻かせるとキャラ弁が……。薫の冒頭から気づけばこの落ちに。次は季語にしようかな。真夏の季語を。朝涼しとか。梅雨もいいですね。片陰とか使ったことがあります。本ネームバレそうなので季語の話はここまで。
まぁ、これも連載と同じぐらい書いてるので労力は同じ。ただ、終わりが来るのが最大の長所。まだ連載中ですから「氷晶の森の舞姫と灼熱の大地の王子」は。これは一話完結型。ちょっとした日常を切り取ってみます。とか言っても私にそんなに引き出しないんですけれど。
現在やっと立ってる位置なので。
朝一にこれを更新しておきます。今日も休日なのでお昼に
「氷晶の森の舞姫と灼熱の大地の王子」の続きを載せます。少々お待ちくださいね。