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【再掲連載小説】恋愛ファンタジー小説:気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました(29)再編集版

前話

「ゼルマ!」
 お兄様と一緒にケヤキの宮に戻るとすっ飛んでくる。そんなウルガーが愛おしい。こんな感情、どこから湧き出るのかしら。
「また、いらぬ事を考えて」
 ウルガーが抱き寄せて私の眉間を撫でる。
「それより、お兄様の傷の具合はどうなの?」
「まだ、見せてくれないよ。ゼルマと話がしたいと言って行ったからね」
「じゃ、お医者様のウルガーが見れるのね」
 嬉しそうに言うとウルガーは不思議そうにする。
「だって。ウルガー、普段はお花が咲きほこてってるんだもの。真剣な所を見れるのは医者の時だけよ」
「仕事の時だって真面目じゃないか」
「その仕事場に入れてもらえないんだもの。見る事は出来ないわ」
「東屋でちゃんと真面目に読書してるじゃないか」
「私を無視してね」
 痴話げんかが勃発しそうになった時、大きな笑い声が聞こえてきた。マティアスお兄様だ。
「いてて。傷に障るよ。お前達は似合いすぎるほどお似合いだな。ウルガーにそこまで反論させる相手はゼルマしかいない。普段は押し切っているからな」
「あら。そんなにウルガーは暴君なの?」
「兄上。変な事を吹き込まないでください! ゼルマが本気にします」
「事実だが? 一番上の宰相の兄上にも文句一つ言わせないじゃないか」
「それ、ほんと? お兄様が突っ込めないの?」
「あ。いや。その・・・」
 歯切れの悪いウルガーにまだ見たことのないウルガーがいる事に気づく。
「ウルガー。今すぐ手の内を見せて頂戴」
「いいよ。婚礼の夜と引き換えにね」
「もうっ。お年頃はとっくに過ぎてるわよ?」
「解って言ってる。そうでもしなきゃ、手の内は明かせないよ」
 ふふん、と威張ってウルガーが言う。
「何よ。偉ぶって。いいもん。お兄様とエーヴィーと仲良くお話しするもん」
「ゼ・・・ゼルマー。解った。いずれ解ると思うからそれまで待って。だから兄上に所に行かないでー」
 王太子でもない、医者でもない、ヘタレのウルガーが出る。
「はいはい。私はウルガーのものよ」
 そう言って頬にちゅーする。なんだかんだと言って、結局はこの頭にお花が咲き誇っているウルガーが好きなのだ。心がまっすぐな。もう闇を背負ったウルガーは見たくない。見るとは思うけれど。レテ姫の件が片付けばすこしは楽になるのだろうけれど、婚礼はまた延期だ。それまではいけない。あの場所に。現と夢の交差するところ。彼の地に行くには私とウルガーが婚礼の日を迎えなければならない。私が真のエリシュオン国の人間にならないことには。それがどういうことか思い出して真っ赤になる。
「あ。妄想が飛び交ってる」
 そう言ってまた抱きしめる。どきどきと心臓の鼓動が聞こえるんじゃないかと思う。
「ゼルマも成長したねぇ。妄想ぐらいじゃ、お盆も飛ばないか」
 ばこん。
 いつものローズウッドのお盆のミニがウルガーに直撃する。
「こんな小さな物まで作らせたの?」
「可動式お盆よ。ほら。大きさも変わるの。エルノーって有能ね」
「エルノーなんて嫌いだ。ゼルマばっかり構う」
 二人で言い合ってると視線を感じる。私達の会話に魅入っている。
「お兄様。お姉様! 見世物じゃないです!」
「つい面白くて」
「私も・・・」
「もう。早くマティアスお兄様の抜糸とかしちゃって。ここじゃ、自由に痴話げんかも出来ないわ」
 へいへい、とウルガーが言った次にはもう真剣な医師の眼差しに変わっていた。その眼差しにまた惚れ直す馬鹿恋人だった。

「お待たせしました」
 私がミムラサキの宮に走り込むとフローラお姉様が文句を言う。
「遅いわよ。クラーラとアイリがお腹を空かせて泣いてるわ」
「お姉様、あかちゃんはあかちゃんの都合に合わせていいんですよ?」
「そういうわけにはいかないの。ほら」
 せっつかれて席に座ると手を合わせる。
「頂きます」
「頂きます」
 声がハモる。その様子が不思議でふふ、と笑う。
「ゼルマ?」
 お母様が顔を見る。
「私は唯一、異邦人なのに私の声で食事なんて不思議で・・・」
「ゼルマは異邦人なんかじゃない。俺の婚約者だ。歴とした」
 ウルガーが強く言う。
「そうね。出身は違うかもしれない。でも、ゼルマ。あなたは私達の大事な家族ですよ。あなたがこれだけの人を集めたのです」
「そうだ。ゼルマはみんなにもとっても大事なんだ」
 そう言って隣の席のウルガーが腕の中に確保する。
「ウルガー。食べられないじゃないの」
「あ。ごめん」
 食事を楽しみつつ、隣のウルガーの顔をそっと見る。
「ゼルマ?」
 視線に気づいたウルガーが聞く。それには答えず、言う。
「イーロの所に行くのは少し後にして、タモの宮でデートしない? ほこりが積もってるってアーダがぼやいていたの」
「あー。そういえばまったく行ってないな。最初に行ってから。わかった。本を持っていい?」
「だーめ。ウルガーだんまりになるから」
「って何を話すんだ?」
「それもそうね」
 私達の会話をみんなが聞き耳を立てて、このやりとりに吹き出しそうになっている。私達は不思議そうにみんなを見る。
「訳あり王太子と訳あり姫の組み合わせだな。ウルガー」
 マティアスお兄様がけらけら笑いながら言う。
「どーして俺が訳ありなんですか」
 ウルガーが反撃に出る。
「借金のカタの訳あり姫を娶ろうとした段階ですでに訳あり王子よ」
 私が言うと、ウルガーは首を振る。
「ゼルマは訳あり姫なんかじゃない。俺の心を救ってくれた。女神と一緒だ」
「そうだな。俺の心もエーヴィーの心も救い出した。訳あり姫ではないな。訳ありはウルガーの方だ」
「どーして俺が訳ありなんですか!」
 マティアスお兄様にウルガーが食ってかかる。
「隠れて医者などするからだ。頭にお花の咲いた王子でいればそんなに事がこんがらがらなかったというのに」
「兄上・・・。もう一度手術しますか?」
 恨みがましくウルガーが言う。
「あれ以上切った貼ったはこりごりだ」
「それでよく国境警備団率いていますね」
「俺は無敵だからな」
 楽しい昼餉の会話は止め止めもなく続く。私はこの後のデートを夢想していた。窓から入る風はもう夏の物だった。
 昼餉も無事終わり、双子の姪っ子のお昼寝が始まる頃、私とウルガーはタモの宮に向かっていた。緊張するけれど、なんだか嬉しかった。ウルガーと二人きりで過ごすのは木の宮に来てからあまりなかった。菜園の勉強は一緒にしていたけれどイーロがいたし。タモの宮で本当に二人きりなのは久しぶり。
 ウキウキしている私に対してウルガーは気乗りがしないようだった。どうしたのかしら。いつもならちゅーが出来ると大喜びなのに。
「ウルガー?」
 タモの宮の居間で隣り合って座ったけれど、会話は生まれなかった。仕方なく、私から声をかけた。
「あ。ごめん。考え事してて」
「そうなの?」
 私のウキウキした気分は急激にしぼんでいく。
「ウルガー。私といるのいやなの?」
「どうして! そうなるんだ。ゼルマは! 俺が何時いやだと言った! あ。ごめん、言い過ぎた」
 これがウルガーのもう一つの顔。長兄でさえ突っ込ませない高圧的な態度。しばらくウルガーの顔を見ていたけれど、すぐに立ってミムラサキの宮に走って帰る。お母様やお姉様が声をかけたけれどそれを通り過ごして自室に入る。誰も入れないように鍵をかけて、泣いた。私はウルガーにとっては何でも無い人間なんだ。いつしかそんな考えが頭の中に支配していた。帰ろう。元の世界に。そんな考えが浮かんだ。それには私はここで死なないといけない。
「本!」
 肌身離さず持っていた本を開く。午前中のことを書いて昼餉のことを書いていざ、元の世界に帰るために自殺したと書こうとして、ペンが不思議な事になった。
「ゼルマは自死しました。自死の字が書けないわ! どういうことなの? じゃ、自殺、は?」
 悉く死ぬシーンを書こうとして失敗した。
「もう。なんなの。この本は!」
 ヒステリックに本を放り投げるとその時、鍵をかけておいた扉が開いた。
「ゼルマ! ごめん。また傷つけた」
 気づくとウルガーが抱きしめていた。
「どうして書けないの? ゼルマは自殺しました、って。新しい物語師の姫と出会って幸せにウルガーは暮らしましたって書けないの?」
 ウルガーの胸を叩きながら私は訴える。
「それは、あなたが本当は死にたいわけじゃないからよ」
「お母様・・・!」
「あなたはウルガーに構って欲しいのよ。いつも一人で頑張ってるからまた疲れたのよ。ウルガーも静養のために連れてきて何をやらせてるのですか。ゼルマの唯一の支えはあなたなのですよ? 友達も実の親兄弟もいないこの子を守れるのはあなたなのよ。二人ともそこで反省してなさい!!」
 お母様が本気で怒っていた。その声にびくり、とする。体が震える。あの方に見捨てられたらどうしたらいいの? 
 私はオロオロする。その私を安心させるようにウルガーが頭をなでていた。

「大丈夫。あれは俺に怒っているだけだから」
「でも・・・」
「ごめん。ここへ来る前に大神官様に世界を教わろうと言ったことを忘れていたよ。本がないと落ち着かないんだ。ゼルマにちゅー以外のことをしそうで。ただ、自分の恐れをごまかしていただけなんだ。本当に愛してたら相手の嫌なことなんてしないのに。俺はしてしまう。それが怖い。それに、もう一つ、ごめん。兄上達みたいに君を扱った。唯一俺の闇事愛すると言ってくれた君をただの義兄弟と同じ扱いをした。ごめん。謝って済むことじゃないけれど、君の一生をかけて償う」
 そう言ってぎゅっと抱きしめる。
「なにも・・・。償って欲しいわけじゃないの。ただ、ウルガーと笑い合ったり、ちょっとしたおしゃべりがしたかったの。かまってちゃんの私が悪いの。本当の姫君ならこんなことで自殺しようなんて思わないのに。弱い私が悪いの。レテ姫の事も物語師の事も棚に上げて自分の事ばかり考えた。さっきも舌をかめば死ねるのね、と思った。でも、痛いからできない。怖いのよ。死にたくなっても。痛いのも苦しいのもいや。ただの狂言よ。本気にしないで。さぁ、イーロの元へ行きましょう。菜園作らなきゃ・・・」
「そんなうつろな目で行ってできるの?」
「うつろ?」
 私が問い返すとああ、とウルガーはうなる。
「それも解らないほど俺は傷つけたのか。ごめん。ゼルマ。今日はここで一日話そう。結婚すればどんな菜園に何を作りたいかとか、花をどこに植えるとか、ゼルマの好きな土いじりの話をしよう。もう。身分のことも何もかも忘れて。ただの恋人同士として語り合おう。本がなくてもいい。医者にならなくてもいい。ゼルマさえ側にいてくれれば・・・」
「ウルガー? 泣いているの?」
「いや、目から水が出てるだけだよ」
「それ、私の言葉じゃないの」
 何故か自分の口角が少し上がったような気がした。
「ゼルマ。笑ってるんだね。こんなどうしようもない俺なのに」
「どうしようもないのはいつものことよ。ウルガーにはいくつもの顔があるの。私も。それを一つ一つ知っていけばきっと幸せになれるわ。どうしてあんなに死にたかったのかしら。それしか頭の中に浮かばなかった。でもノートは拒絶したの。書かせてくれなかったの。あの本は生きているの?」
「さぁ」
 ウルガーは腕をほどくと部屋の片隅に落ちいてる本を拾った。その頁を見てウルガーは真っ青になった。
「ウルガー?」
「君が流行病で死ぬと書いてある・・・。ウソだ。これは。誰かが書き込んだんだ」
 呆然とした声に私も駆け寄ってみると確かに私に死の宣告が告げられていた。この木の宮で病死すると。二人で呆然と立ち尽くしていた。


あとがき
やっとここまできたか。まだまだあるけれど。毎日更新してもなかなか新連載のところにたどり着かない。大奥みてるといつも余韻で眠れないので最新話を書き出していたけれど、結局見ている間は何もできませんでした。お子が~と思わず見入ってしまい。あの倒れ方で妊娠って。心臓発作でしょ? と突っ込みたい。お品も消えそうだし。ってこれのあとがきじゃない。明日また、更新します。どうもまた日付超えそうなので早起きでしょう。時間があれば更新しておきます。こんな夜中に誰が読む。しくしく。

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