【連載小説】恋愛ファンタジー小説:最後の眠り姫(109)
前話
おじい様の館に戻ると、ヴィルヘルムが天使の落とし物をつかったリンゴパイを一ホール独占して食べていた。
「フリーデに子豚さんになる、って言われたのに」
ちょっとは頂戴よ。ヴィーのために頑張ったのに。
「賢い奥さんにはこっち。つわりに効くフルーツ盛り合わせだって」
「まぁ。そんないいものを? お姉様と一緒にいただくわ」
スイーツの山を築いてたディルクさんがひょういと顔を出す。
「明日、発たれますか?」
そうだね、とフルーツをくすねながらクルトが言う。
「ルフト王国経由で帰ろうと思ってるからね。船に乗るけどエミーリエ大丈夫?」
「船? って。あの大きな海賊船みたいなもの?」
「今は、海賊なんていないよ。悪さをする奴らはいるけれど。このまま帝都に向かって戻るのは危ない。そこを通らないと西には帰れないからね。航路を使って安全な帰り道を確保したいのと、ルフト王国は医療が進んでいるんだ。エミーリエと姉上は一度産婦人科で検査した方がいい」
「そうよね。この子、死んでいるかもしれないものね」
ぽっと言った言葉に全員がぎょっとして反応する。ああ、と時代のずれを思い出す。
「私の生まれた時代は流産と死産がとても多い時代だったの。生まれることは本当に貴重だったのよ。今の妊娠率が低い時代と変わらないわね」
「そう。それがあなたの日常だったのね」
カロリーネお姉様が優しく抱きしめてくれる。
「覚悟はしているの。あんな無茶したし、ヴィーを選んだもの。この子に恨まれてもしかたないわ」
ぽろ、と涙がでる。クルトがすぐに拭ってくれる。
「姉上。どうなっているかはわからないけれど、生きているよ。死んでないよ。それだけは僕が保証する」
ケーキから離れてヴィルヘルムが言う。
「ヴィー。同情は……」
「同情じゃないよ。役目を終えたとはいえ、僕は『生命の守護者』。命の基本的なことはわかるんだ」
「そうなの。レベンスヒューターって生命の守護者って意味なのね。いい務めを果たしたわね。ヴィー」
「僕の新しい役目も始まったよ。姉上と兄上を支えて平和を築くこと。生まれる前にできなかったことを姉上と兄上と遂行するんだ。そのためにいるんだよ」
「ヴィルヘルム。あなたってとってもいい子ね」
「いい子呼ばわりはやめて。もう思春期まっさかりだよ。教育上よくない新婚カップルに囲まれれている僕の身も心配してよ」
いままでより一層子供っぽくなったヴィルヘルムに還りたる処に行ってきてよかった、と思いがこみあげる。
「まぁ。難しいことは後にして。ゆっくりするといい。ヴィルヘルムも。奥さんたちのことは大人に任せておけばいいから。同盟の件も考えたほうがいいからね」
「同盟、組むの?」
ヴィルヘルムが聞く。もういっぱしの政治家ね。
「それは話してみないとわからない。エミーリエの体の具合から成婚の儀式は遅れるからそこから世界行脚してもいいしね」
「えー。パレードないのー?」
カロリーネお姉様が文句を言う。自分のパレードじゃないのに。
「するよ。無事生まれたらね。それから成婚の儀式をしたらウェディングドレスを作り直さなくて済む。エミーリエは国家予算をすごく気にしているからね」
「そう。そうね。お腹の大きいままではあのドレスは入らないわ」
お姉様が告げた衝撃の事実にあ、と口をあける。そこに、クルトが天使の落とし物を入れる。
「うーん。おいしひ」
にこにことしてしまう。その頬にクルトがキスをする。
「クルト?」
「エミーリエはそうしてにこにこしてて。難しいことは俺が考えるから」
「クルト大好き!」
飛びつかんばかりの私にクルトがまた言う。
「もう一声」
「公衆の面前ではいいません。旦那様好きよ。でがまんして」
「ま、いっか」
「ってまた。盗んだー」
ばっと果物を確保する。お姉様も死守している。妊婦はくすねようとする夫たちから逃れておとなしく座っているフリーデの方に逃げる。
「ちぇ」
クルトが言って、ディルクさんに酒のつまみをもらいにお兄様と共に出ていく。それはそれで面白そう。お酒に酔ったクルトを見てみたいわ。
こうして、おじい様の館の最後の日は過ぎていった。
あとがき
もう少しで終わります。我慢してお付き合いください。これから終章に向かいます。ホント短いのでよろしくお願いします。今日もここまで読んでくださってありがとうございました。
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