【未完小説(完結目指します)】とびっきりの恋をしよう! 第二部 第八話 悲しみの息子と癒しの乙女
前話
「ユウ! ユウ!! どこにいる!」
サファンが大股で歩きながらユウを探す。
「ここです。殿下」
ひょこっとユウが顔を出す。
「ユウ。どこにいたんだ?」
優しい声で抱き寄せると頭についているホコリを取る。
「図書室です。殿下のお心を一つにする方法を探しておりました」
あくまでも礼儀正しく接しようとするユウにサファンが頬に手を当てる。
「名前で呼べと言っているだろう? 殿下も皇子もいらない。俺はお前のためだけに生きているんだ」
「でも。そのお気持ちはあちらには伝わっておりません。大臣様達も。まずは二つに分かれたお心を一つにしないと」
「本当にお前はけなげな奴だな。ユウは俺のそばにいればいいんだ。俺のそばだけがお前の居場所だ。こんな城、どうでもいい。レンにくれてやる。一緒にどこか街で暮らそう。お前とお前の子と……」
顔を引き寄せてキスをしようとしているサファンをユウは止める。
「子はいけません。乙女は貞操を失えば力を失います。サファン……様のお役に立てなくなります」
「そんなことどうだっていい! 俺にはお前が、ユウが必要なんだ! 乙女なんて役目あっちにくれてやれ」
そう言って抱きしめてユウの髪に顔をうずめる。切ないほどの愛がサファンからこぼれてくる。愛というにはあまりにも悲しみを背負った愛が。ユウは泣きそうになる。この方をこれほどまでに孤独に追いやった二重身をなんとか解決したい。
「それでは、一緒にこの本を解読してくださいます? 心の領域を書いた本なのです。やっと見つけました。ここにならきっと解決策が」
「ユウ……」
サファンは悲し気にユウを見る。治るのか? この苦悩が。いつのころからか意識を失うようになった。そして意識が戻ればそこにはうさぎや猫の亡骸があった。自分の手は血まみれだった。洗っても落ちない血。汚れている手。いつしか三兄弟の中から外れてしまった。実母でさえ、気味悪がってそばに置きたがらなくなった。ひとり、父だけが親身に接していた。父もかつて同じ身だったことをサファンにだけ打ち明けていた。父から伝わった性質だ。治るとは考えにくかった。だが、ユウが必死に治そうとしているのを見れば、手伝わないのは嫌だった。ユウの願いはいつだってかなえてやりたかった。
この少女を人身売買の市で見つけた。見つけた時、サファンにはユウは女神に見えた。地獄に落ちた自分を救ってくれる女神に。だから、大金を払ってそばに置いた。ドレスも宝石も何もかもユウに似合うものを用意してそばに置いた。自分の娘を嫁がせようとしていた貴族たちが去ってもなんの気にもならなかった。大臣だけが太陽の乙女と覇王の指輪をせっつくのでユウを太陽の乙女と言っておいた。すると次は卵を探せと言う。ユウは太陽の乙女ではない。サファンだけの癒しの乙女だった。この少女とともにいるときだけは残虐な自分は出てこなかった。いつも、自分を苦しめる残虐な自分。したくはないのに……。
「二重身とは二つに分かれた自我……。自我って何かしら?」
顎に手をかけて考えこむユウが可愛くて仕方ない。サファンは本を覗くふりをしてユウを見つめていた。
ふい、にユウの顔が向き直る。
「見てないで解読してください! ここの土地の文字は苦手って知ってるくせに」
「あとで読もう。さ。目が疲れているだろう。お茶にしよう」
ユウを本ごと横抱きにしてテラスに向かう。そこには豊かな果物と飲み物があった。
「もう。ご自分のことですよ。身を入れてください」
「俺はユウさえいれば文句はない。ユウがいればあの俺は出てこない。ユウはやはり本当の太陽の乙女かもしれないな。月の息子はレンか……。知っている。あっちでもう育成が始まっていることを。内密の連絡で知っている。もう、俺たちは用なしなんだ」
一拍置いてサファンは口を開く。考えつつといった具合だ。
「城を……出ないか? もう権力闘争は飽きた。覇王の指輪はレンが持っている。俺には似合わぬ指輪だ。どこか遠い街でユウとユウと俺の子供と一緒に暮らそう。そうすれば、きっとうまくゆく」
「そうして、太陽と月の隠世をほったらかしにするのですか? 与えられた役目なのに」
ひと際、ユウの厳しい声がかかる。だが、サファンにはそれも愛おしい声にしか聞こえない。
「わかった。隠世が落ち着くまではここにいる。そうだ! レンのところへ行こう。レガーシなら何か知ってるかもしれん」
サファンの言葉にユウはぽかん、と口をあけて拍子抜けていた。顎を閉じさせてやる。
「サファン……皇子。敵陣に入るおつもりですか?」
「敵? ただの弟だ。あと、婚約者のな。俺はあいつを敵だと思ったことはない。周りが言うだけだ。兄上が戦死して、勢力が二分割にされて勝手に周りが騒いでいるだけだ。当の本人にはかかわりない。そういえば、レガーシの城には今、だれも近づけないらしいな。老体にでもつてを頼もう。行くぞ。ユウ。その本をしっかり持っておけ」
「はい? ……きゃぁ!」
またきょとんとすると抱き上げられて移動する。歩くことさえさせたくないらしい。サファンがこれほどまでに愛情を注ぐ資格は自分にあるだろうか。ユウは悩む。だが、そんなユウの心の機微をサファンが察することはない。一方的な愛情が来てるだけなのだ。それを学ぶ必要もある。レガーシとは城付きの魔術師という。サファンの二重身にもなにか手掛かりになる本や資料を持っているかもしれない。行く価値はある。ユウがカチカチと頭の機械を動かしているとあっという間に天文庁へ着いた。ここへの道はサファンだけが近道を知っている。今、天文庁は大わらわだ。そのかつての長官だったレンの祖父の部屋へ秘密の道があるらしい。レンから聞いたのだろう。仲の良い兄弟だったと聞くから。
「老体! 失礼する!」
ばん、と派手に音を立ててサファンは部屋のドアを開ける。
「来られると思っていました。レガーシの城ですな?」
「どうしてそれを……」
「種明かしをしては老体の名が廃りまする。千里眼とでも言っておきましょう。この明かりをもって進めば霧の迷宮は抜けれます。そして、見えない城はこの鳥が道を示すでしょう。さぁ。セイレン。サファン皇子と乙女に道を」
どこからともなく蒼い羽根を持った鳥がやってきてサファンの肩に留まる。それから、と老体は言う。
「どこか遠くの街に行くのは反対ですぞ。医者を探しに旅に出られるのなら反対しませんが」
「老体……」
サファンが言葉を失う。
「すみませぬ。天文の知識しかない故、ご負担をかけております。レンと仲を戻されて行かれよ」
「ご老体様。ありがとうございます。でも、ほんのひとかけらの情報でもいいんです。何かお心当たりはありませんか」
サファンの手から降りたユウが言う。
「ただ……」
「現象と感情が対になっている、という記述がございます。なんのことやらさっぱりわかりませでしたが、レンやサーコ殿が太陽と月を育成する現象面をつかさどっているなら、サファン皇子とユウ殿は感情面をつかさどっているのかもしれません。そしてその感情面はよい場合も悪い場合もあると。さしずめ、サファン様は悲しみの息子。ユウ殿は癒しの乙女、と言ったところでしょう。会うことなく旅立つよりは会って誤解や感情を整理されてから情報を探されるとよいと存じます」
「老体! 助かった。レンにまで嫌われると痛い。正直言うと。ただ、兄の面目から意地を張っていた。それに、兄上を殺したのは私と多くの者が思っている。そうではないのだ。あれ……」
「それはレンに直接お話しなさいませ。老体が聞いても解決させていただくことはできませぬ。ただの、迷信を思い出すだけです」
「やはり、そうか……」
「サファン?」
思わずユウが呼び捨てする。
「ユウにも知ってほしいことがあるのだ。老体、邪魔した。それではレンのもとへ行ってくる。託はあるか?」
「そうですな。サーコ殿に押し倒されないように……と」
老体は含み笑いをして言う。
「お。ユウとは全く反対なんだな」
「表と裏ですから」
「そうか。ではな」
またユウを横抱きにして抱えるとサファンは来た道を戻ったのであった。
迷信。この地に、王家に秘密裏に伝えられているものがある。それによって、ラインの身に恐ろしい災いが降りかかったのだ。このことはサファンしかしらない。なぜか老体は察していたが、それはもともとの能力が高く感じ取ったのだろう。そして王家の秘密にも深くかかわる人物なのだ。知っていて当然かもしれない。
サファンはユウに出かける準備をさせて、自分の旅支度を整え始めたのだった。
あとがき
記事見出し画像をサファンとユウに差し替えてみました。少し目のあたりが気に入らないんですけどね。そして題字が一個抜けている。今度訂正しとこう。ユウサイドというかサファンサイドです。いつしかかわいそうな人になっていたサファン君。このネタのおかげで第三部が浮上。もしかして第二部で終われるか? と希望を抱いて考えている今日この頃です。ラストシーン考えてたのにー。あれで終わると信じていたのにー。考えつく己の妄想が怖い。セイレンの名がセイレンシアから借りてきた名前というのはここだけの話。氷晶の~でGPTに出してもらったセイレンシアの名前。一応幸福の鳥として名前をアレンジさせてつかってました。そのまんま使うのは嫌だったので、セイレンで止めて新たな鳥ちゃんを作りました。やっぱ、文章は頼りたくないので。名前一つ借りたくない。しかし、ネーミングセンスはない。セイレンってキャラでもういるんですよ。「風響」で。それでもセイレンシアしかいない。仕方ない、使いまわしだーと安易に使ってます。しかし。ノイン兄上の名はいくら適当につけてもいまいちな名前。もうちょっと考えて変えたいところだけど、出てしまったものねぇ。変えられない。十話で切りよく終わればいいけれど。長引きそう。明日は朝一から病院。めんどくさい。印刷もしなきゃ。ここまで読んでくださってありがとうございました。自戒をお楽しみに。