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【共同マガジン・連載・ロマンス・ファンタジー小説】改訂版 羽根の生まれる街 第二章 日曜日の秘密

前話

 ミリはそれから日曜日ごとに出かけることとなった。正確には出勤だが、家族にそれは内緒であった。友達の家に行くとか遊んでくるとか山ほどいいわけをつくって通い始めた。

「おはようございます」

 ミリは入るなり大声で挨拶をした。いつも視線の先にはメモリーが座っていた。

「おはよう。ミリ。今日の調子はどう?」

 うーん、とミリは考え込む。

「ただ羽根があるだけで代わり映えありません」

 申し訳なさそうに答えるミリにメモリーは微笑んで言う。

「別に力があるなしであなたをここに呼んだのではないから安心して。今日はまたファイリングを手伝って頂戴。ほかの子達はこれから来るでしょうから」

「あ、その前にコーヒー入れてきますね」

 ミリはそう言って給湯室へと向った。そこにはコーヒー、紅茶、緑茶などいろいろある。メモリーはブラックコーヒーを好む。


 かぽかぽ。


 コーヒーメーカーが音を立てる頃には律儀なロバートが来ていた。コーヒーを持ってくとちょうどそこに出くわした。

「おはようございます!」

 ミリの元気のいい挨拶にロバートもつられて微笑む。

「ミリちゃんが来てから明るくなったなぁ」

 とちょうどそこに背後にやってきたアリスがロバートの耳を引っ張る。

「いてて。アリス!」

 ロバートが追いかけようとしたときにはアリスはすでにメモリーの背後にいた。

「アリス、ロバート。ちゃんと仕事をして」

 メモリーが静かに言うとアリスもロバートも自分のパソコンをいじりはじめた。

 そこへシュンとマヒトが来る。この二人は仲がいい。

「おはようございます。シュンさん、マヒトさん」

「うん」

 少し照れながらシュンは軽く手を上げて答える。マヒトは総無視だ。

「お砂糖ひとさじですよね。ミルク大目で」

 ミリはたしかめるとまた給湯室へと向った。この仕事をしているときが一番やりがいを感じてしまう。能力がないばかりにすることがないのである。アリスは念動力、ロバートはサイコメトリをする。ほかのメンバーもなにがしか能力を持っている。なんの変哲もない力のないメンバーはミリ一人だけだった。少しだけ疎外感を感じてしまうのも無理はない。

 最後に駆け込んでくるのはいつもラクシュだった。

「ごめーん。電車が・・・」

「その言い訳は聞き飽きたよ」

 ロバートが突っ込む。

「ほんとだって。今日は人身事故があったの。ここだけの話・・・羽根人らしいのよ」

 なに?!とマヒトがラクシュを見る。

「その情報はこちらでも把握済みだわ。ほかに気づいたことは?」

 メモリーがたずねる。

「うーん。羽根人って飛べるのにホームに転落ってなんだかおかしいとはおもったけれど・・・」

 考え込みながらラクシュが答える。

「え?!」

 マヒトにコーヒーを渡しかけていたミリは驚いたひょうしにコーヒーをこぼしてしまった。

「あちっ。気をつけろ!」

「あ、すみません。でも羽根人って飛べるんですか?」

「そうよ。ミリ。あなた何も知らないの?」

「知っているも何も私の周りには羽根人は一人も・・・」

 そっか、とアリスは簡単に納得する。ぽんと手を打った拍子にポニーテールが揺れた。

「それじゃぁ、一から羽根人の成り立ちとか知らないといけないね」

 ロバートが助け舟を出す。

「そんなもん、これ読んでたらわかるだろー」

 マヒトが乱暴に本棚から書類を引っ張ってくる。そのままミリに乱暴に手渡した。というよりかはぶんなげたと言うほうが正しいだろう。

「あ、ありがとうございます。休み時間に読みます」

「その必要はないわ。早く慣れてもらうためにも今、読んでもらうほうがいいかもしれないわね。ファイリングはアリスにお願いするから」

 げっ、とアリスの下品な声がしてその場は笑いに包まれた。


「ついでにこれも読もう」

 すでにメンバー一同が帰ったオフィスでミリは興味深い書類を見つけた。羽根人の系譜である。自分の伯母が羽根を持っていたということはここにも記されているはずである。自分の一向に現れない力と羽根にあせりを感じていたミリは一人で調べ始めていた。

「あら。まだいたの。もう帰らないと家の人に心配かけるわよ」

 コンビニの袋を持ったメモリーが部屋に入ってきた。

「メモリーさんこそ。食事はいつもここで?」

「まぁ、そうね」

 いっそうはかなげな微笑を浮かべるメモリーにミリはあの日のことを思い出していた。あの惨劇のときを・・・。

「あの男の人のこと好きだったんですね・・・」

 男の死に顔を思い出しながらミリは言う。初めてであった人の死。それは鮮明にミリの脳裏に焼きついていた。

「もう昔のことだわ・・・」

 遠くを見つめてメモリーが言う。それは何年も前のことなのかあのときのことなのかはわからない。

「でも大事だった・・・」

「そうね・・・」

「普通・・・死んだ人のいた部屋をオフィスにすることはないのにこうしているなんてメモリーさんにとってはとても大事な人だったんですね・・・。私にもそんな人ができるといいのに」

 おばさんくさいせりふに「ふふ」、とメモリーは笑う。

「潤いが足りないわよ。まぁ、日曜日ごとにここに集まらざるを得ないんだから仕方ないわね。来週は休んでいいわよ」

「え? いいんですか?」

 日曜日は毎週行くものと思い込んでいたミリは意外な声を上げた。

「一応、会社だから。有給休暇ぐらいあるわよ。その書類を持ってゆっくりしなさい」

「はい。それじゃメモリーさんもゆっくりしてくださいね」

 ミリは書類を抱えるとオフィスを出て行った。

「ジェンキンス・・・。この世でたった一人の羽根人は何を意味するの?」

 メモリーのつぶやきは夜空の向こうに消えていった。


「ただいまー」

 ミリはいつもより元気な声で帰宅を告げた。

「おかえり、ねーちゃん。今、ねーちゃんのことを聞きに男の人が来てるって。なんか悪いことでもしたの?」

「なわけないでしょ」

 弟のミツルをぽこんとなぐってミリは応接間をちょっと覗いた。

 そこには精悍な顔立ちの男性が座っていた。父親はただうなずくだけである。

「ぜひともお嬢さんと話をさせていただきたいのですが・・・」

「それは・・・ミリが決めることですから・・・」

 必死に言葉を搾り出して父親が言う。男の雰囲気に圧倒されているのだ。男はでは、といって応接間のドアを開けた。あわてて飛びのいたミリだったが遅かった。力強い手がミリの腕をつかむ。

「お嬢さんもいることだしお話をぜひとも聞かせていただきたい」

 ミリはあわてて離れようとしたが強くつかまれて体が言うことを聞かない。ミリはあきらめた風体で話した。

「わかりました。でもちょっと部屋に戻っていいですか。これをおいてこなくちゃ」

 書類の入った袋を示してミリは部屋へ駆け込んだ。

 あの禍々しい感じは何?

 笑っていても目が笑っていない。

 どうしよう?

 惑うものの約束をしてしまった。階下におりないわけにはいかない。ミリは意を決して階下に下りた。

「羅門といいます。はじめまして」

 羅門と名乗った男は丁寧に挨拶をした。握手を求めてくる。いたしかたなくミリも手を握る。手を離そうとしたときにねちねちとした感覚を覚えて密かにぞっとする。

 まるで蛇のようだ。とぐろ巻いてちょろちょろと舌を出して獲物を狙っている。いや、隠れた部分の暗黒の闇が深すぎてミリには計り知れなかった。羅門はミリを頭からつま先まで蛇のようにゆっくりと眺めた。それから長い髪からはみだしている羽根に触る。ミリは一瞬一歩下がってその手をふりはらった。

「失礼。灰色は珍しくて・・・」

 穏やかに羅門は話すがミリにとってはこの時間が早く終わればいいのにと思っていた。

「私の研究室へ来ませんか? 謎が解けるかもしれない」

「いえ、結構です」

 まさか羽根結社に勤めているとはいえないが、そうでなくてもこの男の研究所になど行きたくはなかった。ミリはそれだけ言うと自室へ駆け上がった。

 階下では両親が謝っていることだろう。だが、そんなものはどうでもよかった。

 泣きたい気分がこみ上げてくる。そしてそれよりもぞっとしていた。あの蛇のようなしぐさ、まなざし。何もかもがミリに拒否反応を起こさせていた。

「早く次の日曜日にならないかな・・・?」

 自分が異端者でない場所。たった一つの場所を思い出してミリは書類を開いた。すぐに伯母の名前を見つけた。羽根の色はやはり灰色。能力は・・・。削り取られていた。

 

どうして?

 なぜ?


 ミリの中で疑問が湧き出た。この羽根が何をもたらすの?

 急に不安がこみ上げてきてメモリーに携帯をかけようとしたがあえて我慢した。

 知りたくなかった。何があるのか。この先にいったいなにがあるのか。

 恐ろしいことが待っている。それは感じ取れた。

「怖い・・・」

 ミリはそうつぶやいて、ささっと書類をしまった。

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