【千字掌編】秋彼岸の夜にワインを……。(土曜日の夜には……。#21)
「お父さん……。破談になったよ」
紗江は墓標を見つめて言う。
「孝のヤツ。今頃別に好きな子ができたからって家の格が違うって文句つけて無理矢理壊したんだよ。今までの私の気持ち返せって……」
そこへ孝の親友、窓辺新の声が割り込んできた。
「失恋の報告会か?」
「新! からかいに来たの?」
「いや、ドでかいことしにきた」
「ドでかい?」
「これ! 受け取れ!」
小箱が紗江に飛んで来た。反射的に受け取る。
「ゆび……わ?」
「俺のヨメさんになってくれ」
「ちょっと、墓場でプロポーズなの? もうちょっと場所を……」
「考えてそうなったの。親父さんの前でって決めてたから。何を隠そう。孝のデートコースは俺が全部お膳立てしてやっていた。つまり、紗江は俺のデートコースでデートしてたの。孝はただ脚本演じてただけだ。学生の時になんとかしてくれって泣きつかて付き合っていたが、アイツには俺もほとほと愛想が尽きた。勝手にしろって。俺の紗江を傷つけやがって」
「俺のって、まだあんたのプロポーズ答えてないわよ」
「そうだな。ゆっくり考えてくれれば良い。じゃ、な」
新がくるりと背を向ける。
「ちょっと待ったー!!」
紗江が叫ぶ。他の墓参の家族が振り返る。
「ここまで来たなら父さんの前でプロポーズしなさいよ。ほら」
そう言って指輪の入った小箱を放り投げる。
「おい。乱暴にすんな」
そう言いながら墓前までやってくる。紗江は新を見る。見つめる、とは違う視線で。
「ということで、俺と結婚してください。紗江さん」
「指輪はめて」
紗江は照れているのかぶっきらぼうに言う。
「いいのか? って。答え聞いてない」
「今のが答え。ゼロ日婚は好きじゃないけれど、新のデートコースでデートしてたなら付き合っていたのは新だわ。孝よりずいぶんいい魚だわ」
「俺は熱帯魚か」
紗江はアクアリウムが趣味だ。そんな事は熟知している。
「そうねー。新っていうベタちゃんがいたぐらいだから。はい」
左手を突きつけてくる。新はそっと指輪をはめた。紗江の誕生石がはまっていた。孝はバカでかいダイヤモンドだった。見栄はってたのね。新が誕生石を贈ってきたならダイヤは孝の考えで作ったんだわ。改めて孝に熱を上げていた自分がいやになる。しかも傷心ぶって墓参りで愚痴るなんて。
「紗江。俺はお前を幸せにする。いや、俺達はそうなるんだ。俺はずっと紗江を見ていた。孝より他の誰よりも見ていた。だから……」
「わかってるわよ。言わなくても。泣きそうじゃないの。さぁ、婚約記念日に美味しいものでも食べに連れて行って。あ。その前に父さんに報告しなきゃ」
紗江は左手を墓前に見せびらかすとへらへら笑う。
「父さん。ちゃんとした婚約指輪をもらったわ。今夜はフレンチでお祝いよ」
「おひっ。金はないぞ」
「知り合いの一人や二人いるでしょ」
「いることにはいるが。お父さん。紗江さんを絶対に幸せにします。安心して見守ってください」
新も墓前に手を合わせる。
「さ。フレンチフレンチ」
「俺はブランド品は買わないぞ」
「じゃ、あれは孝の悪趣味だったの」
「そ」
「新の性格からブランド品は見えてこないわ-」
「だろ」
「意見があいそうね」
「もち。さ。行こうか。お父さん、また来ます。孫連れて」
「もう。孫? 新婚生活を楽しませてよ」
「それがいいならいいけど?。どっちの車で帰るんだ?」
「先導してくれれば後から着いていくわよ」
「いんや。一度紗江の車を置きに戻る。俺の隣に誰もいないのはダメだ。紗江がいなきゃ」
「お好きに」
彼岸の中日の土曜日にプロポーズをうけるなど、狂気の沙汰のような気もするが、二人は満足していた。
秋彼岸にワインを……。
秋彼岸は俳句の季語か、と紗江は思い出しながらも車を走らせる。ワインならボジョレ・ヌーボが未来の季語になりそうだ。
どうせならドレスアップもしたい。一時間ぐらいは新を待たせて用意しよう。新妻らしく。また惚れ直させる。二度目の婚約記念日。大事にしたかった。そしてまだ好きになっているのかもわからない新の事をよく知っていこうと孝との反省を胸に紗江は部屋に帰った。
あとがき
二週間ぶりの土曜日の夜には……。シリーズです。今日は土曜日。そしてお彼岸の中日。まさしくそんな日に出会ってこの話が生まれました。ゼロ日婚書くのすきなんですよね。前も書いていたのですが、宝石の盗難事件が起きてそっちの推理をしないと終わらないという事態に放り出されている話です。いつか書く日がくるのでしょうか。途中まではWordpressにあります。で、今日はまだ更新してないので、最後の眠り姫を入れます。手帳も最後のが来たので、そのワークをしないと。でもてんで書き方がわからない。時間の棚卸し。はて? どう書けば? と真っ白なページに悩んでしまったのでした。その事はまた別垢で。今日はお魚さんメンテナンスで大変でした。水槽の半分の水を入れ替える。三つの大型水槽やりました。階段上がり降りが地獄でした。ま。これも何かの時に。あとで、試験紙で数値を計らないと。さて、魚さんのご飯の時間です。それが終われば、最後の眠り姫更新しますねー。