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【千字掌編】土曜の夜には滋養酒を……。(土曜日の夜には……#08)

  朱美はBARの看板を眺めて迷っていた。ここには入ったこともない。だが、気になる。妙に気になる。ただのBARなのに。
「BARウイスキー・アンド・ローズ」の看板を見上げて悩む朱美である。
 今日は土曜日だ。週休二日制ではない明美の会社では土曜日はしっかり仕事がある。日曜日は流石に休みだが。1週間働いてくたくたに朱美は疲れていた。こんな時に飲むのはウィスキーではなく「滋養酒」だ。
「暖めてもらいなさい」というコマーシャルの声を思い出す。
 帰ろうかと間が始めた頃、マスターと思しき人間が客と降りてきた。客を送ると朱美に視線をやる。
「おや。お客様ですか? もうお客様の大半は今日はおられません。ぼったくりはしませんから、滋養酒でも飲みませんか? あとは、大きな声では言えませんが梅酒など」
 店で出して良いのか? とでも朱美の目は点になる。
「どちらも私専用の自前ですから。店で売っているわけではありませんよ」
「それじゃ、お勘定は?」
「ワンドリンク制なので普通にオレンジジュースでも飲まれればいいのでは?」
「それなら……」
 人の良いマスターにつられて朱美はBARに入る。店は少し暗く、天井に星が映っていた。
「プロジェクターで映してるだけですよ」
 朱美はいちいちジャストな答えをくれるマスターの顔をまじまじと見る。
「お客様は顔にすぐでるようですから」
 あ。そっか。と朱美は思う。仕事場でもすぐわかる、と言われているからだ。
「さ。オレンジジュースを」
 ストローでコップを回すとカラン、と氷が鳴る。見渡せば客はほぼいない。そして天井には星空。ぼーっとしている内に最後の客になってしまった。マスターがグラスを磨いている。
「あ。もう、閉店時間ですか?」
「まぁ。そんなところですが、お客様にはこれを」
『滋養酒』が小さなグラスに入って渡された。
「お仕事でお疲れなんですね。よくこの道を通られているのを拝見します。土曜日も仕事とはさぞかしお疲れでしょう。自前ですみませんが、それであと一日の休みをお過ごしください」
「はぁ、ありがたく頂きます」
 甘い味が口の中に広がる。もう、何年も飲んでいなかった。父に飲めとよく言われて飲んでいたのを思い出す。
「お父さん、か」
「飲まれている方がいらしたようですね」
「ええ。父が好んで飲んでました。もう。三年前に亡くなったのですが」
「それでは今年が三回忌に?」
「そんなもんです。それの段取りもあって最近疲れてたんです。ご馳走さま。このお酒また、飲みに来ていいですか?」
「どうぞ。またオレンジジュースの良い物を仕入れておきます」
 閉店間際の静かな時間が朱美の心を軽やかにしてくれた。父の大好きだった滋養酒を飲んで天井の星を眺めて。一番の息抜きになった。
 明日、どこか買い物に出かけようかしら。
 終電に遅れないように歩きながら朱美はただ、新しい土曜日の夜を過ごしていた。

 土曜日の夜には一口の甘い薬を……。

 土曜の神様は一人の女性にやっと休息を与えることができてほっとしていた。やはり、あのマスターに任せれば問題ない。BARウイスキー・アンド・ローズを担当している月の女神や別の神はほっと胸をなで下ろしていたのだった。


あとがき
恋愛もないもないのに今日、土曜日だった! と焦って打てば危ない商標登録の問題にぶつかるところでした。やっぱり、あれよね。疲れた日には。と。私は病気の関係で飲めないのですが。砂糖が入っているとまずいんで。なので、砂糖が大丈夫だったらなあと亡き父もよく言ってました。

そして週休二日制でない会社。地獄ですよね。私も疲れ切っていてつい、ただのおじさんとお嬢さんの話になってしまいました。プロットも立てず、手の赴くままに。今週は土曜も出勤で野球がほぼ見れていない。中継は書けていたのですが、途中で居眠ってしまいました。気づけば九回表。あっという間に試合終了。明日も見ないと。

明日はまたマグロ買って食べます。メガネは後回し。家電量販店で何か買うかもしれませんが。

ということで土曜日恒例の土曜日の夜には……。でした。

ここまで読んで下さってありがとうございました。

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