【千字掌編(改稿:再掲)】土曜日の夜から日曜日の朝まで……。(土曜日の夜には……。#19)
「マスター。おはよー」
常連の有紗が珈琲ショップ「紫陽花」にやってきた。和装がまた珍しい。
「秋袷……といった所でしょうか」
「あたり~。準君がねー。器用なのよ。ちくちくって作ってくれてねー」
「先輩、馬鹿丸出しですよ」
後ろにそっと立ってた、色の薄い青年がそう言う。まるでどこかの神話から抜け出てきたような美青年だ。
裏地のついた着物を袷と言う。ただの袷と言うと夏の季語だが、秋に着る袷も秋袷と言って秋の季語となる。
それぐらいは俳句をかじった有紗も知っているが、どういうモノかは知らなかった。隼がチクチクと縫って作ってくれたのだった。これ着て散歩しましょ、と。
それはその通りになったのだが、その前の段階で有紗は隼に借りを返す羽目になったのだった。
そして、言葉通りにすっかり秋めいた朝に散歩した二人は仲良くこの珈琲ショップ紫陽花に顔を出していた。
「馬鹿って何よ。馬鹿って……」
内輪もめというところをマスターのお祝いの言葉でかき消される。
「って、私達まだ……」
「秋袷を作ってもらうという事はそういう仲なのでしょう?」
「そういう……仲……。はい」
有紗は真っ赤だ。言わずもがなの燃ゆる恋である。大人の。
「では、あの珈琲ゼリーをお持ちしましょうかね」
そのマスターを有紗が止める。
「待った! 先に……!」
「モーニングでございますね」
にっこりと笑うとマスターは奥に消えた。マスターもそれぐらいはわかっている。
有紗はそれからすっと喫茶店の窓から見える紫陽花を見る。
「あかね……。また来たよ」
「あかねって、マスターの?」
「ええ。亡くなった娘さん。代わりにって植えられたの。大きくなったわね。それだけ年が経ったって事ね」
少し悲しめに言う有紗の肩を隼が叩く。
「な、なに?!」
何をされるのかとびくびくしてしまう。昨日の隼は見たことのない後輩だった。
「まだ、襲いませんって……。とにかく座りましょう」
「また、なの?」
「それはどうでしょう? はい。先輩大人しくこの椅子に座ってください」
隼が椅子を引く。有紗はすとん、と座る。大人しい日本人形だ。いつもの有紗はもっと騒いでいる方だ。こっちの有紗も良いな、と思って向かい側に座る隼である。
二人が座るとどこからか拍手がわく。
「え。ええ、今の会話」
「全部聞こえていたよ」
隣の席の若夫婦が答える。ご婦人の方はにこやかに話す。
「最近の方は進んでいるわね」
「あー。これじゃ、故郷の両親にまで話がとんで行くわ」
「まさか。東京から京都にまで行きませんって」
「あ。ここ東京か」
「どこだと思っていたんですか!」
どっと笑いが起きたところで、タイミング良くモーニングが来る。
「モーニングちゃん。久しぶりね。素直にお口に入ってね」
どういうことかと隼が見てると、小さなフォークで刺したレタスが逃げる。それを追いかける有紗。逃げる野菜達
「何運動会してるんですか。ほら。あーん」
「って」
「逃げるんだからしょうがないでしょ」
また馬鹿カップルぶりを見せてしまう有紗は顔が真っ赤だ。しかし、野菜は逃げる。
仕方なしに食べさせてもらう。
トーストはかろうじて逃げなかった。ゆで卵も。
最後の最後に名イベントがやってきた。つややかなながれるような光沢を持った珈琲ゼリー。
伝説の珈琲ゼリー、と呼ばれている。滅多に見られないとあって、周りは鈴なりだ。それを先ほどの若夫婦が追い払う。
「そんなに見てたら、有紗さん達がゆっくりたべれないわよ。ほら。散った散った」
そして、有紗達は極上の、この珈琲ショップの、秘密をのぞき見たのであった。
土曜日の夜から日曜日の朝には秋袷を来てあなたと歩きましょう……。その手が離れないように……。
土曜日の夜の神様も安心して日曜日の神様に渡せただろうか?
このカップルは果たして……どっちに転ぶか。
土曜日の神様の憂慮はとどまるところを知らないのであった。
あとがき
字数は増えましたが、単調な会話劇から少し変えられたかと。少し表現もマイルドになったかな、と。まぁ、隠しながら伝えるって難しいのですが。季語の説明も入れておきました。未だ、療養中。横になったり起きたりと忙しいことをして改稿しました。しばらく置いておいたのですが、これ以上はイジらないだろうと。とりあえず、これで再掲とします。また改稿するかも。