極西の国の読書革命

これは、2012年8月7日、英国の高級紙「無頼」の記事を読んで、昔、書いたものである。

Readers are now buying more e-books than printed books | The Independent | The Independent


電子読書機器、キンドルを売り出して2年、予想よりも早く、電子書籍のほうが印刷本よりも、販売数が上回ったと、英国アマゾンは発表した。

印刷本100に対して、読者の機器にダウンロードされた電子書籍は114という。後者には、無料の電子版は含まれていない。

いつまでも電子書籍元年ばかりが続く国と違って、極西の国では読書革命が進行中と言ってもいいだろう。

ただ、購入した本を消費者が読了した割合は、電子書籍のほうが圧倒的に少ないのではあるまいか。

机の上に積まれたままの本と違って、電子版は物理的な形がないので、本から発散される「早く読んで頂戴」というような圧迫感に悩まされることがない。

星新一のショートショートならともかく、白井喬二の「富士に立つ影」を電子版で読了するなんて想像もつかない。ちくま文庫で、なんと全10巻。

はたして、英国アマゾンは、プルーストの「失われし時を求めて」を電子版で売り出しているのかと調べてみると、1冊700円ぐらいで全6巻の構成になっている。これは、いま出ている岩波文庫の新訳よりも安い。

筆者が機械オンチのせいか、電子版でプルーストを読んだら、紅茶に浸したマドレーヌの1片を口にしたとき、その無味乾燥のあまり、少年時代の回想に入っていけない気がする。これは、老人の妄想だとは、百も承知のうえだが。

アナログからデジタルへの変化は止めようがない。いつの間にか、レコードがCDになり、それから電子ファイルになり、1曲ごとにダウンロードできるようになった。本も同じような運命が待っているのかもしれない。

街角からレコード店が消えたのに比べれば、本屋がなくなることは当分ないだろうと予想できるだけ、文学はまだ恵まれていると言えようか。

これだけ、英国で電子書籍が普及したのは、きっと値段が安かったせいだろう。さて、どのくらい安いのだろうか。

まずは、シルヴィア・デイ「一糸まとわず」。単行本は480円、キンドル版は420円。次にシャンナ・ジャーマン「情欲に縛られて」は、それぞれ1000円と850円。

マヤ・バンクス「甘い中毒」の単行本は1030円、キンドル版は980円。ケイト・グレイ「男の欲望のままに」は、単行本なし、電子版90円。

ミーガン・ハート「もっと深く」は、960円と720円。最後のシャーリ・コンラン「レース」は単行本も電子版も同じく565円。1ポンドは120円で換算。

「グレイの50の陰影」3部作は、英国だけでも200万部の電子版を売り上げた。この官能小説を読み終わったのち、心の空白症候群から立ち直るとき、あのめくるめく世界に戻るための官能小説が、上に掲載した6冊である。

電子版だからといって、必ずしも大幅に安いというわけではない。ケイト・グレイのキンドル版が90円と格安なのは、68頁しかないからである。検索結果に、これ1冊しかないところを見ると、どうも素人作家らしい。

さきの英国アマゾンの発表によると、114対100の割合で、電子書籍の売上が従来の書籍を上回ったというのは、このように100頁に満たない、素人作家の格安作品が、どんどん売れるようになったという訳なのだろう。

プロの作家の長篇は、従来どおりの物理書籍版がよく売れているならば、こうして、プロの作家と素人作家の棲み分けが、上手くできているのではあるまいか。

昔は、同人雑誌にせっせと書いて、新聞の書評に取り上げられるのを密かに期待したものだが、最近は、英語で小説らしきものを執筆できれば、編集者を飛ばして、いきなりアマゾンに作品を送り、全世界の読者の批評を待つものらしい。そして、70%の印税も。

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