百合のオタクが『リップヴァンウィンクルの花嫁』を観ました(※ネタバレあり)
きっとこの映画は一生好きだろうな、と思う映画がいくつかあります。
そのうちの一つが『リップヴァンウィンクルの花嫁』です。
180分ある長い映画なので、ずっと気になってはいたもののなかなか観る気力が湧きませんでした。どこでこの映画と出会ったのか、誰かに勧めてもらったのか、きっかけは覚えていませんが、「今私の心に馴染みそう」と思った時ようやく再生ボタンを押せました。
まずは予告を観ていただきたいです。
日常に穏やかに溶け込むような音楽と、劇中のたくさんの言葉たち、そして佇む黒木華。
白無垢に合わせる角隠しって、「角を隠し、その家の従順に従う」という意味があるらしいんですが、角のあるデザインをかぶっているところが、映画を観終えた後にじんわりときてしまいます。予告なのに、観終わった後の方が心に染みるんです。そんな映画です。
今回はネタバレありで感想や考察などを書いていきたいと思います。宜しくお願いします。
あらすじ
東京で派遣教員として働く、黒木華演じる皆川七海。ネットで知り合った鉄也と順調に結婚するが、どこか上手くいかない。結婚式に招待する人数の数合わせのため、綾野剛演じる何でも屋・安室に結婚式参加の代理人を依頼する。鉄也の浮気が疑わしくなる中、安室に浮気調査を依頼し、それ以外にも安室に力を貸してもらうことが徐々に増えていく。そして七海は安室の紹介でバイトを始めるのだが、そこでCocco演じる里中真白と出会うのだった。
皆川七海
※以降ネタバレあり
黒木華の出演作をいくつか観たことがありますが、この皆川七海は特にハマり役だったと思います。黒木華の持つ柔らかく繊細で、現代に生きるには線が細すぎて消えてしまいそうな儚い空気感が、こんなにもこの役にハマるとは。
皆川七海はとにかく流されやすく、不器用な人物です。嫌、と言えず相手に合わせてしまう。さらに"普通"に生きることを望んでいるので、合わせるためについつい嘘をついてしまったり、怪しい何でも屋に頼ったり。その結果、七海は流されるまま結婚までこぎつけますが、少しずつズレが生じ、不器用さも相まって、結婚相手の鉄也の策略に嵌められてしまいます。足元の階段が一段一段崩れ落ちるようにポロポロと生活が崩れていく七海。ここまでが映画の前半で描かれています。結構しんどいです。
この映画は好きなシーンが多すぎてピックアップしきれないのですが、離婚が決まり家を追い出されて、大きなスーツケース2個を引っ張りながら当てもなく歩くシーンはすごく刺さりました。
何でも屋の安室との電話で「大丈夫ですか?」と聞かれ、「ここはどこだろう。ここはどこですか?自分が今どこにいるかわからないんですけど……」と答える七海。スマホを持っているのに、スマホの地図に表示される自分の位置には何も意味がなく、本当に人生の迷子になってしまったことが突き付けられてしまうわけです。この時の七海の一歩は、ただ道を歩くための一歩ではなく、人生の方角を決めてしまう一歩へと変わったように私には見えました……。覚えてないけれど、どこかで経験したような人生で宙ぶらりんになる気持ちを、ギューンと引っ張り出された気がして初めて観たときは泣いてしまいました。
里中真白との出会い
何もかもを失った七海は、安室の紹介で、自分が結婚式代理人を依頼したのと同じように、今度は自分が代理人側のバイトを始めます。そこで出会ったのが里中真白でした。真白や他のアルバイトたちと、代理人としてその日限りの家族を演じるうちに、なんだか本物の家族のように打ち解けて、居場所のようなものを感じます。どことなくヘラヘラっとした雰囲気で、すぐにその場に馴染んでしまう真白と演じる一日限定の姉妹はすごく微笑ましいです。初めて会った二人が知りもしない人の結婚式でキャッキャと楽しむ姿、めっちゃ良い。カワイイ。特にバイト終わりに二人で飲みに行き、バーで歌うシーンがやばいです。手を絡ませる真白さん、人との距離感自粛してください。密です!!!!(流行りのヤツ)
その後、「住み込みメイドで100万円ですよ」と安室は美味しいバイト話を七海に持ち掛けます。この時の強引すぎる安室さんめっちゃ面白くて好きです。基本的に安室さんは詐欺師のように話が上手いので、流されやすい七海はまんまと安室の手によって転がされて行きます。安室さんがガチの詐欺師とか悪い人だったらマジでやばいぞ、七海さん。
そして、七海は無法地帯と化した大きなお屋敷で住み込みメイドを始めるんですが、ここからが実質本編です。ええ、誰が何と言おうとここからが本編ですよ。前半で転がり落ちたので後はもう上るだけです。
七海はこのお屋敷で、真白と再会します。
お屋敷の世界観が私はすごく好きです。散らかってて、ベッドルームにたくさんの水槽があって、退廃的だけどそこに誰かの楽しかった時間を感じるような、誰かにとってここは本当に楽園のような家なんだろうなぁと思いました。そんなお屋敷で、メイド姿で働くことになった七海。このメイド服が似合ってて可愛いんですよね。七海と同じようにメイドをしていると真白は言い、一緒にメイド姿で過ごす様子が本当に可愛いんです……なんせ私はメイド百合が大好きなので(突然の性癖)。岩井俊二監督、良い趣味してますね。
里中真白との生活
二人でこの大きな屋敷を切り盛りするうちに、真白の真実が明かされていきます。
ある時、真白が高熱を出して、本業である女優業に穴を空けてしまいます。マネージャーがやってきて、病院へ連れていくため七海が真白をおんぶしますが、真白はあまりにも軽すぎました。
そして、真白が実はAV女優であること、大きいお屋敷が真白の借りている家で、七海の雇い主であることを知ります。
真白がAV女優であることが、私の中ですごく納得いったんですよね。私の知る限りですが、性を生業にしている人の多くが、人との物理的距離感が妙に近くて、ガードが無いというか。真白が早くから七海と近い距離で接していたのはそのせいだったんだなと思いました。
真白は実は友達が欲しくて、それで七海が選ばれて100万かけて雇ってしまっただけでもとても百合なんですが、その後もまだまだ続くエモい百合。
真白が無理して働くことが無いように、一緒にいるためにもう少し家賃の低い家に住もうと、二人で内見にまわるわけですが、もうこんなん……新婚さんやん……。帰り道にウェディングドレスを見かけて試着する二人が、百合のオタクが夢に見た光景かなってくらい本当にカワイイ。ウェディングドレスの女二人が観れるだけでもう満足なのに、さらにエアで指輪交換までしてしまう。本当に結婚しちゃった……。二人には本当に指輪が見えてるんですね……。そのままドレスをお買い上げになり、大きなお屋敷にご帰宅されドレスのままはしゃぐ二人、観てるこっちまで幸せになる。久しぶりに「尊い……」と思いました。語彙が足りない。二人でベッドに転がり込む頃には、ナチュラルにキスまでしてしまう。あまりに自然な流れ過ぎて違和感がない。息ができない。本気を出してきやがった。なんなのこのカワイイ二人は。
このベッドでの真白の長台詞が私は好きです。
「私にはね、幸せの限界があるの。もうこれ以上無理~って言う限界。たぶんそこらの誰よりもその限界が来るのが早いの。ありんこより早いの。だってこの世界はさ、ほんとは幸せだらけなんだよ。」
こんなに切ないセリフがあるのか。当たり前のことすら自分にはもったいなさ過ぎて、幸せで胸がぎゅーっと苦しくなってしまうような真白が、この瞬間すごく弱い生き物に見えて、抱きしめたくなってしまいました。「私と一緒に死んでって言ったら、死んでくれる?」と聞いてしまうのも無理ないなと思います。それに「はい」と返事をする七海。こんな愛の確かめ方されたら生きていけない……。
そしてまた一人になる七海
翌日、一人で真白は旅立ってしまいます。
安室が真白から受けていた依頼は、実は「一緒に死んでくれる人を探してほしい」だったと明かされます。なのに、七海を連れてはいきませんでした。すべてを失い、真白と出会って居場所を見つけ、そしてまた七海は一人取り残されてしまう。どうしてこんなに七海は何度も一人にされてしまうんだ……。
真白が依頼したのは「一緒に死んでくれる人」であったけど、本当に欲しかったのは”一緒に死んでくれるほどの愛情”だったのかもしれません……。流されやすく優しい七海が「一緒に死んでくれる?」と聞かれてNOと答えることはほとんどないと思うんです。きっと「はい」と答えてくれると信じられたからこそ七海は選ばれ、真白に寄り添って一緒に流れていくことが出来たのだと思うと、真白にとってこれ以上ない最上の出会いだったんでしょうね。最上の出会いをして、二人で結婚式をして、一緒に死ぬと話をして、そんなの真白にとって致死量の幸せじゃないですか。真白は幸せの限界を超えてしまった。その結果、一人で旅立ってしまったんだなぁ。ありんこほどの限界しか持たない真白には、「これ以上の幸せ=七海を連れていく」という選択肢は選べませんでした。
流されることなく歩く七海
真白を失った七海は、また一人になりました。
ですが、本当のひとりではないんです。
なぜなら、七海の左手の薬指には、真白と交換した見えない指輪が永遠に輝き続けてますから。この指輪は一生無くすことなく、七海を支えてくれるのでしょう。百合が永遠になった。
エンドロール
花嫁の象徴である角隠し。予告編ではこの「従順」を意味する角隠しとともに、映画前半の”七海が流されてきたセリフ”が流れています。ですが、この映像がラストシーンにあることによって、ただ従順なだけでない、角の生えた花嫁として生きていく七海が示唆されているんですね。演出が良すぎる……。深読みし甲斐がある。
クラムボンとカムパネルラとリップヴァンウィンクル
この映画にはTwitterのようなオリジナルのSNS「プラネット」が登場します。
七海の最初のアカウント名は「クラムボン」。宮沢賢治から来ています。クラムボンと言えば「クラムボンはわらったよ。クラムボンはかぷかぷ笑ったよ。」ですね。宮沢賢治の原作の中では「かぷかぷわらった→死んだ・殺された→わらった」の流れでクラムボンは登場するのですが、どことなく、七海の人生を写しているような気がします。かぷかぷ(ぷかぷか)と流され結婚し、嘘に翻弄され離婚し、真白と出会って自立していく。クラムボンはまさに七海だなと思いました。
ただ、七海は「クラムボン」のアカウントが結婚相手である鉄也に見つかってしまったため、真白と出会ったときには「カムパネルラ」とアカウントを変えています。『銀河鉄道の夜』の登場人物の名前ですね。カムパネルラは友達を救い命を絶ち、一緒に銀河鉄道で旅をしていたジョバンニが取り残されてしまうストーリ―。真白に置いていかれた七海は、どちらかというとジョバンニ側だと思うのですが、楽園のようなお屋敷(すなわち銀河鉄道)で真白を救い結果的に出ていく側になることを考えるとカムパネルラとも呼べるかもしれません。この映画に『銀河鉄道の夜』と「カムパネルラ」を持ち込むのは確信犯ですよ……。この映画きっかけで私は『銀河鉄道の夜』を読みました。
そして、真白の「リップヴァンウィンクル」というアカウント名。この名前はアメリカの小説が元になっていて、日本版浦島太郎とも呼ばれています。主人公の中では短い時間でも、世間ではいつの間にか長い時間が経っていたというストーリーらしいですが、それを知って私は真白の幸せメーターを思い出してしまいました。真白の幸せに対する感じ方は、浦島太郎並みに世間とズレがあったという解釈で私は落ち着きました。お屋敷を竜宮城と捉えるのもアリですね。ぐぅ……浦島太郎の花嫁、ね……。しんど……。
最後に
全編を通して雰囲気がすごく良いんですよね。繊細な空気感が魅力的です。大好きで語りたいところがたくさんある映画だったので、こうしてまとめられてすっきりしました。百合ではない作品を勝手に百合だと言ってるだけなので、読んで不快にさせてしまってたら申し訳ないですね。ここまで読んでる時点で大丈夫だと信じたいです。かなり長い映画ではありますが、観て後悔はしないと思うので、もしよかったら観てください。そして私と語りましょう。
ここまでお読みいただいてありがとうございました。思ったより長くなってしまいました。次回は何を書こうか考えていないので、更新空いちゃうかもですが、気長にお待ちください。ではまた。