ビクトル・エリセ - 瞳をとじて(2023) close your eyes
エリセ、『マルメロの陽光』以来31年ぶりの長編映画発表。169分はがんばったね。とおもった。「カンヌ・プレミア部門」での上映で、「コンペティション」入りは果たされず、物議を醸していたらしい。当然「コンペ」入りを望んでいたエリセだったが、カンヌに見せたときには完成しておらず、選ばれなかったとか。完成してないまま「コンペ」入りをした歴史はいままでもあり、不当に扱われたとして、カンヌにエリセの姿はなかったそう。ここまでの力作にしてコンペに選ばれなかったのはカンヌが悪いとか思っちゃう。
冒頭、「悲しみの王(Triste de Roy)、1945年、フランス郊外」というテロップとともに、過去の栄光がわずかに残る寂しげな屋敷のシーンから幕を開ける。ちょっとばかり予想外の幕開けから、このいま、すでに失われてしまったなにかの残像を感じさせる雰囲気は、失ったものを手放す映画である(ことが徐々に明らかになる)本作のオープニングとして、(観終わったあとには)ふさわしいように感じられた(円環構造)。フランスの郊外で中国人執事と暮らす「悲しみの王」は元レジスタンスだった男フランクを屋敷に呼び寄せ、生き別れてしまった娘を探してほしいと頼む。フランクが承諾し、屋敷を後にしたシーンのあと、フランクを演じた俳優フリオが行方不明になったことが明かされ、ようやく映画は「2012年、マドリード」まで追いつくわけだけど、そこから劇中劇として挿入された映画の監督であり、失踪した主演俳優の親友でもあったミゲルが、失われた22年を遡り、こうだったかもしれない過去の謎を考えていると、とたんに現実のほうも謎ときをしようとばかりに追いかけてくる。謎が現実に追いついたときには映画の半分が経過しており、そこまでなんだか長いな〜と思いつつ、それでもカットひとつひとつが力強いので、観ることの楽しさも続くという不思議な展開だった。記憶は、重要だ。戻らない記憶、失ってしまったものを大切にしつづけるためには、一度手放さなければならない。だからこそ、手放すこと、手放す方法も重要です。過去のひとの記憶が戻らないこと、かつて未完におわったフィルム、失われかけている栄光の時代のフィルムやなくなってしまった映画館、求めた愛情、それらを手放すまでのあがきが、丁寧に丁寧に(これでもかというぐらい)大切に描かれていて、たいへん思い出にのこる映画となりそうとおもった。
アナ・トレント。かつて、こちらが疑うぐらいにまばたきをしないで世界をみつめた少女は、驚くばかりに唐突に大人になり、時空間が歪んだように感じられるのもエリセっぽくて良い。おとなになった彼女は、伏目がちにでも、やはり大きく瞳を見開いていた。
映画データ
Cerrar los ojos、2023年、スペイン、169分
監督:ビクトル・エリセ
出演:マノロ・ソロ、ホセ・コロナド、アナ・トレント、
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