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バス・ドゥヴォス - Here (2023) Here

2023年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品、作品賞受賞。バス・ドゥヴォス監督の長編4作目とのこと。バス・ドゥヴォスと出会えたことは、2023年映画にまつわる一番のうれしい出来事だったように思える。『ゴースト・トロピック』と並んで、人生のなかでとても記憶に残りそうとおもった。前作『ゴースト・トロピック』と同じく、舞台はベルギーのブリュッセル。夏季休暇を前に、冷蔵庫のなかを空にするためにスープを作り、友だちに配り歩く不眠症のルーマニア人ステファンと、蘚苔学者であり、おばさんの中華料理店で店番をしたりする中華系移民シュシュの交わりそうな出会いの予感を描いた『Here』。世界と再会するすばらしさを静かに語りかけてくる傑作だった。

「ここが自分の家」であることに馴染めず、不安な表情を浮かべるステファンは、友人や姉に休暇で戻る故郷ルーマニアにもうすこしいるかもしれないと仄めかしつつ、冷蔵庫を空にするためにスープを配り歩くことで、その決定を先延ばしにする空白を自分に与えている。揺れ動く気持ちが反映されたように、彼は不眠症であるし、夜に歩いているとおもったら、つぎのカットは光が注ぐ昼間のシーンに変わったりと、昼夜の境目がない生活にすこし不安が掻き立てられるような気がした。そんな不安のなか、ステファンの夢(シュシュの視点だった森を見上げるシーンが夢として?現れる)が予言するかのように、蘚苔学者のシュシュと出会う。シュシュも同じく、朝起きたら周りにある物の名前をなにも思い出せない(移民としてのアイデンティティの揺らぎ?)ことでパニックになり、つかのま「名前のない世界を見上げる」不安を抱いている。ここが故郷と思えないステファンと、名前のない世界とともにあるシュシュ、彼らの思慮深い優しさや遠慮は、ふたりのこのロンリーな感情が由来しているんだろう。バス・ドゥヴォス監督のインタビューを読むと、彼は世界(自然や地球)にコネクトすることを描くことは、フィクションだからこそ可能になる。というようなことを言っていた。シュシュはつねに地面との共同作業を続けており、彼女のアクションは上下運動であるのに対して、ステファンは不眠症によって、昼夜境目がないように歩行を続けるというつねに横運動のアクションが印象的だったのだけど、彼らが出会い、上下運動・横の運動が交わり合う(ふたりの再会、森のなかの散歩)ことで、世界とコネクトした気分にさせてくれた。終盤に訪れるマジカルなその邂逅(しかも足元だけが映り、それは画面外で起こるのだ!!)に胸が震えました。『Here』では“生命力にあふれた小さな森”であるコケから世界が広がる。気にもしていなかったちいさなものを気にかけること(=スープを配る、元気か?と声をかける、起き上がるのに手を貸してあげる、身体を動かしてだれかに会いにいくとか)が、世界を変えてくれる。何度も何度も挿入される森やコケの映像が、ひとつの大きな集合体である森の多彩な表情を真摯に映し出しているように感じて、そこにステファンとシュシュの多様な歴史を滲ませていることを想起させられた。

従来のラブストーリーであれば、もっと甘く仕上げるストーリーであろうラストに、ほのかな可能性を残しつつ、スープとシュシュの微笑みだけが残されたのがとてもうれしかった。他者との邂逅において、ロマンスに発展することがすべてではないし、いっしゅんの邂逅が、このあとの人生に大きな余波を残すことができる、”Here”、その瞬間をとてもたいせつにするラストだった。なんども訪れる瞬間の強さと、過ぎ去っていく脆弱な美しさ。完璧だった。


  • Here
    2023年、ベルギー、83分
    監督:バス・ドゥヴォス
    撮影:グリム・ヴァンデケルクホフ
    出演:シュテファン・ゴタ、リヨ・ゴン、サーディア・ベンタイブ、テオドール・コルバン、セドリック・ルヴエゾ

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