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【大人も楽しめる童話】まいごの おまわりさん

「おまえ,また道に迷ったのか。
 よくそれで警官が務まるな」
玲(れい)はまた交番の所長に叱られてしまった。
小さい頃から方向音痴で,それは大人になっても、
おまわりさんになっても直らなかった。
玲は今日も巡回中にまいごになって,
いつまでたっても自分の交番にたどり着けないので,
道を歩いている中年の女性に
「交番はどこですか」と聞いて,笑われてしまった。
そこに運悪く所長が自転車で巡回に来て,
見られてしまったのだった。

「警官の制服を着て,
 市民に道を聞くとはどういうことだ。
 地図を頭に叩き込め!」
所長にどなられて,玲はしゅんとして下を向いた。
そういう問題ではないのだ。
地図は頭の中にある。
でもその通り歩いているつもりでも,
違う方へ行ってしまうのだ。
どうしてそうなってしまうのかは,
自分でもよくわからない。

(なんで僕は,方向音痴なのに
警官なんかになっちゃったんだろう…)
玲はため息をつきながらいすに座った。
「早坂,何をしている。早く巡回に行け」
「ええっ,またですか」
「当たり前だろう,誰が休んでいいと言った?
 もう迷うなよ!」

玲は巡回に出るのがちょっと怖かったが,
追い出されるように交番を出た。
(また戻って来られなかったらどうしよう)
玲はきょろきょろしながら,目印を確認して歩いた。
「ポストのところで右に曲がって,
 白い猫がひなたぼっこしている駐車場を通り過ぎて…,
 あ,猫は帰りにはいないかもしれないな。
 えっと,じゃあこの赤い自転車がとめてある家の前を
 通ったらまた右に曲がって,
 それから大通りに出るまでずっとまっすぐ行って…」
 玲がそう言いながら大通りに出た時,
 ガードレールにもたれかかっている小さな女の子が見えた。
 黒いワンピースで,長い髪をポニーテールにしている。
 泣いているようだ。

「お譲ちゃん,どうしたの?」
玲は近寄って声をかけた。
「ママがいなくなっちゃった」
まいごだ。
玲は妙な親近感を覚えた。
「それは不安だろうね。
 おまわりさんがついてるから,もう大丈夫だよ」
玲は頼れる警官ぶりをアピールして,
女の子の頭を優しくなでた。

「お母さんとは,どこではぐれちゃったの?」
「わかんない」
「じゃあ,今日はどんな色の服を着ていた?」
「今日は,じゃなくて,いつも黒い服。
 黒い帽子もかぶってる」
「えっ,いつも…?」
玲は不思議に思いながら辺りを見まわして,
黒い服と帽子を身に着けた女性を探してみた。

「あっ,あの人じゃないかな。
 ほら,あの本屋さんの前にいる黒いワンピースの…」
「違う」
女の子は泣きながら答えた。
「じゃあ,ここで待ってても
 お母さんは来ないかもしれないから,
 おまわりさんと一緒に交番に行こうね。
 そこでお母さんから連絡が来るのを待とう」
玲が言うと女の子はだまってうなずいた。
玲は女の子の手を引くと,さっき来た道の
目印を確認しながら用心深く歩いた。

(あれ,赤い自転車がとまってる家がなくなったぞ…。
そうじゃない,赤い自転車がなくなったんだ。
それに白い猫もどこかへ行ってしまった。
この駐車場でよかったのかな,
ほかにも駐車場を通ったんだっけ…)
玲が不安そうにきょろきょろしていると,女の子が顔を上げた。
「おまわりさんも,まいご?」
「ち,違うよ。
 そんなわけないだろう,大丈夫だよ。
 もうすぐ交番だからね」
玲は自分に言い聞かせるようにして言った。

それからどれくらい歩いただろう。
玲はまいごの女の子を連れたまま、
結局自分もまいごになってしまった。
「おまわりさん,いつ着くの?」
「も,もうすぐだよ。疲れちゃった? 
 どれ,じゃあおんぶしてあげよう」
玲がしゃがんで女の子を背負おうとすると,
女の子は突然宙に浮いて,
肩車のように肩に座り,玲の頭に手を置いた。
「えっ,今どうやって…?」
玲が腰を抜かしそうになって叫ぶと,
女の子は足をぶらぶらさせながら言った。
「おまわりさんは飛べないの?」
女の子はいつしか笑顔になっていた。
「飛べないよ。お譲ちゃんは飛べるの?」
「もちろん。でもまだそんなに高くは飛べないの。
 ママは鳥みたいに高く飛べるのよ。
 飛んでここまで私を連れて来たの。
 でも私をおろした後,突然消えちゃった。
 忘れ物を取りに行くって。
 でも全然戻って来ないの。
 それで私,一人ぼっちになっちゃった」
女の子はなぜか少し,楽しそうな声で言った。

(どういうことなんだ…。
まさか,魔女の親子なのか?)
玲は動揺を隠しながら,女の子を肩からおろし,
ひきつった笑顔をつくった。
「お譲ちゃん,お名前は? 歳はいくつ?」
「ララ。4さい」
「どこに住んでるの?」
「森の中」
玲は冷静なふりをして質問を続けた。
「お母さんは,ほうきに乗って空を飛ぶの?」
「うん,でもほうきがなくても飛べる」
「じゃ,じゃあお父さんは?」
「パパ? 今日会いに行くはずだったの。
 パパは森には住んでないから」
「お父さんも…その,飛べるの?」
「パパには一度しか会ったことないけど,
 飛べないと思う。ねえ,そんなことよりも,
 交番ってところに行けばママに会えるんでしょう。
 だったら早く行こうよ。
 まいごになっちゃったなら,
 瞬間移動すればいいじゃない」
「瞬間移動って,一瞬のうちに移動する,あれ?」
玲はおどろいて変な質問をしてしまったが,
ララはただ笑って玲の腕を取った。
「じゃあ,いくよ」
その瞬間,玲とララは姿を消した。
そして交番の中に突然現れた。

「おい,早坂,いつ戻ってた? 
 びっくりさせるなよ,ぬーっと出てきやがって。
 なんだ,まいごか?」
所長がびっくりしながら振り向き,ララを見た。
「すみません。あ,さっき,戻りました」
玲が口をもごもごさせて答えると、
黒い服と帽子を身につけた女性が交番に入って来た。
「ララ!」
「ママ!」
ララはひゅーんと飛んで女性に抱きついた。
所長はその一瞬を見逃したらしく,
突然女性の腕の中に移動したララを,
目をぱちくりさせながら見ていた。
女性はあわててつくり笑いをした。

「じっとしててねって言ったのに,
 どうしてあの場所を離れたの?
 忘れ物を取ったら,
 すぐに戻って来るって言ったでしょ」
「だって,一人ぼっちで怖かったんだもーん」
「本当にすみませんでした。
 ありがとうございます」
母親は頭を下げてララをおろすと,
手を引いて出て行った。

「おまわりさん,バイバーイ」 
ララは振り向いて玲に手を振った。
「あ,バイバイ」
玲も手を振り返した。
「なにがバイバイだ,おまえ,
 逆にあの子に連れられて来たんじゃないのか」
玲はぎくっとした。

それから何日かして,
玲はまた巡回中にまいごになってしまった。
「あーあ,瞬間移動,できたらなぁ…」
そう言いながら,
玲がガードレールにもたれかかると、
肩をちょんちょんとたたかれた。
「ララちゃんじゃないか!」
玲が振り向くと,
ララがふわふわ浮きながらほほ笑んでいた。
「だいぶ高く飛べるようになったでしょ」
ちょっと得意気だった。
「そうだね,でもこんなところで飛んでいると,
 みんな変に思うから…」

玲が辺りを見まわしながらララをおろすと,
ララはおかしそうに笑った。
「大丈夫よ,見える人にしか見えないんだから」
「どういうこと?」
「おまわりさんには私が飛んでいるところが見えるけど,
 他の人,ほら,あそこを歩いてるおじさんには
 見えないはずよ」
ララは,横断歩道を渡っている,
ビジネスマン風の男性を指差した。
「この前,交番の偉いおまわりさんにも
 見えなかったでしょ」
所長はララが飛んだ瞬間を見逃したのかと思っていたが,
どうやらそうではないらしい。

「おまわりさんに,
 瞬間移動のやり方を教えてあげる。
 交番に帰りたいんでしょう?」
ララはそう言うと,また玲の手を取った。
「目を閉じて,消える自分を想像しながら,
 行きたいところを思い描くの」
「それだけ?」
玲がそう言った瞬間に,二人は交番に移動していた。
「すごい…」
「触れている人も一緒に移動するのよ」
ララは所長の机の回転いすに座って,
くるくる回りながら楽しそうに言った。

「あっ、そこは…」
玲がララをおろそうとすると,
ララの母親がまた交番に飛び込んで来た。
「ララ! あなたここで何やってるの」
「はっ,ママ!」
「すみませんね,お仕事の邪魔をして」
ララはまた母親に手を引かれて出て行った。
「さっき言ったやり方で,練習してねー」
ララは叫びながら,母親に引きずられて行った。

「よし,じゃあやってみるか」
玲は目を閉じて,消える自分を想像しながら,
自分の家を思い描いてみた。
でも移動どころか,消えさえしない。

「早坂,立ったまま寝てるのか!」
所長が帰って来た。
「あっ,いえ,違います!」
「じゃあ,何やってる? 巡回に行って来い」
「はいっ」
玲は交番を飛び出した。

(僕は魔女と違って, 消えたり移動したりなんて,
できるわけないよな…)
玲がそう思いながら歩いていると,
ララがまた現れた。
「じゃあ,まいごになったら心の中で私を呼んで。
 手伝ってあげるから」
ララはそれだけ言うとすぐに消えた。
「ララちゃんは,僕の心の声が読めるのか?」
玲は思わず笑いながら,ひとりごとを言った。
そして心強い相棒を得た気分になって,
鼻歌まじりで巡回を続けた。

(しかし,不思議な子だな。
瞬間移動できるのなら, 最初に会った日,
なぜ母親のところに 移動せずに,
あそこで泣いていたのだろう…?)
歩きながら,玲がそう考えていると,
またララが現れた。
「おまわりさんを助けるために,
 決まってるじゃない!」
そして笑って,また消えた。
(そうだったのか…。僕は情けない警官だな…)
玲は何とも言えない気持ちになった。

それから玲はまいごにならなくなった。
ララを呼べば,いつでも帰れる
安心感があるからだろうか。
それともララが,
まいごにならない魔法でもかけたのだろうか。(終)

©2023 alice hanasaki

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花咲ありす
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