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40. 恋人と座るベンチに春の風
恋人同士の山と海を繋ぐのが川ならば、ベンチに座る二人を繋ぐのは離れて座った僅かな隙間か、それともその隙間を通り抜ける暖かく穏やかな風だろうか。
40.恋人と座るベンチに春の風
邦題に恋人という名のつく洋画は結構多い。中でも、パディントン駅から地下鉄で5分程の街を舞台にした1999年の『ノッティングヒルの恋人』が記憶に残っている。アナ(ジュリア・ロバーツ)とウィリアム(ヒュー・グラント)の恋物語で、ノッティングヒルの街並みをバックに繰り広げられる映画である。世間的に注目を浴びる女性映画スターと本屋をやっている普通の男性という、住む世界の違う男女の恋を描いた楽しいお洒落な映画だった。男性は途中で諦めかけるのだが周囲の協力もあって、美しいハッピーエンドのラブコメディーに仕上っている。この映画のもう一人の主人公はプライベートな庭や公園にあるベンチである。イギリスでは、自分の好きな言葉を書いてベンチを寄付する習慣がある。メモリアルベンチと言われている。アナとウィリアムが夜の静かな庭で見つけた木製のベンチには「FOR JUNE WHO LOVED THIS GARDEN FROM JOSEPH WHO ALWAYS SAT BESIDE HER (この庭を愛したジューンへ。いつも隣に座っていたジョセフより)」と書かれていた。この文章を静かに読むアナ。アナがベンチに座ると、ウィリアムはアナにくるりと背を向けて歩き出す。この時カメラは庭と2人を上から映す。ウィリアムは少し振り返ってアナを見る。アナが「一緒に座って。」と声をかける。ウィリアムはベンチへ戻って座る。このシーンで、映画の後半のストーリーを暗示するのである。ウィリアムがアナに背を向けて歩くことやアナの「一緒に座って。」というせりふは私が見たシナリオには載っていないので、その後追加されたのかもしれない。穏やかで気持ちのいい場面になっている。ベンチはラストの日中の明るい公園の場面にも登場してくる。シンプルな木製のベンチで本を読むウィリアム。その膝に頭を載せて横たわるアナ。アナのお腹は大きくなっている。このベンチにはまだ文字は刻まれていない。これから家族という文字を刻んでいくのである。この映画に登場する二つのベンチはセリフこそないのだが、豊かに2人の気持ち語っていた。
東京都でも平成15年から『思い出ベンチ』として、都の管理する公園、動物園、霊園にべンチが設置されている。堅苦しい話だが「民間活力の導入・規制緩和」の一環として、公園の古くなったベンチを都民からの寄付で新しいベンチに交換するという事業で、寄付者の簡単なメッセージを表示したプレートを取り付けてくれるのである。イギリスのメモリアルベンチと似ている。平成4年度の募集案内を見ると、45基が募集されている。ベンチのデザインは3種類で、金額は15万円と20万円。事業開始からの累積で1,135基が設置されたそうである。しかし、なかなか映画の準主役を張るレベルまでには知られていない。それでも、名古屋の『なごやかベンチ』や、東京国立博物館の『トーハクメモリアルベンチ』など、日本のいろいろなところで同様の事業が行われている。
民間では、JAPAN/TOKYO BENCH PROJECT という活動がある。『マイパブリックとグランドレベル』を書いた田中元子がリーダーである。ベンチは街のインフラだとして、東京の街中にベンチを設置している。初の試みとして、東京のオフィス街、京橋のあるビルの広場に洒落た木製のベンチが置かれた。土地所有者と相談しながら寝転べないように、あるいはスケボーなどができないように工夫されているのだが、出来上がるまでの検討プロセスが想像されて少し艶消し感がある。それでも、赤がアクセントカラーになっているベンチは、街の緑に映えて可愛らしい。高齢者やサラリーマン、女性が座って、休憩したり電話をしたり、書類を見たり飲み物を飲んだりと、思い思いの使い方をしている。歩く人、座っている人、植栽、ベンチ、車、信号、建物などが一つの風景になって見飽きない。
一方、道路の方は規定がいろいろあってなかなか難しい。バス停には座ることよりも広告のための安価なベンチが置かれているのを見かけるが、最近少し変わってきている。高齢者の増加等により道路が交通だけでなく休憩や交流の場としての必要性が高くなってきたからだという。竹本芽生等の『道路機能の変化と道路上設置におけるベンチ機能との関係性に関する研究』では、1919年の旧道路法以来、道路空間は「交通機能」が重視されてきたが、1978年の道路交通法制定や、2003年の道路構造令の一部改正、2011年と2020年の道路法改定によって、次第に「滞留機能」が重視されるようになってきたとして、
「歩行者の利便増進を補う機能にあわせて、居心地が良く歩きたくなるまちなかづくりに向けた、歩道のユニバーサルデザインを支援する機能も求められている。また、2040年のビジョンとして「道路の景色が変わる」プロジェクトが挙げられ路上にコミュニケーション空間としての機能を「復興」することが期待されている。」
と書かれている。福岡市はこのような状況を踏まえ「バリアフリーのまち」を実現するための施策の一つとして、高齢者や障害者、妊産婦や子供連れの人たちの休憩需要に応えて、公園や駅だけでなく道路にもベンチを置くベンチプロジェクトを官民連携で行なっている。大博通りの歩道にあるベンチに座って見ていたら、やはり色々な人が腰をかけるのである。この前、100年後の御堂筋の姿を大阪市が発表していた。全面歩道にするというアイデアだった。私は生きていないなと思って、博多駅前の居酒屋でビールを飲み焼き鳥を食べた。
●『ノッティングヒルの恋人』シナリオ対訳 リチャード・カーティス 訳:照井しずか・荒川貞 愛育社 1999年・・・ベンチに刻まれた言葉を読んだ後、「二人はベンチの両側に立ち、互いに見つめあう。カメラは二人から夜空へと移っていき、二人は庭園に残される。音楽が流れる。」となっていて、少なくともこのシナリオでは、映画とは異なるシーンになっている。
●JAPAN/TOKYO BENCH PROJECT・・・銀座から上野までの 中央通り沿いを中心に、東京に1万脚のベンチ設置を目指し、また日本国内の各都市においても、ベンチによってまちを再生するプロジェクトを推進するプロジェクト。
●『道路機能の変化と道路上設置におけるベンチ機能との関係性に関する研究』
竹本芽生等 令和3年度 日本大学理工学部 学術講演会予稿集